第4回知的財産翻訳検定<和文英訳>試験 標準解答と講評

標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら和文英訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、共通課題について2名、選択課題の各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で事務局宛にemail(office@nipta.org)でお寄せください。


共 通


第四回 知的財産翻訳検定 共通課題講評

 特許権という独占権が認められるには、その目的である産業の発達に資するために、一定の要件を満たすように発明の内容を開示することが求められます。特許翻訳を行うに当たって、このような権利内容(発明)公示の機能を果たす「発明の詳細な説明」の欄の記載について、日米の規定ぶりの相違を的確に理解しているか問うことを目的として本問を出題しました。以下、採点者の目から答案に共通してみられた問題点などを順次述べてみます。一部重複する事項もありますが、採点者の生の感想と言うことでご了承下さい。

(1)全体に、よく理解されている優秀な解答が多く見られました。「発明の保護」は発明することについてのインセンティブを与え、「発明の利用」は、公開された発明に関する知見に基づいて第三者のさらなる発明につながることから、両者が相まって産業の発達という目的が達成されます。したがって、促進されるべきは「発明の保護と利用の両方」と言うことになります。これが含まれる文章の係り受けで混乱されている例がありましたので、解答例等により確認しておきましょう。

(2)「発明(invention)」と「特許(patent)」を混同している例がありましたが、言うまでもなく、発明は創作された技術思想そのもので、特許権の対象となるものです。特許制度のもっとも基本的な概念ですから、この機会にしっかり理解しておいてください。

(3)技術や発明内容の公表の意味では、"disclose"を用いるのが普通です。他の同等の語句についても特に減点はしていませんが、頻用語として使えるようにしてください。

(4)「権利文書」については、解答例に示した"document of title"の用語が普通使われます。また「独占権」の用語としては、"monopoly"、"exclusive right"の用語が通常用いられます。

(5)明細書の「発明の詳細な説明」の欄は、"Detailed Description of the Invention"が定訳です。この種の日本特許法に関する用語集としては、例えば、特許庁技術懇話会編「特許実務用語和英辞典」(日刊工業新聞社)がよく使われます。

(6)米国特許法特有の「ベストモード」として、好適な実施例に相当する"preferred embodiment"を当てた例が散見されましたが、課題文にもあるように、発明者/出願人が主観的に最良であると認識している実施形態を開示する義務がある点で、単なる好適実施例とは異なります。詳しくは、米国特許審査基準(Manual of Patent Examining Procedure)2165節等を参照してください。

 On the whole the exam results were very good. But there were some common problems with English expression in even the best answers. Perhaps predictably, these had to do with (1) the use of the definite and indefinite articles "a (an)/the", (2) the use of singular and plural forms, (3) the "and/or" distinction and (4) vocabulary. None of these problems is fatal, and all will be solved with experience, time and effort.
 With respect to (1) and (2), many problems with the articles could have been avoided simply by substituting the plural "inventions" for the singular in the first few sentences. The difficulty is that incorrect article use can result in inadvertent changes in meaning. Consider the following:
 "He made few mistakes."
 "He made a few mistakes."
 "He made the few mistakes."
 The first sentence implies that the subject was near-perfect. The second sentence means that the subject was well short of perfect, although without more information we cannot tell exactly how far he is from perfection. The third sentence makes no sense, unless, from previous or other information, we know that there are only a finite number of mistakes to be made - and that "he" (whoever he is) committed those very mistakes.
 As for "and/or": In many cases, knowledge of the subject matter will help determine which of these conjunctions to use. In the passage in the exam concerning the status of the patent specification (and drawings) as both technical and legal documents, some examinees decided that these were either the former or the latter. In fact, however, they are both.
 Finally, there was the problem of vocabulary. Three terms or passages in particular stand out. 公開, which many examinees translate as "published", in this case would probably be better translated as "disclosed". In the same paragraph, 技術, "technology", often turned up as "technique",手法. Although the two terms are similar, they are not exactly the same; "technology" is much broader than "technique", which is more or less confined exclusively to methods of doing things and not the tools employed. Also, there was the passage発明を実施するのに最良である . . .実施形態。 In this case, given the context, the term 実施形態, typically translated as "embodiment", would be better translated as "best mode". There is a legal reason for this; see above regarding the MPEP. In passing, note also that 発明の実施 is commonly translated as "implement[ing] the invention". In this sense, it is close to (but still separate from) 実現、which means "achieve", "attain", "accomplish", "realize", etc.

