第5回知的財産翻訳検定<第2回英文和訳>試験 標準解答と講評

標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら英文和訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、共通課題について2名、選択課題の各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で事務局宛にemail(office@nipta.org)でお寄せください。


共 通


第五回 知的財産翻訳検定 共通課題講評

【出題の意図】

 外国特許を扱う上で米国特許の重要性は論を俟ちません。したがって米国特許出願に関する主要な手続やその根拠規定については必要に応じて日本語で説明することができるスキルが実務上要望されます。今回の出題は、そのような米国特許出願手続の中でも最も重要なものの一つであり、かつ厳格に規定を遵守することが煩瑣でもある情報開示義務に関して基本的な事項の確認・理解を促す意味を持って行いました。課題文は"Section 2000: Duty of Disclosure; Manual of Patent Examining Procedure"の記述をもとに作成しました。  なお、ご存じの通りこの情報開示手続を含めた特許に関する米国連邦規則については大幅な改正が行われようとしていますから、しばらく施行の内容と時期を注視していく必要があると思われます。以下、みなさんの解答に共通した問題点などについて簡単に述べてみますので、標準解答とともに参考になさってください。

(1)冒頭の規定趣旨に関しては、deserve, serveといった語句の訳出に苦労されたようです。deserveに関しては、単に「有用あるいは価値がある特許が発行されると」、と解した例も散見されましたが、「発明者が当然特許を受けるべき範囲で権利化されると」、という意味合いが出るようにする必要があります。serveについてはただ辞書の訳語を当てはめるだけではわかりにくい表現になりがちなので、文の意味内容をとって表現を工夫する余地がありそうです。そういう意味で、この部分だけでなく全体を通してもですが、採点に当たっては、翻訳の域を逸脱して要約レベルとなっているといった特別な例は別として、基本的に一対一対応のいわゆる逐語訳であるかどうかはあまり考慮しませんでした。

(2)attorney and agentについてはさまざまな訳語が百出しました。場合によってはひとくくりに「代理人」といってしまえば済むとも考えられますが、本課題では「attorney = patent attorney →特許弁護士」、「agent = patent agent →(米国の)弁理士」を一応の正答としました。詳しくは連邦規則11.6節(37 C.F.R. 11.6)等を参照してください。

(3)情報開示すべき対象を規定するmaterialityの用語も簡潔かつ的確に訳出することが難しかったかと思われました。37CFR 1.56(b)に規定されているところを踏まえれば、多数の方が採用した「(審査にとって)重要な情報」という表現から一歩踏み込んで、「クレーム発明の特許性に関わる情報」であることを訳文に表した方がよいでしょう。もちろん実務上情報開示の内容について出願人や発明者に説明する上では、ある情報がmaterialであるかどうかを出願人等が主観的に判断して開示の要否を決定することに伴うリスクについても伝える必要があるでしょう。

(4)”Materiality controls....”の文章について、「開示の要否が情報の重要性を決定する」等、文の構造を誤解したと思われる誤りが多く見受けられました。前段の記述からの流れに沿えば「情報源等ではなく特許性に関わる情報であるかどうかにより開示しなければならないか決まる」という文章の要旨は見通すことができると思われますので、訳文が一連の文章中でそれらの流れに沿っているかどうかを意識することも重要かと思われます。

 なお、上記したようないくつかの課題は散見されたものの、全体的には実務上十分なレベルの訳文を多くの方が提出されました。専門技術分野の明細書に関する翻訳技能と共に、法律用語・表現についても今後とも研鑚を続けられますように念願しております。

問題(共通)PDF形式91KB   標準解答(共通)PDF形式71KB





電 気

第五回NIPTA翻訳検定 電気・電子工学分野 講評

 英和翻訳としては第二回目となりますが、他の技術分野(機械工学および化学)と同様に、今回も前回同様に三つの課題で試験問題を構成しました。まず、第一課題を、液晶ディスプレイなどが具体例となるアクティブマトリックス表示装置に関する独立クレームとその従属クレームとしました。第二課題は、マイクロマシン技術あるいは微小電気機械システム(MEMS: Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる先端技術分野からの出題です。そして、第三課題は、スタックコンピューターにおけるスタックレジスターに関する実施例の記載から抜粋したものです。
 全体として、皆さん期待以上に良い成績でした。第一課題のクレームの処理で少し苦労した受験者がいたようですが、第二課題と第三課題は少し易しすぎたかもしれません。それでも、うっかりミスが散見されますので、決められた時間内(納期)に間に合わせて作業することの難しさが現れたものと思います。
 第一課題は、内容的にそれほど複雑な文章ではありませんので半数ほどの受験者が形式及び内容ともに大変良い翻訳で回答を提出されていました。逆に、減点を受けた回答の多くは、基礎的な特許翻訳の訓練や知識が受験者に不足していることに起因する誤りだったようです。例えば、文が長くなる場合の「てにおは」の処理の問題、用語を統一するための工夫の仕方、細かな誤訳の可能性に対する細心の注意、などです。クレームの文章としては決して長い文章ではないのですが、それでも十分な経験がないとちょっとした不注意で「てにおは」を間違えることはよくあります。読み返すことが最良の防止策になります。誤訳の例としては、例えば、apply, applicationの訳です。本例におけるapply, applicationは信号を印加する状況を表現していますので、「適応」、「利用」という訳では技術的に意味が通じる文章にならないでしょう(実際に、そのような回答が複数ありました)。このような誤訳を作ってしまうと、技術理解力を疑われてしまうことにもなりますので、訳文に少しでも疑念が生じた場合は、その疑念が晴れるまで時間が許す限り推敲を重ねることが必要になります。
 第二課題は大多数の受験者が比較的難なく訳していました。一部に、”an exemplary MEMS device” の “exemplary” が「一例」として訳されていない回答がありましたが、「訳抜け」であり減点対象です。
 第三課題については、図を参照することでより一層明快に理解可能ですが、”in an alternating pattern” (「一つ置きの形式で」)とか、”circular” (「循環式に」)などの訳で差がでたようです。意外なことは、”never span more than three adjacent shift registers” の訳が千差万別であったことです。「隣接する3個のシフトレジスタを越えて延びることはなく」という正しい回答から、「隣接シフトレジスタを2つ以上またぐことがない」という誤訳まで様々でした。

