第27回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評



参考解答訳および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。)


1級/知財法務実務


第27回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 問1は、近時の米国最高裁判所の判決に材をとりました。(Oil States Energy Services, LLC v. Greene’s Energy Group, LLC、2018年5月29日)2013年3月16日に施行された改正米国特許法(通称America Invents Act, AIA)では、それまでの当事者系再審査の手続を取り込む形で、付与後の特許の当否を見直す当事者系レビュー(Inter Parte Review, IPR)が創設されました。このIPRによって行政機関であるPTAB(Patent Trial and Appeal Board)により特許を無効とされたOil States Energy Servicesが、「個人の所有権である特許権を司法の判断を経ずに取り消すことは、合衆国憲法第3条等に違反する」と主張して最高裁に上告し、これが取り上げられました。その審理は、米国特許制度の主要な手続の合憲性に関わるものとして、米国内外から注目されてきたところ、本年5月に合憲性を認める判断がなされ、判決の射程などに問題を残しながらも、ひとまず決着を見たものです。この裁判が、現行の米国特許法に内包される根本的な問題に関わるものであり、またそれだけに国際的な知財コミュニティにおける一大トピックともなったことを考え、今回の設問に至りました。
 題材として取り上げた判決文の中から、翻訳対象箇所として、政府が特許権を設定するとはどういうことなのかを権利の性質から説示していると思われる部分を選定しました。米国特許を取り扱う上で基本となる事項が述べられていると考えたからです。そのため、翻訳対象の分量に対してかなり古い過去の判例から引用された文、フレーズが多く占めることになりましたが、特にそれで問題が難しくなっていることはないように思っています。ただ、設問の注記として、「文中に引用されている判決名、文献名等は翻訳に及ばない」と記載したことで、かえって受験者の皆様には対応に迷ったように感じられるところもあり、出題者の配慮が行き届かなかったものと反省しています。この点は、今後の出題に生かしていこうと考えます。
 採点結果では、この種のトピック、文章の読解に経験を持っておられるかどうかによりかなり差が出たように感じています。米国特許法関連で頻出する表現、語句などは、参考解答や米国特許実務の参考書により復習をされるとよいと思います。
 採点した解答に共通して誤解されていると考えられた箇所として、「By “issuing patents,” the PTO “take[s] from the public rights of immense value, and bestow[s] them upon the patentee.”」が挙げられます。採点した答案ではみなさん、「(take[s] from) the public rights」というまとまりで捉えられていますが、これですと、適切な文の解釈になっていないと思われます。ここは、「take[s] // from the public // rights of immense value」と解し、「公衆から莫大な価値を持つ権利を取り上げ(て、それを特許権者に与える)」等と訳出するのが適切と考えます。その他の箇所についても、参考解答などにより確認をいただければ幸いです。
 なお、今後知的財産翻訳検定の当カテゴリーを受験しようと考えている方には、どのように勉強して準備したらよいかわからない、というお悩みを持っている向きもあるかと思います。たしかに、当カテゴリーは、特許明細書の翻訳、いわゆる特許翻訳を除くすべてのトピックをカバーすることを標榜しておりますし、出題も権利化段階、権利化後の活用段階(ライセンス契約など)を含んで広範囲にわたっています。ただ出題にあたっては、常に「当カテゴリーとして翻訳力を認定するのにふさわしい問題はなにか」ということを念頭に置いておりますので、いわゆる過去問をチェックしていただくことで、受験の参考にしていただけるものと考えます。
 今後も、より多くの方が当カテゴリーに挑戦してくださることを期待しています。