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電 気

第四回NIPTA翻訳検定 電気・電子工学分野 講評

 今回の電気・電子工学分野の試験問題は三つの課題から構成されています。まずは、クレームを第一課題としました。ネットワーク上のストレージ接続に関する請求項です。本来クレームに関する課題では独立クレームと従属クレームをセットとして載せたいところですが、全体の翻訳分量の制限から今回は独立クレームのみとし従属クレームについては省略しました。第二課題としてレーザーなどの光の周波数シフタに関する背景技術に関わる記載の一部です。そして、第三課題としては純然たる電気回路の問題としてLC共振回路と増幅器とにより構成される発信回路についての実施例に関わる記載を採り上げました。
 第一課題のクレームの出来具合により特許翻訳の経験の深さがおおよそ推測できますが、今回の受験者の方々は概ねクレームの形式についての知識は少なくともお持ちのようであり形式上の問題で大幅に減点となる答案はありませんでした。このストレージ接続に関するクレーム翻訳では、特にひねった内容ではなく翻訳上大きな落とし穴が隠されているわけではありません。しかしながら、基本的なアプローチとして、プリアンブルの処理をどうするか、それぞれの構成要素の名称および機能(動作)の訳語が適切か、また、構成要素同士の関連および動作の順序と影響の及ぶ範囲などについての技術理解が正しいか、などを慎重に検討することが大切です。プリアンブルの処理については、本課題の内容であればこのまま訳出すればよく、特に構成要素の中へ分解移動させる必要はありません。このようにプリアンブルが複数行に亘る場合は、移行語(comprisingなど)の前にクレームの対象物(subject matter)を "the network-storage-access terminal comprising:" などのように再掲するのが実務としては良いとされています。しかしながら、優秀な成績を収めた受験者のなかでもこの点を見落としている方が何人かいました。「(ストレージ装置の)接続先情報」についてはいろいろな訳がありましたが、「接続先情報」が含む内容はアドレスもあれば、諸属性情報である可能性もあります。したがい、"access point" とか "address" などに限定している場合は減点の対象としました。
 第二課題で注意すべき点は長文の扱いです。特に冒頭の文章では、光関連の諸装置とそれらの装置が属する複数の技術分野とが並べられており、主語としての光周波数シフタとの関連に誤訳が生じかねない構造となっています。したがい、文章の内容理解を確実にして慎重に訳出することが肝要です。また、「これは、高周波領域では結晶中での・・・問題とともに、1GHz程度以上の・・・根本的な問題に起因している。」という文章も、ひとつの文章で二つの問題点に対し軽重を付けた形で述べているため、配慮すべき点が多数雑居した形になっておりそのまま強引に訳出するとケアレスミスが生じ易いところです。その様な問題を克服するひとつの工夫としては、英文のparallelismを使うなどして二つの問題を整理した上で訳出するのが良いと思います。具体的な訳例は公表される標準訳や1級認定者の訳例などを参考にしてください。
 第三課題に関しては、電気回路の実施例の説明であり技術文章としてもそれほど難しくなく、むしろ易しい課題であったものと思います。それでもいくつかの箇所について今後の参考のため注意を喚起しておきます。まず、「・・・から成る〜」については、実施例の記載であることを考慮して "include" などのオープンエンドな表現をするようにしてください。すなわち、"be composed of" や "be consisting of" などで表現しないことに注意する必要があります。実際にこれらクローズドエンドな訳語を用いた受験者が何人かいました。そして、本課題末尾の文に「該トランジスタTRのエミッタは、それぞれコンデンサC2及び抵抗R6を介してアース接続されている。」というのがあります。文中に「それぞれ」という語の訳として機械的に "respectively" を置いた受験者が多くいましたが図に示された実際の回路に対する訳としては適切ではないものが多いようでした。たとえば、この日本文の意味は、「・・・エミッタは、コンデンサC2を介してアース接続されるとともに抵抗R6を介してもアース接続されている。」であり、この内容を英文として簡潔に表現する必要があり単に "respectively" を置けば表現されているものでないことは明らかと思います。
 上記三つの課題を通して電気・電子工学分野全体としての印象は、受験者の方々のレベルが大分上がってきたということです。英文特許明細書の形式については多くの受験者の方々が理解されているようであり、同時に、それぞれのご経験に応じて相当なレベルの翻訳力および英文特許明細書に関する知識を持たれていることも分かりました。最近では英文特許明細書に関する良いテキストも多数出版されるようになりましたので必ずしも特許事務所などでの実務経験を経ずともかなりのレベルまで独学で習得可能な環境になっていることもその一助となっているものと思います。一方、最新の知識や重要なトピックスが何であるかを知る方法として、参考書に頼るのみならず、NIPTAをはじめいろいろな形のサークルや勉強会などに参加してみることも大いに刺激になることと思います。次回の皆さんの一層の奮起を期待しています。

