1級/知財法務実務
第11回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
■要約問題
原文の要約を伴う英和翻訳は、英語圏での特許出願に関する拒絶理由等庁指令通知の連絡、知財法令・規則・基準等の改訂に伴う情報連絡、重要判例の報知といった業務に関して発生すると考えられ、外国知財法務実務に関して日常的に必要とされます。そこで、今回の問題では、アメリカ特許審査基準から、特許要件としての自明性判断時の留意事項を取り上げました。(出典 Manual of Patent Examining Procedure (MPEP), Chapter 2100 Patentability, 2142 Legal Concept of Prima Facie Obviousness)
全文試訳は標準解答の方を見ていただきたいのですが、要約においては、例えば「当初の立証は審査官が行い、一応の自明性が指摘された場合に出願人が反証すべき点」、「審査官は発明時の技術水準によって当業者として判断すべき点」、「審査官は後知恵を避けて先行技術文献の事実のみから判断すべき点」の3点がなんらかの形で含まれていれば合格水準と判定させていただきました。採点者が参考にしたいようなすばらしい要約も散見されましたことは心強い限りです。
なお、要約問題の性格上、採点に当たり細かい翻訳上の問題はあまり考慮していませんが、例えば自明性判断基準時が先願主義で普通の出願時ではなく「発明時」であることなどをおそらくうっかり訳し違えている例などが見受けられましたので、ご注意ください。
■全文訳問題
要約問題と同様に、アメリカの特許出願実務に関する出題ですが、こちらの方は出願人が明細書作成段階で便宜上利用しうる手段について取り扱っています。MPEP、あるいは判例法で認められている、「参照による取り込み(援用)」についてです。明細書の記載分量を抑制しつつ内容を豊富化するために有用ですが、明細書中に取り入れる内容と出願に係る発明との関係性によって、参照しうる文献の種類が制限されることに言及しています。
全般的に適確で読みやすい答案が多く見られましたが、一部の答案で、essential、nonessentialの意味する内容を誤解しているものがありましたので標準解答などでご確認ください。また、"an efficient time and space saving technique for making lengthy text in one document be part of a document under preparation without repeating the text per se"、"it is permitted by the Patent Office, subject to certain restrictions set forth in the MPEP and Federal Circuit case law"の部分で、翻訳自体、あるいはこなれた和文とするのに苦労されている形跡が見受けられましたので、あわせて標準解答等でご確認いただければよいと思います。
以上
問題(知財法務実務)PDF形式81KB 標準解答(知財法務実務)PDF形式105KB
1級/電気・電子工学
第11回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
今回も、クレーム、背景技術、実施例の三課題で試験問題を構成しました。課題として採用する技術分野については、毎回様々な分野から選んでいます。今回、第一課題のクレームについては着用式のコンピューター・システムに関するもので、人体の複数の箇所に装着した複数のデバイスに対し人体を伝送媒体としてネットワーク接続する発明から採用しました。第二課題は、医療現場で使用される超音波装置の発明についての背景技術記載からの出題です。そして、第三課題は、エネルギー変換器に関する装置の発明に関する実施例記載からの出題となります。
三つの課題を通じて基本的には次のような点を確認します。まず、第一課題のクレームでは、特許英文の翻訳に対する習熟レベルを、第二課題では、技術英文を把握する実力を、そして第三課題では、発明の構成についての英文を正確に理解し翻訳する力を問うています。全体を通じて言えることは、前回と同様の傾向なのですが、特許翻訳の知識も十分に備えていると思える訳の内容にも関らず、細かいミスを重ねてしまい結果として多くの失点につながっている受験者の方が多数いることです。その結果、大変残念ながら、前回に引き続き今回も1級合格認定者を送り出すに至りませんでした。
