1級/知財法務実務
第20回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
出題のねらい
知財法務実務の分野では、特許明細書翻訳以外のすべての知的財産分野における翻訳需要をターゲットとしています。そのため、特許庁での出願手続に関するトピックと、出願手続き以外の局面、例えば登録後の権利行使の部面に関するトピック等を取り上げることとしました。
なお、今回の試験においては、アメリカで特許弁護士として長年知的財産実務に携わってこられるとともに、法務教育団体において特許権行使に関する講座をお持ちのPatrick G. Burns先生に、標準解答例の監修、受験者答案を踏まえたコメントをお願いし、諸氏の参考に供することとしました。Burns先生には、ネイティブ専門家の立場から、今後もアドバイスをいただくことを予定しています。
-Mr. Patrick G. Burns プロフィール-
アメリカ合衆国特許弁護士。イリノイ州シカゴの法律事務所Greer, Burns & Crain の創業者であり共同経営者。35年に渡り、特許、商標等の出願手続、連邦高裁、連邦地裁、国際貿易委員会等での様々な知的財産権訴訟等に関わる。現在の主要な業務は特許出願手続、鑑定等。法務教育団体Patent Resources Group (PRG) にて、1994年より"'Designing Around' Valid U.S. Patents"と題する講義を担当している。同講義は、PRGの春・秋セミナーにおいて多数の受講者を集めている。
メールアドレス:pburns(at)gbclaw.net
問1
特許庁の拒絶審決に対して知財高裁に提起された取消訴訟の判決を題材としました。知財高裁は、特許庁の拒絶審決を手続違背を理由に取り消しています。具体的には、独立特許要件違反を理由とした手続補正却下処分に重大な判断ミスがあったことを、かなり手厳しく批判しております。
解答は、総じてよく翻訳されていました。特許出願手続に関連する専門用語の対応英訳がある程度頭に入っていれば、翻訳の完成度を高める時間的余裕を生み出せることにつながると思います。
細かく見ますと、相対的に長文が多いので、読みやすさを考えれば適宜短文に区切ることが望ましいと言えます。(例えば第1センテンスに関するBurns先生コメント:I prefer sentences that are no longer than 2 or 3 lines long. The original translation is correct, but I broke a long single sentence into two sentences for style purposes.)
また、"the"等の冠詞については一律にルールで処理することは難しいため、慣用的な用法に慣れておくと役に立ちます。
また、「到底採用できる主張ではない」といった原文の強調表現は、not...at all等の対応表現で原意を損なわないようにする必要があると考えます。
問2
近時の法改正が予定されており、話題となることも多い職務発明規定について取り上げました。このような題材は、特許事務所等で直接扱うことは多くないと思われますが、企業知財部等の組織内では需要があるのではないかと考えました。
題材とした東京地裁の判決は、特許法に定められている、従業者が使用者に職務発明に関する特許受ける権利を譲渡した場合のいわゆる「相当の対価」が適正に定められているかの基準(特許法35条4項)に基づいて初めて判断が示されたものとして注目されました。
本問に関してもおおむね良好な解答でしたが、翻訳指定箇所最終センテンス中の「その定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になる」といった表現は、なかなか適切に訳出することが困難であったように見受けられました。字面では「対価の額」と「手続的不備」という質的に異なるものが比較されていることになっているため、論理的な記載となるように注意が必要です。また翻訳指定箇所の第1センテンスには、特許法35条4項の記載が取り込まれており、ネット上でも対応英訳を比較的容易に発見することができます。しかし、その場合でも、単にコピーペーストして終わるのでなく、時間の許すかぎり自分なりに吟味することは重要だと考えます。また、法律文書に良く出てくる「等」(例えば設問2の「使用者等」)は、etc.で訳すことが大抵の場合は可能です。日本語での反復は気になりませんが、英語で繰り返し出てくるたびにetc.を使うのは不自然で読みにくくなるので推奨できません。最初に出てきたときに用語の定義を適切に行ってそのような不自然さを回避するのも一つの方法です。
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1級/電気・電子工学
第20回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
基礎力が大幅に不足している答案は少数であり、全体的に出来は良好でした。
殆どの受験者は、合格に値する実力を備えているように感じられま した。
しかし、小さなミスを積み重ねた答案が多く、結果として合格ラインに達した