【問2】
 「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
 上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、アプリ開発実務や特許法・商標法などの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「和文和訳(=原文咀嚼)」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。
 各小問について、第1条は、英文構造が捉えにくかったのか英文の読取りができていない答案が散見されました。例えば、(a)中の「map data for which it owns and controls 100% of the copyright and other licensing right」について、for which~licensing rightまでがmap dataを修飾するものであり、解答例の示すとおり、地図データなら何でもよいわけではなく、著作権及びその他の許諾権をマップデータ社が100%保有管理する地図データを要求するものであります。また(b)中の「specification」を、契約書や明細と訳出した答案が散見されましたが、ここでは「仕様」のことを言っています。Specificationには多くの意味があるものの、「開発」の文字から、仕様のことを言っているのでは?と想像力を駆使しましょう。また(c)中の「which shall include the clearance of any and all conflicting tradename, trademark and service mark for all categories of the App exploitation and the registration of such App Mark before all relevant trademark authorities」も、意味が捉えきれなかったとおぼしき解答や意味はおおよそ把握できたものの日本語としてうまく整理しきれなった答案が散見されました。ここでは、which = developmentであり、開発の要素として、clearanceとregistrationの2つを含むという大きな構文を捉え、個々を訳出していく必要があるかと思います。なお、英文契約ではany and allなどくどい表現が多用されますが、一語一語を訳出する必要はなく、「一切の」などと簡潔に訳出して、日本語としての自然さも心掛けたいところです。
 第2条について、まず「partnership」の訳出に苦労された答案が多いように見受けられました。「partnership」とは、金銭や労務を持ち出して共同事業を行うこと、すなわち「組合」を言っています。「組合」と訳出されていなくとも減点はしていませんが、「提携」や「協力関係」などの訳では、ややピンボケな感がありますので、訳語の吟味に際しては日本語の意味をよく精査して選択するよう心掛けたいところです。また「IT Software shall serve as the representative」以降が構文的に難解だったのか、正確に訳出できている答案は多くありませんでした。ここでは、①契約締結の場面(executing any contract)、②共同資産の管理の場面(controlling the mutual asset)、③相互利益の保護の場面(protecting the mutual interest)の3つにおいて、本共同事業を代表するという大きな枠を捉え、細かなところを訳出していく必要があるように思います。
 全体を通じての気付きとして、問題文に「(定義語)については、翻訳文でも定義語であることが一目瞭然となるように(定義語でない語と紛らわしくないように)訳語を工夫してください」とあるにもかかわらず、「Joint Venture」を単に「共同事業」としたり(この契約の対象たる共同事業なのかそれとも共同事業一般なのか、訳語だけでは区別がつかない)、「App」を単に「アプリ」とした(この契約の対象たるアプリなのかそれともアプリ一般なのか、訳語だけでは区別がつかない。)解答が散見されました。過去の講評でも繰り返ししていますが、契約書において、「定義」は肝です。罠が仕込まれやすいところであり、定義語なのかそうでないのかは、意味解釈上、非常にクリティカルです。先頭大文字の用語は、必ず日本語でも「特別に定義されている語」であることが一目瞭然となるよう、本件~や本~などと訳出するよう、今一度ご留意いただければと思います。
 最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも和文和訳(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。