さて、各課題を振り返ってみます。課題1のクレームは比較的容易な文章だったようで、独立と従属の各クレームに対する取り扱上の問題、及び技術解釈上の問題は特にありませんでした。細かい点としては、特許文ではカタカナ表記にすべきかどうかで迷う場合が多々あると思いますが、一つの判断基準は辞書となります。例えば、本課題では、wearable をどう処理するかについて、多くの受験者は「着用(式)(型)」と辞書に掲載された訳を採用していました。一方で、カタカナでウェアラブルとする受験者もいました。ここでは、着用式(型)コンピューター・システムを一つの正しい訳とし、カタカナ表記は最小限ですが減点としました。
また、”a first of -- devices -- a second of -- devices --”について「・・装置の1番目は・・、二番目から・・・」という訳がありましたが、解釈の点から、また、日本語として少々問題です。この文脈では、順番が意図されているわけではなく、「複数の装置のうちの、ある装置と別のある装置」を表現することが意図されていて、”a first”と”a second”でそれぞれ名詞化された形で表現されています。したがい、「第一の装置」、「第二の装置」とするのが良いと思います。その意味は、「(複数の装置のうちの)第一の(ある)装置」、「(同)第二の(ある)装置」となります。
クレーム2とクレーム3に関して、ケアレスなミスの例を挙げます。クレーム2では”---, wherein the at least one of ---“とtheが付いていますが、クレーム3では、”---, wherein at least one of ---“とtheがついていません。このtheがついていないことに気つかずに訳した受験者、及び、その逆で、クレーム3にもtheが付いていると勘違いして訳した受験者が何人かいました。良い点数を採っている受験者の方々でしたので残念です。
課題2に関しても、比較的良く出来ていたと思います。内容の取り違えなど、即ち、誤訳などはありませんでしたが、”the industry is moving to increase”を「増加するように、産業は発展していく」というのは少し意訳過ぎると思います。また、課題1と同様にもう少し慎重に検討すれば発生を防げたであろうミスが散見されました。例えば、”ultrasound”を「超音波」ではなく「超音速」と訳したのは慌てていたためのミスと推測されます。
課題2では各パラグラフの文章がそれぞれ比較的長めなので、ともすると前半と後半で主語を取り違えかねない危険があります。例えば、最初のパラグラフの中の”The head, ---“の文章は、顕著な間違いはありませんでしたが、やや危なっかしい訳がいくつかありました。that節、after節などいろいろな要素が連結されていますので慎重な取り扱いが必要です。
最後に、課題3は、残念ながら減点が一番多く出た課題でした。用語上の問題を取り上げると、”rechargeable”は「充電式」、「再充電可能」などの訳で良いと思いますが、「再生可能」は減点としました。”nominal open circuit voltage”についても様々な訳がありましたが、「公称開路電圧」に準じた訳を正しい訳としました。二つ目の文章”Where the device 100 is ---“については、「デバイス100が・・・の場合は、・・・」の意味ですが、少なからぬ数の受験者が「ここで、デバイス100が・・構成され、・・・」と誤った訳をあてていたのは英文としては基本的な事柄だけに大変残念に思います。
多くの受験者の方々は、今一歩で躓いています。翻訳文をもう一度見直す余裕はないかもしれませんが、是非とも訓練を重ねケアレスミスの撲滅を図っていただきたいと思います。頑張ってください。
問題(電気・電子工学)PDF形式137KB 標準解答(電気・電子工学)PDF形式86KB
1級/機 械
第11回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