問題(電気・電子工学)PDF形式229KB  標準解答(電気・電子工学)PDF形式111KB



機 械


第五回 知的財産翻訳検定 機械工学分野講評


問1は各受験者とも比較的優れた訳がなされていました。ここで大きな減点対象となったのは、同一キーワードに対する訳語不整合およびキーセンテンスの訳抜けでした。なお、compriseの訳出についてですが、平成16(ネ)1589号 損害賠償請求控訴事件「液晶組成物事件」において、『「AとBからなる」との文言は,AとB以外の第三成分を排除する趣旨で使用するのが通常である』と判示されています。これを踏まえると、open claim に使用されるcompriseは、「〜を備える、〜を含む、〜を有する、〜を具備する」などと訳すのが適訳であるか思われます。

問2では、biteとgrabbinessを調べるのに相当時間を取られた受験者もいらっしゃるでしょう。"Quotes"に入った表現は、それにあたる正式な用語がないとわかれば、「それらしい」表現を充てれば十分です。「食いつき」や「掴み感」は優れた訳です。

問3は巻線という訳しづらい分野を、いかに正確に読み取るかを問う出題です。意外に多くの受験者が、環状に曲げてから巻線を行うと勘違いしたようです。これでは技術的にあまり意味がありませんし、なによりもwhich will later be bentを正しく読めばあり得ないミスです。時間の不足でじっくり読めなかった可能性も考えられますが、問2の用語選定で時間を費やしてしまった受験者もいらっしゃるのではないでしょうか?

問題(機械工学)PDF形式175KB   標準解答(機械工学)PDF形式118KB



化 学

第五回 知的財産翻訳検定 化学分野講評

本年度の化学の成績は残念ながら非常に不振だった。この理由としては、原文の技術的意味をよく理解できていないことが挙げられる。特許翻訳は技術翻訳の一範疇に入るのにもかかわらず、技術の中身を理解して翻訳するという基本的なところがおろそかにされていることが今回の成績に繋がっていると考えられる。
各論に入ると、問1ではmolten copper massを「溶融銅塊」とした人が非常に多い。日本語の「塊」は固体を意味する。従って溶融したものは塊であり得ない。この場合のmassは特定の形状を持たないある一定量の物質のことを意味する言葉で、これに相当する日本語はない。従って、この言葉はあえて訳す必要はないし、仮に訳すなら「銅溶融物」とでもすればよい。このような言葉を訳す場合は、英和辞典ではなく英英辞典でその言葉の意味をよく理解した上で日本語にすべきである。英日翻訳者の中には、辞書通りの訳にこだわる人が多いが、翻訳したものが論理的に正しいか否かをよく判断する方が大切である。米国でも、table salt in waterは意味をなさないと判決で述べられたことがあるが、日本語でも言葉の間の整合性を重要にすべきである。
問1は方法のクレームだが、要素の間にあるwhileがほとんどの解答でうまく訳されていなかった。この語は2つの要素が同時並行で行われることを意味している。従って、この問題でこれを正確に訳さないとこのクレームの真意は伝わらないことになる。
問2はcalcinationの技術的な意味がどこまで理解できているかを問う問題である。calcinationの定義に関する部分は英語特有の表現を含んでいるが、これを言語構造の異なる日本語にそのまま直訳してもピンと来ない。日本語明細書で「か焼」の定義が明確になるように訳せばよいことである。
問3は実験操作の手順の部分なので格別難しいことはないが、当業者がそのプロセスを追試できるように正確に訳す必要がある。従って、翻訳者も当然その中身をよく理解しないといけないが、たとえば、5”(インチ)を5’’とするなど機械的な翻訳が目立った。また、最後の文は英文が論理的でないのだが、それをそのまま訳した人が多かった。
英日翻訳で大切なことは、英文の技術的意味を正確に理解し、それを正しい日本語に置き換えることである。そのためには英文法の基礎と技術の理解力が必須である。両者のどれが欠けていてもよい翻訳に繋がらない。これらをバランスよく学習することを薦める。

問題(化学)PDF形式128KB   標準解答(化学)PDF形式119KB

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