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1級/電気・電子工学


第27回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評

【総論】
 多くの答案は、総じて高いレベルにあり、もう僅かな改善で合格に到達できるレベルにあると感じられました。ただし、合格レベルに達していたものは少数でした。合格に達した答案は、「英語の読解力」、「技術知識」、「日本語力」の3つを兼ね備えた答案であると思われました。
 正確な訳出のためには、まずは英文を正確に読解する能力が必要であることは言うまでもありません。特許明細書も技術文書ですので、一定のロジックに基づいて書かれています。しかし、不合格となった答案は、その訳出された日本文にロジックが感じられず、英単語を単に日本語に置き換えただけのように思える答案も多かったように思いました。実務でもそうですが、出来上がった日本語を読んで、ロジックが感じられるかどうかをよくチェックしていただきたいと思います。ロジックが感じられない場合、それは不正解であると考えた方がよく、英文をもう一度読み直すべきでしょう。
 英文の読解のためには、正確な技術知識も必要です。例えばですが、問3の印刷装置の説明の中の「bandwidth」という単語に関し、「帯域幅」を充てた答案がいくつかありました。bandwidth をオンライン辞書等で引くと「帯域幅」が最初に出てきますが、これは通信技術において周波数の幅を表す用語です。印刷装置なので、この単語では不適切なのは明らかです。一定の技術知識があるか、又は、この単語で本当に良いか、ということを調べる能力があれば、この単語を使わず、例えば「バンド幅」、「帯の幅」などの訳出ができると思います。
 出来上がった日本語訳が、表現として正確であるか否かをチェックし、且つ誤読される可能性を極力少なくなるよう表現を工夫することも、翻訳者として大事なことだと思います。英文中の単語は漏れなく拾い上げられているが、語順が悪かったり、修飾関係が不明確だったりして、結果として記載不備の拒絶を受けるようなことがあってはいけません。

【各論】
 問1は、比較的短めで、文章構造も単純で、意味内容は比較的取り易かったのではないかと思います。ただし、語順の問題で、日本語にするのはそう簡単ではなかったのではないかと思います。この点、正確な日本語にする力量が問われる問題であったと思います。フローとブロック図が付いていたので、それを見れば理解はし易かったと思いますが、良く見ていなかったためか、不正確な訳出をした答案も散見されました。
 問2、問3では、英語の読解力を問うため、長文の英文の中から一部を翻訳してもらう形式を採用しました。問3は特に一文が長く、訳しづらかったかもしれませんが、前後関係を含めて読解ができれば、正解に近い訳が可能だったとは思います。実際の業務の中でも、1つの明細書に含まれる多数のフレーズが意味的に整合が取れるように訳す必要があり、そのような力も今回の試験では問うています。
 今回、残念ながら不合格となった方々も、殆どは合格まであと1歩でした。上記の「英語の読解力」、「技術知識」、「日本語力」の三拍子を揃えることができれば、合格まで到達できると思います。

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1級/機械工学


第27回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回は、大きなミスをする可能性のある箇所がいくつも含まれている内容でした。その中、このような箇所をより多く回避しミスを最低限度に抑えることに成功した4名が合格となりました。ミスが全くないということではなく、最低限度に抑えられたということです。
 その他にも、減点の対象にはしていないものの、「本来はこう訳して欲しかった」箇所がいくつかあります。減点の対象ではありませんが、参考のためにここでの記載に含めることにしました。

【問1】
 問1でのrepeatable manufactureは、単に「繰り返し生産」することが目的ではなく、何回繰り返しても品質が変わらない、すなわち「再現性」を目的としていることがこの特許文献の核心です。「繰り返し生産」は減点にしていませんが、「再現性」を上手に表現できた方には加点をしました。

 Additive manufacturing を正確に翻訳できた方はほとんどいませんでした。正しくは「積層造形法」ですが、「3Dプリント」でもOKです。大半の方は「付加製造」と訳されたした。直訳語で、厳密にはこの技術分野を表す訳語としては正しくはないのですが、減点していません。その理由は、「付加製造」が日本国内で広く使われてしまい、今では一般的に定着してしまったからです。
 一方、additive manufacturingを「添加剤製造」と訳された方も数名いました。これは致命的な誤訳で、大きな減点を免れません。この文の内容は、添加剤に全く関係ないもので、技術分野の名称そのものを大幅に誤ったものだからです。仮にオンラインで何かの訳語を見つけたにしても、それをそのまま使うのではなく、逆検索をかけて確認する、またWikiなどでその英単語が本当に英語圏でそのように使われているのか、検証する手間を省いてはいけません。