特許翻訳の試験では、特許文書としての質と技術文書としての質の両方が要求されます。特定技術分野の用語を正しく選択し、誤解を生じさせない分かりやすい日本語にするために、翻訳開始前にインターネット(ウィキペディアなど)で該当技術分野の概要をごく簡単に把握するという一手間をかけるだけでも品質向上に役立ちます。おそらく、今回の問3を読むまでは、この世にパイプライン清掃用の「ピグ」が存在することすら知らなかったのがほぼ全員ではないでしょうか。しかし、インターネット検索で誰もが短時間でその正体を知ることができます。簡単に様々な情報が手に入り、技術を簡単に理解した上で翻訳を進められる、非常に便利で恵まれた世の中です。
しかし、それは同時に、翻訳者がそうすることが当然であると見なされることでもあります。20年前までは、新しい仕事を受ける時、自分の得意分野でなければ2〜3図書館に通いつめて情報を集めてから仕事にかかることは珍しくありませんでした。その時代は、非常に特殊な技術分野をうまく訳せなくても、「翻訳者が知っていろという方が無理か」と大目に見てもらえることもありましたが、今ではそうはいきません。
今回の試験は、惜しくもミスの累積で不合格にせざるを得なかった受験者が複数名いらっしゃいました。多くのミスは、あと一歩ていねいに調べる、あと少し注意深く前後を読み込んで自分が技術を理解しているか確認する、これだけで避けられたはずです。
問1の2は、項目列挙式の項目の途中に説明句が挿入されており、X comprises A having (a1), (a1の説明), and (a2). の形で記述され、翻訳に際して工夫が問われる問題でしたが、この説明句を項目であると誤解して訳された受験者が散見されました。また、単語の意味を考えずにただ日本語に置き換えただけの答案も見られました。独立分詞構文に注意を払うこと、技術的に理解可能な日本語になっているか注意すること、で避けられるかと思います。
問2は、実はあまり難しくない技術なのですが、長い文と不慣れな表現に戸惑い、結局英文を上から和文でなぞることに終始し、本来はあり得ない技術的なミスを含んだ訳をしてしまった方が大半でした。改訂例では、段落0002の一文目をあえて区切らずに訳していますが、正しく訳しても分かりづらいことが明らかです。自分で噛み砕いて分かりやすい訳文を書き出す作業が翻訳者の仕事です。
この問に特に多かったミスを2つ紹介します。ひとつは、Traditionally manufactured ground wind turbine gear teethのgroundですが、これを「地上の」訳された方が何名もいらっしゃいました。なるほど、確かにgroundにはそのような意味もありますが、ここで論じられているのはgrindingで製造された歯車の問題点ですので、「研削」や「研磨」の用語が出て来ないとおかしいですね。
もうひとつは、段落0002の最後の文の、much higher surface finishの扱いです。ほとんどの方が、おそらく特に深く考えずに「高い表面仕上げ」と訳してしまいました。しかし、前後を読んでみましょう。1)従来の研削工法では、凸状体が歯の面に残り、金属くずを発生させる問題がある、2)従来の工法ではRa = 0.5〜0.7ミクロンの仕上げに対して「hoped to achieve」、すなわちこれを目標にしている、これを目指している、願望的な要素さえ入る数値です。逆に言えば、簡単には実現できないのです。3)However!熟練者なら、現状はmuch higher surface finishであると認識している。つまり、高いのは粗度の値、というわけです。さらに、4)それに対して、段落0003では、別技術である化学的促進の工法で磨きすぎてしまう懸念について述べています。
一見、引っ掛け問題にも思えるかもしれませんが、上記の4点をふまえると、英文のhigher surface finishを日本語の「高い表面仕上げ」に訳すことはできないはずです。あり得ないように思えることが原文で書いてあっても、「そう書いてあるんだから仕方あるまい」と突き進んではいけません。まず立ち止まって、もう一度注意深く読み込み、整理します。自分の理解不足かもしれませんし、記載誤りかもしれません。このような試験では技術的な誤りが問題に含まれることはあまり無いことですが、現場では日常茶飯事です。技術的な誤りを発見して技術者に報告するのは翻訳者としては手柄だ、大金星だ、と考える方もいらっしゃいますが、実は特許翻訳者の業務の一部です。一方、技術的な誤りが無い文でも、執筆しているのが言葉のプロでない技術者であることは珍しくありません。翻訳者としては、常に言語を超える訳文を目指します。
