1級/知財法務実務
第13回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
問1について
原文は約300ワードで逐次全文を翻訳すると通常は日本字で500乃至600文字になるところ、200字に要約することはなかなか難しかったようです。文中述べられた情報にはいくつかのポイントがあります。(ア)"problem and solution approach" のおおまかな内容、(イ)この手法を用いることにより得られる効果(ex post facto analysis を排し客観的な判断に資することなど)、(ウ)原則としてこの手法が用いられるがそれはmandatoryではなく、それ以外の手法に拠る場合もあること、などです。(ア)についてはいずれの解答も良く訳されていましたが、(イ)や(ウ)について全く言及していない解答が目立ちました。
「原則として」の一句を入れるだけでそれ以外の方法を採る場合もあることが表現できます。言葉の多寡によらず、(イ)、(ウ)についても何らかの表現で言及している解答をより好ましいものとしました。また、大変良く要約されていても、文章全体の最重要キーワード を誤訳した解答があり、残念ですが大幅な減点の対象となりました。
問2について
原文は箇条書きになっており、ひとつずつのセンテンスはそれほど複雑ではありません。しかしながら、限られた時間で全項を正確に訳すことは易しくなかったようです。特に、「仮出願については係属中に実体審査が行われずに方式要件のみがチェックされる。」という趣旨の項目3、「仮出願については法的要件を満たすようにするための修正のみが許される。」という趣旨の項目8について誤訳あるいは不完全訳が目に付きました。「1以上の仮出願をもとに通常出願を行える」という趣旨の項目5についても同様です。また、項目3のfile claims を「クレームを出願」(クレーム提出などが望ましい)としたり、項目9の prohibited を「不要である」とするなどの、つめの甘い翻訳が複数の解答において散見されたことは残念です。最後のセンテンスの the country of interest to the applicant についても、「出願人の利害関係国」などの、少し踏み込みすぎた訳が目立ちました。
問題(知財法務実務)PDF形式54.7KB 標準解答(知財法務実務)PDF形式80.8KB
1級/電気・電子工学
第13回NIPTA翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
1.クレーム(問1)の採点結果についての講評
誤訳にならない日本語にするにはどう表現したら良いかということを考えて訳すことが重要だと思います。当たり前のことですが、これができていない答案が多かったと思います。また、漢字を使うべきかも、よく考える必要があると思います。漢字は便利な標記ですが、強い意味を発信するので、ひらがなの方がベターな場合も多いと思います。
computer implemented methodはコンピュータ実装方法と訳してよいと思います。to assignの訳が間違っている答案も散見されました。thereonは「その上に」と訳すのはベストな訳ではないでしょう。
2.背景説明(問2)と実施例(問3)の採点結果についての講評
限られた時間で正確に翻訳できるかどうかが大事と考えました。分量としては、若干、多かったかも知れませんが、内容としては、難しくなかったと思います。採点にあたっては、訳語の適切さも勿論、重要ですが、誤訳がないかどうかを第一の基準としました。全有効受験者14名中4名の解答が誤訳などの問題がなく、よい出来上がりと言えます。比較的簡単な内容でも時間内に正確に仕上げることは、受験者にとり意外に難しいことかも知れません。漢字変換ミスがそのまま見過ごされていた解答が4名の受験者に見られました。背景説明でinfuriated many to a point whereのpointを場所として理解するより、程度と理解するほうが、文脈からすると、自然です。また、実施例で専門用語reference dividerが誤訳となっている解答がありました。文章の誤訳もかなりありました。個別の問題点については、各受験者にフィードバックされています。見直しをきちっとし、用語を正確に検索すれば少なくとも誤訳をしないで翻訳はできたのではないでしょうか。
問題(電気・電子工学)PDF形式49.5KB 標準解答(電気・電子工学)PDF形式101KB
1級/機 械
第13回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
特許翻訳の試験では、特許文書としての質と技術文書としての質の両方が要求されます。このフレーズは去年の講評においても冒頭に記載したことですが、今年もまた記載させていただきたいと思います。原文を過不足なく、誤解を生じる余地のない分かりやすい表現に翻訳するというのは特許翻訳の基本ですが、その際に原文の修飾関係を見落とさない注意力も必須です。一見すると小さな見落としが、特許明細書においては請求の範囲を左右するような大きな誤訳となってしまう場合があります。