 Nominally sphericalを「名目上球形状」とされた方が多く、減点にはしていませんが、ここからこの文のニュアンスを読み取ってほしいところでした。というのは、英語圏ではnominallyは「名目上」よりもかなり広いニュアンスを持っているからです。例えば、nominal Christianといえば、クリスマスにしか教会に行かない「なんちゃってクリスチャン」、Supermarket food is nominally safeというのは、スーパーの食料品は安全ということになっている、そうでないと困る、というようなニュアンスです。

 そして今回、最も多くの方が取り違えたのが、ここでのassumed to beの係り受けの範囲です。大半の方はこの係り受けの範囲をnominally spherical に限定したのですが、実はピリオドまでかかっているということは同段落の後半を見ればわかります。というわけで、
 「金属粉末は名目上球体と想定され、~粒度分布を有する」
 は誤りで、
 「金属粉末は当然球体のはずで、~粒度分布を有するものと見なされている」
 くらいの翻訳が原文を正確に伝える内容です。「思い込んでしまう」という表現を使われた方がおり、これは表現として大正解です。「名目上」は減点にしていませんが、係り受け範囲の誤りは誤訳として扱いました。

 Varyを「変動する」と訳すのは、あながち誤りとも言い切れないため減点にしていません。ただ、バッチ間の違いを説明している文なので、ここは「バラツキ」という表現が欲しいところでした。
 ところで、大きな減点になるようなミスには繋がっていませんが、この問題で「バッチ」と「ロット」の違いで苦労された方も一部おられたようです。「バッチ」は「製造単位」、「ロット」は「流通単位」と考えていただければ結構です。限られた時間の中で「バッチ」と「ロット」を個別に調べてそれぞれの結果を付き合わせることは難しいかもしれませんが、グーグル検索で「ロットとバッチの違い」と検索すれば、急場をしのぐのに十分な情報が得られるはずです。

【問2】
 問2では、原文の技術内容を読み解くのに苦労された方も少なくなかったようです。そのため、原文の字面をなぞってしまい、ミスを連発する方も見受けられました。図面が用意された問ですので、極力図面を原文と付き合わせていけば解決できたはずの問題がほとんどのはずです。フレーズtwo different functional configurations は本来、「2つの異なる機能的様態」が理想的な翻訳ですが、「機能的構成」でもOKとしました。

 Motor screwの訳語としては、「モータ部のネジ」と「モータ部の(プロペラ)スクリュー」の両方があり得ます。どちらが正しいか?複数形である上に、screwed ontoされていることから、「モータ部の(プロペラ)スクリュー」の案は消滅します。
 このように、原文の言葉に対応する日本語のカタカナ外来語が存在するからといって、安直に使うことは危険です。元々の言葉の意味とニュアンスを、日本語のカタカナ外来語が正確に踏襲しているかといえば、ほとんどの場合そんなことは全くありません。意味が原語より狭かったり広かったり、全く違うものを指していることがほとんどだからです。同じ問2のnavigationを「航行」ではなく「ナビゲーション」と訳されいた方が少なくありませんでした。日本語の「ナビゲーション」にそのような意味が全くないとは言えないため、軽微なミスとして扱いましたが、カーナビのような他の意味と混同されることも想像され、決して理想的な訳語ではありません。

【問3】
 問3は、ジンバルマウントに関する発明を対象とするクレーム翻訳です。本問題では、「adhere」の訳語の選定で多くの受験生が苦しんだようです。「adhere」は、接着の訳語として良く使用される語ですが、接着は、二つの固体面を第三の媒体(接着剤)を介して互いに接合すること意味しています。本発明は、磁力による「adhere」であり、第三の媒体が存在しないので問題となります。しかしながら、1級の受験者だけあって、訳語として「接着」を使用した方は少数でした。
 英日翻訳は、特に日本人の方は、自分の日本語能力を過信せず、常日頃から辞書で確認して日本語の技術用語を正確に使えるようにする必要があります。これが簡単なようで中々できない点に英日翻訳の難しさがあります。