問題(電気・電子工学)PDF形式120KB  標準解答(電気・電子工学)PDF形式119KB



機 械


第四回 知的財産翻訳検定 機械工学分野講評

(1)採点後総評
 今回は問題が3問ありそれぞれ異なった分野からということで内容をよりよく理解してもらうために非常にシンプルな内容であったと思います。その結果、特に技術内容理解力にはそれほど差が出る問題ではない結果となりました。一方、翻訳力に関しても基本的にはそれほど差が出る結果とはなりませんでしたが、適訳語の選択に苦労された受験生も多かったようです。但し問1に関してはクレームの文章を少し捻ったせいか、内容を理解してもらった割には表現が上手くできていませんでした。
(2)各問に対して分析、採点基準
 1)問1
 図面を添付し問題をやさしくした反面少しクレームとしての日本文を紛らわしくしてみました。ポイントは、米国用のクレーム(comprising 形式)として記載するには以下の点での配慮を必要とする問題でした。
1) comprising 形式が上手く表現できているか。
2) 弁部は2つあり、設問文章の“おい手書き”以降の“弁部”もcomprising の中の構成要件として記載されているか。
3) つまり、最初に出てくるほうの“弁部”を弁体と弁座とを含む第1の弁部として構成要件として捉えて記載できているか。また、後に出てくる“弁部”を最初に出てくる“弁部”と明確に区別をしているか(例えば、First, SecondとかOne、Anotherで使い分けているか)。
4) 上面、下面等をそのまま訳していないか(クレーム中での位置、方向を表す言葉には気をつける)。
5) クレーム2に関しては、intangible な単語を主語としていないか。等、を見る設問です。
 上記の点を特に考慮して採点しました。
 結果、ごく一部の方を除いて用語の選択、クレームの形式(comprising とする)には問題がありませんでした。但し、上記しました点の内、最初に出てくるほうの“弁部”を弁体と弁座とを含む第1の弁部 (First Valve Unit)として構成要件として捉え、更に後の“弁部”を最初に出てくる“弁部”と区別して第2の弁部(Second Valve Unit)として共に構成要件に挙げた方はゼロでした。理解しておられた方も2-3人いらっしゃいましたが、表現方法がまずかったです。また、上面、下面も例えばOne, Anotherとしてくださった方もほとんどいませんでした。特許的知識をいれた翻訳という設問にどこまで入り込むかに問題を残す結果と成ったと思います。
 尚、現在では、”前記”の表現はほぼsaidを使わなくなっています。