今回の試験は難易度は低くはありませんでしたが、数名の受験者がギリギリのところまで点数を伸ばしながらもこのようなミスで合格ラインを割ってしまっています。実力は十分にあると思われるのに、プロとして犯してはならないミスを犯してしまったために止むなく不合格にせざるを得なかった方もいらっしゃいました。
例えば、問1のa fitting adapted to be attached to a pipeline and extend at のセンテンスですが、英文法的には、前半が(which is) adapted to be attached, 後半が(which is adapted to) extend です。したがって、「〜に装着されるようになっており、・・・に延在するようになっている」と訳す必要がありましたが、「〜に装着された、・・・に延在するようになっている」と訳した受験者が散見されました。「装着された○○」と「装着される(ようになっている)○○」では、構成要件がまったく異なってしまいます。個別にコメントに記載しましたが、同様の誤訳が後半にも見受けられました。こうした誤りは時に大きな問題となりますので絶対に避ける必要があります。また、請求項では初出の名詞に「前記」をつけてならないという約束があります。英語から日本語に翻訳したあと、日本語として初出であるかどうかの確認が必要です。
問2においては、skew(斜行)で何が起きているか把握しなかったためにその後が字面を追う展開になってしまい、技術的に誤った翻訳をされた方が目立ちました。基本的な点においては、試験中の限られた時間内とはいっても、辞書のみに頼らず少々インターネット検索に時間を割き、起こっている現象の本質を理解すれば、残りの翻訳文の質も翻訳スピードも上がるはずです。
また、問3では、"so that the flap 152 does not completely cover the vent orifice 160 and fully close the vent 150"の中で not が fully close the vent 150 にもかかっていることに気づかずに「好ましくは十分に閉じるように設計される」と、発明の趣旨と正反対の記述をされた方が少なくありませんでした。毎年、講評に書いていることですが、発明において何が起こっているのか、どうなっているのかを把握しなければ致命的な誤訳は必ず起こるものです。
また、実施例においてこのようにpreferablyがつく文は、従属クレームのサポート要件として含まれていることがあります。きちんとサポートになるように細心の注意を持って翻訳しなければならないのですが、一般的な技術表現でひっくるめて翻訳されているケースも見受けられました。
そのほか、今回は難易度をさておき、「あってはならないミス」で多く見られたのがいくつかありましたのでここに挙げます。
Bleed:「ブリード」は様々な技術に使われますが、機械に関する記述の中で「出血」と訳すべき展開はまず考えがたいものです。ところが今回、意外に多くの方が「出血」を充てていました。致命的な誤訳です。
Substrate:正しい訳語は技術分野によって様々ですが、少なくとも十数は存在します。安易に「基板」を充てるのは分野を無視した行為であり、「回路基板」を充てるのは論外です。分野が印刷であり、搬送されているものがなんであるかの記述を見れば、紙などの印刷媒体であることは明らかです。少なくとも「基材」、できれば「被印刷媒体」等の訳語が望ましいところです。
Error:コンピュータの場合は「エラー」、計算の場合は「誤り」が正解という場合が多いですが、製造の分野では「誤差」が正しいケースが多いでしょう。誤差の蓄積の記述において「エラー」とは、誤りです。
Thin film:英語では"thin-film"(薄膜)という、半導体製造など分野的に限られた専門用語と、"thin film"(薄い膜、薄いフィルム)という、非常に一般的な表現の両方が存在します。どちらがこの場合において正しいかは単に辞書を引いただけではわからないかも知れませんが、インターネット検索で一目瞭然になります。この場合は、「薄いフィルム」が適切な訳です。
More than one:1を超えるということなので、「ふたつ以上」あるいは「複数」と訳さなければならないところ、「ひとつ以上」と訳されている方の多さに驚きました。完全な誤訳です。「ひとつ以上」では「ひとつ」を含んでしまい、One or moreになってしまいます。しかし実際、例えば日本の特許を書かれている技術者の方も、この点や「以下」と「未満」の違いをあまり認識していないこともあり、そのために技術的に誤った文を書かれていることもあります。そのような場合は、翻訳者がフィルターとなって表現に関わる不正確さを正す役割も負っているのです。
限られた時間の中では目の前の文字列しか考える余裕がないのかも知れませんが、特許翻訳の仕事とは翻訳が取りあえず仕上がれば良いというものでもなく、客先にOKをもらってもそこで終わりでもありません。権利化が実現し、その後の係争においても優秀な翻訳ゆえに客先の権利が堅固に保護されてはじめて、「本当に良い翻訳」と言い切れるのではないのでしょうか。少なくともそのようなレベルを心がけて翻訳したいものです。
問題(機械工学)PDF形式672KB 標準解答(機械工学)PDF形式125KB