 近年、機械翻訳の台頭、特許翻訳が機械に取って代われられるのではないか、としきりに言われるようになりました。確かに原文を本当に完全なロジックで書き上げて整理した場合、機械がデータベースにある単語とフレーズ、文法を使って正確な翻訳をする技術はすでに実現しつつあります。しかし、そのような手間暇をかけて、原文を完璧に仕上げる余裕があるクライエントは、果たしてどれほどいるでしょうか?現実には、担当者が半徹夜で書き上げた原稿が、校正もそこそこに翻訳者の手に届くことの方がが多いのではないでしょうか?
 そうすると、機械が最も不得意で、人間翻訳者が最も得意な、「この人は、本当は何を言いたかったのか?」を察して盛り込む心意気、つまる「忖度」が何よりも重要なポイントになります。それは今までは重要ではなかったということではなく、本来非常に重要な点だったのですが、ここに来てそれができる翻訳者とできない翻訳者が選別されようとしているのです。
 とある係り受けの範囲がその文の中では知り得ない、前後の段落や図面を参照しないとわからない文には、機械は正しく対処できません。人間の書いた不完全な文を人間が推し量って別の言葉に置き換えるのが、本来の翻訳です。これは、相当先までは機械には真似できないでしょう。ところが、機械と同じように目の前の文だけを見て、全体像から執筆者の意図を汲み取ろうとしない翻訳者がいるのも現状です。機械と同じような作業しかしない翻訳者が機械に取って代わられる可能性は、ますます現実味を帯びています。様々なオンラインツール等が発達した今だからこそ、本来の翻訳の意義を再確認する良い機会であると考えます。 

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1級/化 学


第27回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評

【問1】
 特許請求の範囲(クレーム)は、発明を定義する最も重要な部分です。複数の解釈の可能性を避けて、争いの元となるような疑義が生じない明確性が求められます。あいまいな表現は避けるようにしましょう。
 本問のクレームでは、「および」(小概念)「並びに」(大概念)を使用して構成を明確に表現することも検討してください(andやorの使い方は法律用語辞典で確認のこと)。
 科学系の単位はSI単位系が原則です。ミクロン(micron, 記号:µ)は1967年の国際度量衡総会で廃止され、SI併用単位にも含まれておらず、10−6 mを表すにはマイクロメートルを使うのが望ましいとされています。日本の計量法では、1997年10月1日からは使用が禁じられています。なので、(特にクレームでは)マイクロメートルを使用するか、µmをそのまま使用してください。
 安易なカタカナ表記は避けるべきですが、統計学で度数分布における「中央値」を指す「メジアン」は、粒子径分布でも多く採用されていますので、この場合は問題ありません。粒子径の測定方法は様々なため、粒子径の定義を裁判で争われることも多いので、確認しておいてください。
 organic nitrification inhibiting compoundのorganicはnitrificationにかかります。意味を理解してあえて語順を変更するならともかく、この場合に「有機化合物」と訳すのは致命的な誤訳となる可能性もあります。
 「抑泡剤」と「消泡剤」のどちらにするか、訳語の選択に迷ったときは、検索ヒット数で判断することもできます。その場合、検索する技術分野を制限するための関連検索用語句を工夫してください。
 クレーム部分では一語の誤記、抜けも重大問題になりかねませんので、気を付けてください。

【問2】
 技術的には難しくなかったと思いますが、いかに「通じる和訳文」を作れるかがポイントとなりました。例えば、「magnets are by far the strongest commercially available variety」は多くの受験者が訳出に苦労されていたようです。語順だけに引きずられず、意味をしっかり訳出する必要があります。また、「This waste…represents a significant waste stream in terms of value」も難しかったようです。ここで、「in terms of value」は、「in terms of quantity」等と対になる概念で、「金額的に」や「金額ベースで」等を意味します。「represent」には「constitute, amount to」という意味もあります。「waste stream」は、廃棄物管理の分野では「aggregate flow of waste material from generation to treatment to final disposition」を意味し、「廃棄物の流れ」や「廃棄物のフロー」と訳すことが一般的のようですが、文脈によっては「廃棄物の種別」や「廃棄物の量」を表す場合も考えられます。参考解答は「この廃棄物は、金額的に非常に大きな廃棄物の流れ(waste stream)を構成する」としましたが、もう一歩踏み込んで、この文を「この種の廃棄物は、相当な廃棄額になる。」等と訳してもいいかもしれません。また、本問では「significant」が複数回登場しますが、それぞれの文脈において文意を捉えて訳されているかどうかにも着目しました。

