第3回知的財産翻訳検定 標準解答と講評

標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら英文和訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、共通課題について2名、選択課題の各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で事務局宛にemail(office@nipta.org)でお寄せください。


共 通


第三回 知的財産翻訳検定 共通課題講評

課題の英文は、WIPO(世界知的所有権機関)のウェブサイトからとりました。(Home-Resources-FAQs-About Patents-"What is patent?", "How can a patent be obtained worldwide?")最近特に特許制度の国際的調和の必要性があらためて強調されている折から特許がグローバルにどのような仕組みとなっているか知っておくことも重要と考えて出題しました。比較的平易な文章だったため、時間不足で不完全訳となった方や極端な誤訳等をされた方は少なく、全般的によい結果でした。受験者の方にある程度共通してみられた点について下記列挙しますので参考になさってください。

・"exclusive right"は、文字通りには「排他権」ですが、「独占権」、「独占排他権」、「(発明を)専有する権利」の訳語は、特許権の法的性質に関する通説からいずれも認めました。ただし、「占有」は法的に有体物を独占所有する意味になり誤りです。

・"shall"、"may"といった助動詞を正確に訳出されていない方が散見されました。課題の文脈ではそれぞれ「義務・強制」、「可能」という意味が現れるように訳出しないと原文の意図が十分に表されないこととなってしまいます。

・"enforce"を「実施」、「施行」といった辞書的な語義に訳していた方が多数見られましたが、文脈からは「特許の効力を発揮させる、権利を行使する」という意味になります。「特許発明の実施」とは言うことができても「特許の実施」とは言えないことを想起されるとよいでしょう。

・特許の専門用語、法律用語に不馴れな方が散見されました。"Contracting state"=「締約国」等の法令上の用語に親しむようにしましょう。

・形容詞句、副詞句の修飾する対象を厳密に見極めていない解答が散見されました。特に第1文の"a product or a process"、第4文の"which"以下。文章構造を注意深く解析すると共に、翻訳後の文に論理的な問題がないかチェックしましょう。

問題(共通)PDF形式47KB   標準解答(共通)PDF形式81KB



電 気

第二回 知的財産翻訳検定 電子・電気分野講評

今回の電気・電子工学分野の受験者は翻訳力、技術理解力、特許知識の三つの面でバランスよく勉強されているという印象を受けました。インターネットを介した試験という大多数の受験者にとっては馴れた環境の中で十分に実力を発揮することが出来たことと思います。一方、4時間という制約は今回の課題内容に対して十分だったでしょうか。数名が半導体の課題に付随した参考資料まで翻訳されていたこともあり、平均的には余裕をもって取り組まれたものと推測しています。

さて、3課題のいずれも2つ乃至3つ程度の重要ポイントがあり、それらを正しく処理するか否かで差が出たようです。まず、半導体の課題では、参考として実施例の記述の抜粋および図面が添付されていましたが、課題文の翻訳に際してこれらを十分に参照されましたか。参照を怠ると、構造の理解に支障をきたします。例えば、最初のステップである"forming a gate electrode on a semiconductor substrate with a gate insulation layer interposed therebetween"では、構造的には、「基板の上にゲート絶縁層を介してゲート電極を形成する」という内容であり図示されている通りです。下線部に対する「ゲート絶縁層を介して」という語句が出せない受験者が大勢いました。二つ目のステップである、"forming an insulation side wall at either lateral surface of the gate electrode"の特に下線部"at either lateral surface"に関しては、参考資料と図から"either lateral surface"が「片方の側面」ではなく「両側面」を指していることが理解できます。この点も多数の受験者が誤った内容で回答していました。そして、最後のステップである"removing the capping material layer and the metal layer left unreacted with the gate electrode and the semiconductor substrate"の下線部についてはやはり参考資料と図を参照すると、キャッピング材層と金属層の両方が未反応のまま残留したのか否かが理解できます。この点を正しく回答した受験者はわずか数名でした。

次に、電子回路の課題では、EMIとかSSCGとかいくつかの略号の処理の問題がありましたが、多数の受験者がほぼ許容範囲内の回答を出しています。この課題での最大の問題は"In summary, ---"の最後の文章でしょう。特に、"--- which would otherwise be produced by the clock pulse generator"という仮定法の部分の理解と処理の仕方で明暗を分けました。ここを正しく理解した人がまず少なかったようです。そして、正しく理解しても表現として許容できる範囲で表現できた人が大変に少なかったところです。このような場合は思い切って文を分割すると表現しやすいものです。本例では、"which"を境に分割すれば比較的簡単に訳すことができます。訳例を参考にしてください。