 2)問2
 特に文章そのものは特別の技術的知識を必要とするものではなく、ごく普通に特許明細書の従来例に属する部分の翻訳の知識を問う問題です。技術内容の把握のほかに、特許用語が適宜使われていれば特にこの回答のみにこだわるものではありません。
 結果として、ほとんどの方が内容の把握にも翻訳にもそれほど差が無くできていたと思われます。採点上の差は基本的な翻訳力の差以外には、適訳語の選択、(例えば、“人力”を正しくmanually とされた方は少なく、また逆に Outboard Motor の訳語を間違った方が数名)に差が出た程度です。また、特許の明細書としての目的の項の記載が少しまずかった方が数名いらっしゃいましたがそれほど差がでた結果ではない問題でした。現在ではBackground Art よりもRelated Art のほうが使われるようになっています。

 3)問3
 特に文章そのものは特別の技術的知識を必要とするものではなく、一般の特許明細書の実施例の記載に関する設問です。文章だけではやや掴み難い案内装置の各部品(部分)の配置関係が図面を参照して的確に把握されているかどうかを見る設問です。
図面を添付した所為もあり技術内容の把握にはほとんどの方が問題なくできていましたが、単語の選択にかなりばらつきがありました。この分野の各部分の用語はいろいろ使われており特に標準解答ものに限定される訳ではありませんが、“直線転がり運動案内”に関しては、Linear (Rolling) Motion Guide を用いて欲しかったです。技術内容の把握に関してはそれほど差のある結果ではなかった反面、図面と照らしての表現に若干差が出た問題でした。

問題(機械工学)PDF形式223KB   標準解答(機械工学)PDF形式133KB



化 学

第四回 知的財産翻訳検定 化学分野講評


 今回から出題形式が変わり、幅広い分野から出題されることになった。受験者にとっては当たりはずれが少なくなる代わりに、どの分野もこなせる幅広いレパートリーが要求されることになった。
 クレームの翻訳は合金に関するもので、非常に厳密な表現能力を問う問題だが、きちんと訳した解答は僅か1件と非常に寂しい状況だった。クレームの書式が正しく理解されていないことと、日本語の意味をきちんと英語で表現するための基礎力の欠如が目に付いた。クレーム1では、クラッド材の4層の位置関係の記述と各層の組成の記述が正確に書くことができるか否かが問われている。あと、「不可避不純物(incidental impurities)」などの用語が正確に記されているかが問われている。クレーム2では、クレーム1との関連で中間材の組成の限定が正確に行われているかが問われている。また、クレーム3は日本語の冗長表現を取り除いて本質部分のみを翻訳する力が問われている。決して難しい問題ではないが、全体を見通す力がないと論理的な翻訳は出来ない。このような観点で、自分の解答と標準解答をもう一度比較して欲しい。
 2つ目の問題はカーボンナノチューブの従来技術に関するものである。ここでは、カーボンナノチューブの構造と性質に関する基礎的な知識の有無と用語の調査力が問われている。インターネットを調べればこれらの課題は簡単に解決することができる。従って、難しい言葉が並んでいる割に翻訳は簡単なので、問題1に比べると全体の出来は思ったよりよかった。しかし、ここでも基本的な英語の表現力と文法でつまずいた人がいたのは残念である。
 3つ目の問題は廃水処理の実施例に関するもので、実験手順を過去形で書くことや、日本語では明示されないビーカーの数を複数で書くことができるかが問われている。化学は抽象の世界だが、実験手順は頭の中にその手順を思い浮かべながら翻訳しないといけない。そうでないと、英文を読んだ人に具体的なイメージとしての手順が伝わらないからである。イメージしながら翻訳することを心がけていると、今回のビーカーの数の問題もそれほどは難しくない。
 優れた解答は日本語をよく理解したうえでその意味を自分の英語表現力を駆使して伝えているのに対して、そうでない解答は日本語の字面を訳している点で大きな違いがある。特許翻訳ではPCT出願のように直訳モードの翻訳が求められることもあって字面の翻訳がまかり通っているがこれは大きな誤解である。どのような場合でも、翻訳された英文の意味が通じなければならない。日本語の読解力を高め、最低限の英語の表現力を身につけることが翻訳者としての最低の要件である。そのために、英語の5文型や簡単な文法を正しく身につけるなどの基礎を固めてほしい。

問題(化学)PDF形式55KB   標準解答(化学)PDF形式155KB

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