【問3】
 ボール紙の内部疎水コーティングをするために、実際にどのような処理が行われているか(気体発生、吹き付け、吸引、回収)をイメージして訳すことが重要です。イメージできると、ボール紙内部を円滑に通過させるためには、気体の「吹き付け」と「吸引」を「同時に」行う工程も簡単に訳せます。
 ボール紙の片側表面は「側」ではなく「面」で表した方がしっくりきます。日本語でこなれた訳文にしてください。
 「蒸気」は、気体の意味で使用できますが、日本語においてはしばしば水蒸気 の略語として用いられますので、誤解を避けるため「気体」又は「ガス」が良いと思います。
 本問の工程では過剰のC16を使用するはずですので、unreacted とunboundは同じような意味で使用され、possibly は両方にかかると思われます。
 修飾語(部分)がどこまでを被修飾部分としているか、文法面、技術面から気を付けると誤訳がかなり防げます。

【問4】
 全体的に非常に出来がよかったです。最初に登場する化合物6と化合物7は、カッコ書き中の化学式を参照すれば、その構造を容易に理解することができたと思います。
 参考までに、化合物6~8の構造を以下に示します。



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1級/バイオテクノロジー


第27回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評


 全体に、細かい誤訳も多かったですが、誤訳というより、日本語になっていない訳が多く見受けられました。原因は複数ありますが、最も問題の大きいのは、内容を理解せずに訳している場合でしょうか。和訳した後は、必ず訳文だけで読むようにしてください。そうすると、日本語に問題があれば気づくはずです。もし気づかないようであれば、英語の前に日本語を勉強しなおす必要があります。内容を理解していない訳を放置しないようにしてください。
 個別の問題では、特に、背景技術で大きく減点された人がほとんどでしたが、難読部分をカウントしなくても、全員、合格点には達していませんでした。そのくらい、細かい誤訳が多かったということです。

 1問目で、"downstream populations of the heritage H1N1 swine flu viruses"は、内容の理解が難しかったようです。heritageは、概念的に「遺伝的につながっているもの」という意味があり、前節で、ウイルスが耐性を獲得するように進化することが書かれているので、耐性を獲得するようになる一連のウイルス系統を意味しています。そのdownstreamなので、下流、すなわち系統を流れと見た時に、後の方に現れる集団を指しています。つまり、この文は、ウイルスが耐性を獲得するように進化する結果、後代ではほとんど薬剤が効かなくなることを意味しています。このように、まず内容を理解して、その内容が現れるように、元の文を訳していけばいいことになります。単純に「下流」と訳しても意味が通じません。

 2問目は、概ね良好でしたが、最後の文のto weaken or make more susceptible to apoptosis a cancer cell or tumor cellは、to weaken a cancer cell or tumor cell, or to make more susceptible to apoptosis a cancer cell or tumor cellが略された形になっていることを見抜けなかった方がいらっしゃるので、注意してください。

 3問目では、characterizeを「特徴づける」と訳している方がいました。日本語で「特徴づける」というのは、「AがBを特徴づける」という構文で「AがBの特徴となっている」という意味を表すような場合に使われますが、実験方法の目的として用いられるcharacterizeにはそういう意味はなく、「characterを明らかにする」という意味を持ちます。こうした場合、「特徴づける」という訳語を「直訳」と捉えている人がいますが、そうではなく、意味が全く異なってしまうのですから「誤訳」になります。英文の内容が理解できない場合、文字面を訳しておけば安心するというようなことを言う人がいますが、それは誤訳をして安心しているのと同じことになりますので、注意が必要です。