1級/化 学
第13回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
今回の化学の問題はカーボンナノチューブ、閉環メタセシス、色素増感太陽電池および有機合成化学に関連したものを選びました。今後、出会う可能性が高い分野と思います。
問1
背景技術です。カーボンナノチューブとはなにか、2種類のカーボンナノチューブの差異を説明しています。分かりやすい背景説明とすることができるかを見ることが出題の意図でした。
single-walled carbon nanotubes, multi-walled carbon nanotubesは「単層カーボンナノチューブ」、「多層カーボンナノチューブ」と訳すことが多いようです。「単壁」、「多(重)壁」も初期(1991年〜)には使われていました。carbon fibrilは「炭素繊維」という訳が多かったのですが、カーボンナノチューブの直径はせいぜい数10nm、炭素繊維の直径は数μmですから直径が2桁違います。模範解答では「カーボンフィブリル」としました。「炭素原繊維」、「炭素繊維素」もよいと思います。「原線維」はタンパク質フィブリルの感じになると思います。なお、「多重壁からなる炭素のナノチューブ」などももちろん間違いではありませんが、文の読みやすさという面が損なわれますので減点しました。gas storage は水素吸蔵金属、水素吸蔵材料という言葉がありますので「ガス吸蔵」が最もよいのですが「ガス貯蔵」でも結構です。
後半は、ほとんどの回答が原文の意味を正しく表現していました。
問2
実施形態です。式を参照して化学構造を説明します。医薬品、触媒などの分野で過不足なく正確に説明することが求められます。
少なからぬ回答がcomplexを「複合体」としましたがこの分野では「錯体」です。分野が異なると訳語が異なることがありますのでご注意ください。
modest yields and low catalyst selectivity 「中程度の収率および低い触媒選択率」。modestとlowを訳し分けて欲しかったのですが、ほとんどの回答が両方とも「低い」と訳しました。
an optional bond 「任意選択の結合」です。式の中で点線(破線も可、鎖線はchained line)で表され、存在することも存在しないこともある結合を意味します。ほとんどの回答が「任意の」としました。「任意の」は結合が存在する場合に限定され、存在しない場合が除外されると思われます。
問3
化学分野において実施例は権利範囲の基礎となる重要な部分ですから、翻訳においてはこのことを考慮した正確な翻訳作業が求められます。
Cografted 内容的にはCoadsorbedと同じ意味であり、「共グラフト(化)された」です。
Dye「染料」誤りではありませんが色素増感太陽電池の構成要素ですから「色素」の方がよいでしょう。
Coadsorbate「共吸着質」。「共吸着剤」ではありません。
screen-printed「スクリーン印刷された」。
photoanode「光負極」、「光アノード」。anode, cathodeは電池では「負極」、「正極」、電気分解では「陽極」、「陰極」とそれぞれ訳します。「光陽極」は残念ながら不正解です。問2.のcomplexと同じく厄介ですが、これを機会にマスターしてください。
Fabrication procedure以下の文は、模範解答では「ナノ結晶TiO2光負極のための作製手順と、完成形のホットメルト封止された電池の組み立てならびに光電気化学特性評価と」としました。部品を作り、組み立て、完成品の性能を評価するという自然な流れになっています。
micromolar「マイクロモルの」とした回答がほとんどでした。問題文を「μM」とするべきところでしたので減点しませんが、molarは「モル/リットル」、「M」という濃度の単位であり、molではありません。「モルの」ではこの実施例の操作が追試不能であることを理解してください。アセトニトリルとtert−ブタノールの使用量が示されていないからです。
問4
クレームは権利範囲を画定するものですので、論理および記載が明確でなければなりません(特70条、36条6項2号)。また、有機化学分野のクレームでは、特に物質名の特定が明確でなければなりません。本クレームは、カテゴリーが製造方法のクレームに該当します(特2条3項3号)ので、その旨および各反応工程、反応条件が明確でなければなりません。翻訳においても、以上の観点を考慮した翻訳作業が必要です。
従属クレームであることを明示すること、前提部、移行部および本体部に分けること、本体部のa)からg)を正確に訳すことが求められます。
「該」を使った回答がかなりありましたが、現状では「前記」の方が多いようです。
「工程」、「ステップ」を付けた方がクレームらしい表現となります。
belowは「未満」であり、「以下」ではありません。<と≦との違いをいつも意識してください。
internal reaction vessel temperature 「反応容器内温」です。英語特有の語順です。「内部反応容器の温度」ではなく「反応容器の内部温度」です。
問題(化学)PDF形式1.31MB 標準解答(化学)PDF形式105KB
1級/バイオ