答案は残念ながら少数でした。
ミスの殆どは、スペルミス、冠詞の落ち、僅かな訳落ちなど、非常に些細なも
ので、十分に推敲、及び原文との対比を行えば防げる類のものです。
実際の業務でもそうですが、試験においても同様に、推敲を十分に行うよう心
掛けていただきたいと思います。
実際の業務では、僅かな誤記や落ちにより、審査が長期化したり、訴訟で敗訴
したりして、顧客の大きな損害を与えてしまうこともあり得ます。
また、英訳に取り掛かる前に、日本語の意味を十分に把握することも重要だ
と思います。それをせず、字面のみを追いかけて翻訳を行った結果 致命的な誤
訳をしてしまった答案も幾つか見受けられました。
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1級/機械工学
第20回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
今年の和文英訳は、問題の難易度が決して低いものではありませんでしたが、回答は全般的にレベルが高く、ほぼ全員がよく健闘されたという印象を受けました。しかし、その割に合格者が多くなかったのは、いくつかの「有り得ない」記載をされた方が多く、例年以上に「致命的なミス」の不合格者が続出しました。いくつかの注意点を紹介しましょう。
まず、問1です。設題に「米国出願を前提に、修正が必要であれば修正も加えて翻訳してください。」とあります。この場合は、和文に「先行技術文献」の項目があれば、これを解体して本文に組み込むことが標準的作業になります。しかし、PCTや優先権証明書翻訳のようにそのまま訳してしまった方が何名もいらっしゃいました。対応を委員会で検討したところ、
・ 本来はしなければならない作業である
・ 指示を守ることも翻訳者の仕事である
しかし、
・拒絶の理由になるなど、クライエントに不利益を被らせるものではない
との理由から、特に大きく減点するようなことなしない、ということになりました。
また問1に、「成形体」という物体が登場します。この単語には実は大した意味はなく、単に、形があるものがあるよ、という意味合いでよく使われます。しかし、多くの受験者は、辞書通りのcompactやmolded bodyを選択したいました。
Compactは、一般には粉を押し固めて作った「圧粉体」を指すので、耐火レンガなどからなると書いてあるものにはふさわしくないでしょう。また、molded bodyは、一般的に型に流し込んだりして形を整えたものをいいますので、やはりおかしいです。この場合は、単にbodyが一番無難でしょう。
問1で何人もの受験者がやってしまった「有り得ない」があります。それは、「成形体」の両脇を流れ下ったガラスが、最後に「融合一体化」することによって板ガラスが製造されると記載されています。何と何が融合一体化するのかというと、もちろん両側のガラス同士です。しかし、何人もの方が、ガラスと成形体が融合一体化する趣旨の翻訳をされていました。これは製造の上でありえないことです。慣れていない技術分野でも、絶対にありえない状況を見抜く理解力は必要です。
また、問2にもとんでもない「有り得ない」がありました。これは、編み物の耐性実験という、おそらくほとんどの受験者が経験したことがない分野でした。総合的に出来は意外に良かったのですが、問題は耐性実験の実験結果の表現でした。和文では「耐切創性は切断回数が16,256回であった」とあります。これは、切断を16,256回試みてようやく切れた、という意味になりますが、中には「16,256回切断した」の意味で翻訳された方が何名かいらっしゃいました。これでは耐性実験のデータになりません。
特許翻訳者は時に、自分の得意分野でない分野の翻訳もしなければなりません。手探り状態で、限られた時間の中で情報を模索しなければならないこともあります。そのような時に襲ってくる誘惑が、「字面を辿ってしまえ」です。字面を辿って誤りがなければいいのですが、常に自分の文から「有り得ない」を排除する緊張が必要です。
問3は、欧州特許出願における装置クレームを出題しました。欧州特許出願には、原則として2パートフォームで特許が付与されるという特徴があります。2パートフォームは、前段部と後段部とを有し、前段部と後段部との間には、「characterised in that」又は「characterised by」が挿入されます(欧州特許条約規則43)。
欧州特許条約規則43によれば、前段部には、先行技術(通例では本願発明に最も近い文献D1)に開示されている構成を記載し、後段部には、文献D1に開示されていない構成を記載することとなっています。ただし、先行技術D1が確定するのは、欧州特許庁における先行技術調査の後なので、出願時に必ずしも2パートフォームにする必要はなく、先行技術D1の確定後に現地において中間処理で行われることが通例です。
したがいまして、本出題では、「characterised in that」又は「characterised by」の記載の有無は、加点や減点の対象とはしていません。ただし、「characterised in that」等の挿入によって不自然な英文となってしまっている場合には減点としました。
今回も受験生のレベルが非常に高く完成度の高い答案が目立ちましたが、制限時間があることもあって以下のような点で受験生間の差が顕著に現れました。