 4問目は、未分化細胞を、特定の培養条件にすることによって、特定の細胞系列に分化させる方法についての出題です。この問題に関連する発明は、もともとの英文があまり丁寧に書かれていませんが、多分化性細胞(multipotent;複数の種類の細胞に分化できる能力を有する細胞)や多能性細胞(pluripotent;三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの細胞にも分化できる能力を有する細胞)を、最終的に、インスリンを産生する細胞に分化させる方法です。なお、multipotent及びmultipotentは、上記の通り明確な意味の相違があるにも拘らず、対応する日本語訳が定まっていないようです(例えば、Wikipediaですと、どちらも「分化多能性」となっています)。請求項では、特許法第36条第6項第2号違反となることもあるため避けたほうが望ましいですが、明細書中に念のため「多分化性細胞(multipotent cells)」、「多能性細胞(pluripotent cells)」と英語を併記しても良いかも知れません。請求項50では、(1)膵臓細胞系統に若干分化した多分化性細胞や多能性細胞を含む細胞集団を得る、(2)若干分化した多分化性細胞や多能性細胞を、膵臓前駆細胞に分化させる、(3)膵臓前駆細胞からインスリン産生細胞に分化させるという3つのステップを取っています。そのため、differentiatedやdifferentiationという語を、細胞の状態を考えて正しく訳せるかが1つのポイントとなっています。すなわち、請求項50におけるthe differentiation of pancreatic precursor cells from the human multipotent or pluripotent cellsでは、「多分化性細胞や多能性細胞から膵臓前駆細胞への分化」となり、differentiation of the pancreatic precursor cells to insulin producing cellsは、「脾臓前駆細胞のインスリン産生細胞への分化」となります。また、方法のクレームでよく見られるprovidingですが、技術分野によって訳が異なることも注意してください。なお、請求項163では、administrating...が重複しています。今回特に加点していませんが、実際の翻訳依頼を受けたときには、翻訳者のコメントとして、その旨をつけると、依頼者にとって有用な情報となると思います。
 
 ※2019年4月19日付けで参考解答訳に一部誤りがございましたので、訂正しております。
  (訂正箇所には下線を付しております)

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2級


第27回 知的財産翻訳検定 2級 講評


 2級の試験では、翻訳力のみならず、特許明細書の翻訳に際して技術分野に関係なく身に付けておくべき共通の基礎知識やその運用力が備わっているかどうかが評価されます。そのため、特定の技術分野に偏らないように出題の工夫がなされています。すなわち、高度な専門技術知識の有無を問うものではありません。そのような観点からは、基礎的な知識が不足していると思われる解答が少なからずあったことは残念です。例えば、”comprise”, “those ordinarily skilled in the art”, “equivalent” などの、訳語が定着している特許用語がうまく訳せていない、などです。一方、非常に優れた解答訳もあり、合否が明確に分かれたというのが全体的な印象です。