第13回 知的財産翻訳検定 1級/バイオ 講評
問1
第1問は、今年、ノーベル医学生理学賞を受賞した米国ロックフェラー大学のラルフ・スタインマン(Ralph M. Steinman)が先駆的に研究されていた樹状細胞や癌ワクチンに関しての問題です。少なくとも、話題になった研究の内容に興味を持って欲しいと思って出題しました。
いくつかの技術用語が難しかったようです。まず、"immunization"の訳として、「免疫化する」は不自然です。「免疫する」は、厳密には、「抗原を注射する」という実験的な意味合いが強く、厳密には、「免疫誘導する」のと少し違うニュアンスを有します。"pulse"は、樹状細胞にペプチドを投与して提示させることを意味しますが、「パルスする」で通じますので、解答例ではそのままにしています。"prime"は、T細胞を刺激することを意味します。これも、「プライムする」で通じます。"priming PSMA"なので、構造からも、「PSMAが(T細胞を)プライムする」ことがわかります。「初回」という意味は含んでいません。ネットの辞書には、しばしば誤った訳が載っているので、注意しましょう。
問2
第2問は、神経生物学からの出題です。定義を述べていたり、選択肢が多かったりと、実施の形態らしい表現になっています。定義を間違えると、明細書全体の解釈に影響しますので、問題が大きくなりかねません。
"neurogenesis"は、「神経発生」がベターです。「神経形成」「神経新生」は、意味が限定される恐れがあります。""increasing the retention of" or variants of that phrase or the term "retention""は、orが二つ続きますので、原則からも、後半は、「そのフレーズの変形又は「保有」という用語」ではなく、「そのフレーズ又は「保有」という用語を変形したもの」と考えられます。意味上も、その方が自然です。"sensitizing"は感度を増強することですが、「感作」は、免疫学用語で、異なる意味を含みますので、ここでは不適当です。"differentially"は、「差次的に」と訳し、「(適切に時間的制御を受けながら)時間をずらして」という意味を有します。よく「遺伝子の差次的発現」などと使われます。"neural"は、グリア細胞を含む表現で、「神経系細胞の」と訳します。一方、"neuronal"は、「神経細胞」だけを意味します。神経系の細胞には、神経細胞とグリア細胞があり、それぞれどのように呼ばれているのかを知っておく必要があります。"a neural cell's proliferation, division, or progress through the cell cycle"は、"progress"だけが、"cell cycle"に最も強く関連した単語であるので、"through the cell cycle"は、"progress"のみに係ると考えられます。
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問3
第3問は、近年、出願件数の多糖尿病病関連の出願の実施例部分からの出題です。動物実験を行った場合には、このように記載されることが多いのですが、時折、ラテン語起源の"ad libitum"(自由に)等も用いられますので、注意して下さい。
第2文は、「ベースラインからの変動が減少することが何を意味しているか」ということを定義している部分であり、この後に出てくるデータ解析上重要です。
"bolus injection"は、「一時に全量を投与する」という意味で、点滴のように長時間に渡って少しずつ投与する形態の対極に位置するものです。通常、「ボーラス投与」とされています。また、"oral gavage"は、「強制経口投与」です。「経管栄養」は胃ろうを形成したヒトの場合に使用しますが、この実施例で使用されているのはSDラットであり、注射筒の先につけた胃ゾンデ(金属製)を用いて強制的に投与していますので、「経管栄養」は不適当です。
問4
第4問は、請求の範囲からの出題です。全体的に短く、それほど難しいクレームではありません。
"Accession number"は「寄託番号」ではなく、「受託番号」(寄託機関が、その微生物・細胞等を寄託用に受け入れた時に付与される番号)です。また、"deposit"が「寄託」です。この区別はしっかりしておくことが必要です。
"5 x 10 colony forming units per gram of the formulation"の部分は、この接種材料の施用量を規定する部分です。"per gram"(1g当たり)と規定されている部分は、正確に訳す必要があります。
"a method selected from the group consisting of 〜"は、「〜からなる群から選ばれるいずれかの方法」と訳します。
クレームの訳は難しいですが、インデントの取り方等から、概念の大きさが見える構造となっているはずです。こうした点に注意が必要です。
問題(バイオ)PDF形式47.3KB 標準解答(バイオ)PDF形式153KB
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