「前記第2の孔(17)の底部と前記第1の孔(13)の底部とに端部が当接するコイルバネ」は、図面に基づいて技術的な内容を理解していないと正確に翻訳できないので、受験者の間で大きな差が付きました。端部の語は、日本語では、単複のいずれかが不明ですが、「前記第2の孔(17)の底部に当接する端部」と「前記第1の孔(13)の底部に当接する端部」の2つの端部があることが図面から分かります。
次に、「respectively」の誤用が目立ちました。「respectively」は、2つのリストがそれぞれ対応するときにのみ使用できます。具体的には、たとえば「Tom and Steve are fifteen and thirteen, respectively.」では、「Tom and Steve」という第1のリストと、「fifteen and thirteen」という第2のリストが対応していますので、「respectively」が使用可能です。しかしながら、たとえば「Two men are fifteen and thirteen, respectively.」は、リストが1つしかありませんので誤用となります。
なお、一部の方で、「内部に」や「一部に」といった語の訳抜けが目立ちました。時間が足りなかったのではないかと思われます。
・注意点(2パートフォームとJepson Formatの関係)
2パートフォームには、Jepson Formatがあります。Jepson Formatは、プリアンブルの部分が先行技術であることを前提とし、改良部分を明示するクレームフォーマットです。Jepson Formatは、典型的には、プリアンブルに公知の一般的な構成を記載し、「characterised in that」等の代わりに「wherein the improvement comprises」(改良点は以下の通りである。)との書き出しで出願人が新規と考える構成を記載します(37 CFR 1.75(e))。
Jepson Formatは、プリアンブルが先行技術であることを前提としたような書き方になっているだけでなく、プリアンブルの記載が発明の限定事項でないとも判断され得るので、実務上非常に不利な書き方です。したがいまして、現在の実務では、Jepson Formatを使うことはありません。
2パートフォームの一つとして、Jepson Formatがありますが、2パートフォーム=Jepson Formatではないので、海外代理人とのレター等の翻訳では注意が必要です。ただし、Jepsonという言葉を不用意に使わないようにすれば十分です。
最後になりますが、今回は読みやすい英文が目立ちました。読みやすさは決して正確さに勝りませんし取って代わるものでもありませんが、読みやすい文が書けるということは翻訳にある程度の余裕があることの表れでもあります。みなさまの今後のご活躍に期待します。
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1級/化 学
第20回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
今回の受験者レベルに関しては、特許の知識と専門分野における英語翻訳の知識をお持ちの方が多かったように思います。
特許権は発明の公開に対する代償として与えられるものであり、公開の内容そのものである特許明細書は、明確であることを求められます。また、特許請求の範囲は将来の権利範囲に直結しますので、単数複数の違い、open表現かclose表現か等で生じる「権利の幅」に気を付ける必要があります。
最近、欧州特許庁EPOでは補正の審査が厳しいので、日本語に記載された発明者の文章を大切にして、できるだけ逐語訳することが推奨されます。なお、読みやすくするために、文を適切な場所で区切ることは余り問題になりません。
特許請求の範囲に関しては、製造ステップで物を特定すると、その操作を行わないで(積層以外、例えば注入)製造して得られた物に権利が及ばなくなる場合があります。対象物が物の場合は、原文に記載されていない限り、動詞の記載は慎みましょう。
明細書の記載に関しては、構造、機能、効果等を説明、主張する根拠にもなりますので、従来技術の記載部分といえどもおろそかにしないで丁寧に訳しましょう。
なお、実施例はworking exampleと訳されることがありますが、これは米国の実務で使用されるprophetic example(データの裏づけのない仮説例)に対応する言葉です。日本ではほとんどの実施例にはデータの裏づけがありますので、Exampleのみでかまいません。
基礎的な化学知識ですが、solutionは溶媒中に溶質が溶けている液体混合物であり、「油剤」等の物質そのものとは異なります。また、有機溶媒の性質上、「水溶性有機溶媒」を「水性有機溶媒」と訳すのは不適切です。
問1
問1は、圧電素子に関するクレームです。出典は特開2015-10007号公報です(問題作成の都合上一部変更を加えました)。本問は圧電素子の組成に関しますので、圧電材料の構造を理解して訳す必要があります。
固溶、結晶粒子、粒子境界、粒子間に析出した元素などの構成、構造を理解して訳してください。