最後に、印刷システムに関する課題に関しては、翻訳としての難易度はそれ程高くありませんので皆さん大体許容できる範囲の回答を出しています。ただし、細かい注意がやや不足している点が気になります。例えば、"any number of MFFA"の"any number of"に対して「任意の個数」という訳の受験者が少なかったこと、"MFFA (multiple feeding and finishing architecture"に対して訳さずにカタカナで処理する人が多かったこと、"standard"に対して「標準」一辺倒で訳す人が多いこと、などです。 なお、特許知識に関しては、特に最初の半導体に関する課題の形式的な処理で主に評価しましたがほぼ半数の受験者はある程度の知識を既にもっているものと考えています。

今回の満足のいく結果であった人はさらに上級を目指して精進していただき、残念ながら思わしくない結果であったひともこれに懲りず何回も挑戦して一段でも上を目指し特許翻訳のプロに近づく努力をしてください。

問題(電気・電子工学)PDF形式120KB  標準解答(電気・電子工学)PDF形式119KB



機 械

第三回 知的財産翻訳検定 機械工学分野講評

全体として、特許文書に精通し、英文特許出願の知識をお持ちの優秀な方々が受験されたという印象を持ちました。しかしながら、特許翻訳において要求されるもう1つの側面である技術翻訳力において受験者間の差が出たように思います。今回の試験は、問1が紙折り装置、問2がタービンエンジン、問3がCD-ROMの格納装置に関する問題でした。各装置に対する大きな誤解がないことに加え、副詞、助動詞、形容詞を適切に訳出されているか否かで点数に差が出ました。

例えば、問1の第3パラグラフ中のcooperatively associatedのcooperativelyは「協調的に」と訳出するか、cooperatively associatedで「連動する」などとすべきでしたが、訳していない解答が目立ちました。また、discharge feed and stripper assemblyは明細書作成者による造語と考えられますが、各単語に注目して、紙を排出して(discharge feed)引き離して次工程へ渡す(strip)装置であると予測できれば、例えば、「送り渡し装置」などといった訳もひねり出せたかと思います。

また、今回は、深く考えずにそのまま訳してしまうと必ず誤訳するように、作問しました。見慣れない英単語に対して何かの訳語を充てる場合には、自分の訳文が明細書の内容を適切に説明しているのか、あるいは「あり得ないこと」を述べているのかを確認する必要があります。例えば、第3問にCDが受け枠の長穴にregisterされる記載がありますが、これを「登録」(装置の主旨を考えるとあり得ない訳)として大きな減点の対象になった受験者が意外に大勢いました。一方、創意工夫をこらし、「落ちないように保たれる」、「セットされる」、「位置合わせ」など、完璧でないにしても意味が十分に通じる訳をされた受験者が大半でした。さらに、この装置が「記憶装置」でなはく「格納装置」であることは最後まで丁寧に読めば分かることですが、他で優秀な受験者に限って「記憶装置」とされていたケースもいくつかありました。翻訳に着手する前に慎重に英文と図面を読み込まなかった結果と思われます。

問題(機械工学)PDF形式223KB   標準解答(機械工学)PDF形式133KB



化 学

第三回 知的財産翻訳検定 化学分野講評

今回の化学の解答で気付いたことは、致命的な誤訳がかなり多く見られたことである。特に、クレームにおける誤訳は命取りになる。そのような事態を避けるため、解答の提出前に十分なチェックが必要である。そのポイントは、@さっと読んで自分で意味が通じるか否かということ、A訳文が論理にかなっているか否かという2点にある。 今回のクレームの出題は、関係代名詞が使用されており、かつ要素(a)が要素(b)を結合するという構文になっているが、これを正確に訳せた人が殆どいなかったのは残念である。特許翻訳は高度な応用問題を解くようなものだが、基本が出来ていないと応用問題は解けない。英文の構造をしっかりと把握し、それを正確かつ分かりやすく翻訳する技術をしっかり身につけて欲しい。

問題2では、【0003】の括弧の中の親水基と疎水基の配向に関する表現が上手くない解答が目立った。この部分は意味をよく確認したら、英文の構造にとらわれない訳が望まれるところである。

同じパラグラフのbilayerを「二分子層」と訳した人が数名いたが、この問題を読んだだけでは「二分子層」かどうかは分からない。今回の問題では、実際に二分子層になっているということで減点しなかったが、無難な「二層」と訳すべきである。特許翻訳では、限定解釈に繋がる訳は避けなければならない。

ワープロの変換ミスがいくつかあったが、単なる変換ミスでは済まされないこともある。たとえば、「指向する」を「志向する」では全く意味が通じなくなる。とくに、クレームにおける変換ミス(例えば「皮膜厚」を「皮膜圧」)は権利範囲が異なってしまう場合もあるので細心の注意を図って欲しい。

最後に、今回の試験結果に一喜一憂するだけでなく、級の認定を得た人も素直に自分の欠点を見直してより良い翻訳を目指していただきたいし、残念ながら級外になった人も自分の解答と標準解答を良く見比べて、問題点の克服に努めてくださることを切望します。

問題(化学)PDF形式55KB   標準解答(化学)PDF形式155KB

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