問3は、複雑な形状表現にも関わらず、大きく外した方はほとんどなく、全員健闘したと思います。ただ、trainの技術用語に関しての誤解が一部ありました。一般の英語では、trainとは列車で、物を載せるためのものですが、技術用語でのtrainは、同じものを複数つないだ仕組みを言います(列車も、滑車を複数つないだものですね)。ギア・トラインとは、ギアを載せるものではなく、ギアが複数つながったものです。よって、ピグ・トレインとはピグを載せる乗り物ではなく、ピグそのものを連結させたものです。思い込みは禁物です。
最後に、一部カタカナ言葉が目立ちました。カタカナ言葉が技術用語として確立されている場合は別として、和文の用語が存在するものには原則正規の和文表現を充てます。最大の理由は、何となく使われている曖昧なカタカナ表現は、後に揚げ足取りの格好の材料になるということです。確かにカタカナ言葉を含めても審査は通るし、権利化も実現しますが、問題はその後です。特許明細書は、善意で読んでくれる人よりも、敵意をもって読む人の方がはるかに多いことを覚えておくべきです。せっかくの権利化も安易なカタカナ言葉で係争の対象になったり無効にされたのでは何のために訳したのか分かりません。最後まで責任を持てるような翻訳をするためには、様々なスキルを習得していかなければなりませんが、少なくとも曖昧な表現を避けることは誰にでもできる初歩的な努力です。
問題(機械工学)PDF形式208KB 標準解答(機械工学)PDF形式37KB
1級/化 学
第11回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
今年の化学は、ポリマー、燃料電池、超硬合金の3分野から出題された。
クレームの出題はウレタン重合体で、ポイントは階層構造のクレームを正確に理解し、正しい日本語にできるか否かを問うものである。受験者共通の問題(おそらくは翻訳者にも言える問題)は要素の列挙の仕方があまりうまくないということである。また、ポリマー原料成分に付けられた(a)と(b)が翻訳では不適切な位置に置かれていたことである。(a)はan isocyanate compoundに付けられた記号であるから、訳ではイソシアナート化合物(a)としなければならない。つまり、イソシアナート化合物と(a)は一体でなければならないのに、多くの解答でこれらが分離されていた。特許翻訳者は直訳指向が過ぎる傾向にあるが、体裁まで英語のままにする悪い癖が今回のこの部分で露わになったと言える。翻訳は言葉を置き換えるのではなく、同じ意味になるように翻訳することである。
2番目の燃料電池の問題ではanodeの訳にひっかかった人が多くいた。電気分解など普通の電力消費系ではanodeは「陽極」であるが、電力生成系である電池の場合はanodeは「陰極」と訳さなければならない。「負極」と訳した解答もあったが、最近は電池ではcathode, anodeといわずpositive electrode, negative electrodeと呼ぶことを踏まえた上の解答である。これも正解とした。
3番目の問題では技術用語の翻訳に齟齬を来した解答が見られた。例えば、cubicは「立方晶」のことであるが、立方体とした解答が見られた。
安易な訳語の選択も気になった。「もたらす」を多用した解答が見られたが、より的確な語をきちんと使いこなすべきである。それ以外にもon the surfaceを「表面上に」(単に「表面に」が正しい)とした解答があったようにon=「上」という短絡した発想の翻訳が気になった。10% solution of HCl in methanolのinを「中」とした解答も同様である。「10%HClをメタノールに溶解した液」としないと日本語として意味が通じない。
要するに翻訳は、翻訳された言語体系の中で、もとの原語の意味を伝えることである。誰が読んでも理解できるように正確、丁寧で、かつ簡潔な訳を目指して頑張ってください。なお、残念ながら不合格となった方はコメントをよく読んで問題点を改善して再チャレンジされることを希望します。合格された方も、これで終わりではなく、ここからが翻訳のスタートの気持ちで常に向上心を忘れることなく日常の仕事に邁進されることを強く希望します。
問題(化学)PDF形式79KB 標準解答(化学)PDF形式188KB
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