EPOでは、補正の審査が最近厳しくなってきました。例えば、発明者の意図に反して日本語ではclose文言だった表現を、openな文言で訳して権利範囲が変化する可能性のある場合は、翻訳報告コメントで一言言及して承認を頂いておくことが好ましいと思われます。
問2
問2は油性化粧料に関する従来技術の説明部分です。出典は特開2015-044804号公報です(問題作成の都合上一部変更を加えました)。化粧料の機能、効果は官能的な表現が強く、対応する英語を見つけるのに苦労します。特許専門より一般的な翻訳者の方が得意かもしれません。しかし、できるかぎり当業界で使用されている英単語を使用することは大切です。同じ分野の英語特許や文献を調べたり、検索エンジンでそれらしい英語をサーチして使用状況を確認したりすると、訳文の完成度が上がります。検索結果はヒット数にも注意し、どのような業界で頻繁に使用されているかも確認しましょう。
問3
問3は、逆浸透膜に関する実施形態の問題です。出典は特開2014-210246号公報です(問題作成の都合上一部変更を加えました)。本問はグラフト重合の説明が中心となりますので、その仕組みを理解して訳す必要があります。
側鎖が結合した構造を説明する場合、chainを使うと効果的です。重合体の構造を説明する英文では必ずと言ってよいほど登場しますが、それを使った解答は残念ながらありませんでした。polymerは物質名詞ですので、そのまま複数形にすると、複数本の重合体でなく、複数種類の重合体と読まれる可能性があります。polymer chainsとすることで、同種の重合体が複数本あることが明確になります。
「〜等を挙げることができる」の訳では、多くの方がexamples of … includeという表現をうまく使っていました。また、「反応起点」が複数あることを認識し、複数形で訳されている方も多かったです。
一方、訳しにくかったと思われるのは、「MPC重合体がポリアミド薄膜へのグラフト重合により形成されて結合したもの」です。これを「MPC重合体を重合し、ついでそれを結合させる」と解釈した訳が多くありましたが、後半の説明を読めば、「MPCをポリアミド薄膜上で重合することにより、MPC重合体が結合したグラフト共重合体が形成される」という意味であることがわかります。
また、「反応起点を起点として」も、「起点」が重なるため訳しにくかったと思います。「起点として」は、fromを使うと簡潔に表現できます。前置詞は使いこなすのが難しいですが、種類は限られていますので、ぜひマスターしたいところです。
問4
問4は、水性エアゾール塗料に関する実施例の問題です。出典は特開2015-7252号公報です(問題作成の都合上一部変更を加えました)。内容自体はそれほど難解ではありませんが、訳しにくいと思われる箇所がいくつかありました。
「結果」と「問題」については、ほとんどの方がresultとproblemを使って訳されていました。もちろん間違いではありませんが、これらを使うと不自然、不明確な訳になりがちです。本問では、単にエアゾール化と塗膜性能の良し悪しについて述べているだけですので、「エアゾール化と塗膜性能が良好であった」「エアゾール化と塗膜性能が劣っていた」とストレートに訳した方が原文の真意が明確に伝わります。「結果」と「問題」は和文明細書において頻繁に登場しますが、本問の場合のようにそれほど実体的な意味がない場合、無理に訳さないのも一つの手です。
「適正なpH範囲が確保されない」についても、「範囲」と「確保」をrangeとensureと訳した解答がほとんどでした。本問は実験結果の説明ですので、原文は「塗料原液のpHが適正でなかった」と言っているに過ぎません。それに気がつけば、簡潔に訳すことができます。
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1級/バイオテクノロジー
第20回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評
問1は、「テオブロマ・カカオの種実、すなわちカカオの実」の解釈に二通り考えられます。すなわち、「種実」を、種子を含む実の部分、いわゆる果実部分と解釈する場合と、種子のみの部分と解釈する場合です。どちらも論理構成が合っていればよいこととしています。本問は、第2段落が長く、並列関係がわかりづらかったと思います。
問2は、日本語も平易であり、今回の出題中では訳しやすい文章だったと思います。
問3も、それほど難しくなかったと思います。
問4は、screeningという用語の使い方を間違った方が多かったです。screenという動詞は、スクリーニングの対象物(ライブラリーなど)を目的語としてとるのであって、スクリーニングの目的物(ターゲット)は目的語にはなれません。従って、for screening an anti-cancer agentは正しくありません。これを間違えると、スクリーニングの意味が変わってくるので要注意です。「がん細胞の培地」は「がん細胞用の培地」ではなく「がん細胞を培養した培地」のことで、実験系の知識のある人には難しくなかったと思いますが、全く実験の経験の無い人には難しかったかもしれません。
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