【問1】
 問題文の「構成要素ごとに改行」という指示が守られていない解答が約3割ありました。
 落ち着いて問題文を読むことが結局は効率的な解答の作成につながります。主題の”electric vehicle”は、図からわかるように、スケートボード状の乗り物です。「電動車両」、「電気車輛」と訳した解答が半分以上ありました。日本語で「車両」というと、自動車、鉄道車両、自転車などが想起されます。「電動乗り物」などの訳が良いのではないでしょうか。electric vehicle = 電動車両というようにステレオタイプ的に反応するのではなく、柔軟に訳語を選ぶことも翻訳力の一部です。課題の英語クレームにおいては、構成要素がセミコロンで区切られているので、比較的分かり易いと思われますが、個々の構成要素の記述はわかりにくい表現になっており、そのあたりの訳がうまくできていない解答が目につきました。最後の"wherein"以下の記載は、最後の構成要素である”motor controller”についてのものですが、これを”motor controller”の記載と合体させるべきか、あるいは独立して訳出すべきかどうかは議論の分かれるところです。両方とも正解としました。語句レベルでは、“register with” が「登録される」、”foot”が「脚」(leg)、”orientation”が「位置」とされるなどの誤訳が結構多く目につきました。”rider presence information”の訳がむずかしかったようですが、意味が通るものであれば正解としました。”comprising”は、矢張り、「..からなる」と訳さないほうが良いです。

【問2】
 課題英文は、明細書中の用語の定義について書かれたものですが、冗長かつ複雑なので大変訳しにくかったと思われます。「robot bodyは..を意味する。」とか「aboutという語は..である」など、英語の用語をそのまま残した解答訳が複数ありましたが、そのような訳では訳文中で日本語での用語の定義ができませんので、そもそも文章が意味をなさなくなってしまいます。“those ordinarily skilled in the relevant art”は、「当業者」と訳すのが特許翻訳の世界では常識と言ってよいと思います。同様に“equivalent”については「同等物」、「等価物」などよりも、定着した特許用語である「均等物」の訳が望まれるところです。全体的に、こなれた読みやすい日本語になるよう工夫の余地がある解答が多く見られましたが意味が正しく伝わっているのであれば減点対象とはしませんでした。

【問3】
 課題文は、ハリケーンなどによる発送電停止で電力喪失(ブラックアウト)一歩手前のブラウンアウト状態になった場合のバックアップ電源として、太陽光などの再生可能エネルギーによる発電を利用する技術に関するものです。内容的にも英語的にも分かり易い題材でしたが、分かり易いがために却って恣意的な翻訳や過度な意訳が目立つ解答が少なからずありました。一番多かったのが、最初のセンテンスの”…, as dependency …has grown”(依存度が高まるにつれ)において”dependency”を訳出せず「供給電力が大きくなると」などと訳した解答です。また、”should be”を"must"の感覚で「なければならない」とするのも勇み足と思われます。課題文では、”attack”は、テロなどによる「攻撃」を意味しており、「衝突」などと訳すと意味が通りません。「大した違いはないではないか?」と思っても、後々争いに発展する惧れは十分にあります。やはり原文情報を過不足なく表現した訳を心掛けるべきです。そのうえで読みやすい日本語にする努力はあってしかるべきでしょう。今年9月に北海道で発生した地震による広域停電はまだ記憶に新しいところです。翻訳者は、エネルギー、医療、環境、お財布携帯など、いろいろな分野の技術に関する報道についても目を向けるよう、日頃から心掛けることが大切です。

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3級


第27回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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中国語


第27回 知的財産翻訳検定 中国語 講評

 
 NIPTAの中日知財翻訳検定試験は、今回が2回目になりますが、合計23名が試験を受けました(受験しました)。そのうち、8名は中国からの受験者でした。日本国内の受験者は15名で、昨年より2名増えました。今回は5名の合格者が出ましたが、合格まで後一歩届かなかった受験者も6,7名もおり、受験者の全体レベルが昨年より高くなっています。これは、日中翻訳業務に携わっている皆さんの日々の努力の結果だと思います。  
 問1では、請求項5の「对盒」に対する翻訳において、「位置合わせする」や「ボックスの位置合わせを行う」などのような正確さに欠けている翻訳が多く、多くの受験者が悩んだと思います。「对盒」の言葉を単独に考えますと、「ケース(盒)を合わせる(对)」の意味で、そのまま訳すと、意味不明な文章になります。正しく翻訳するためには、前の文章「一个基板上涂布封框胶(一方の基板にシール剤を塗布し)」を考慮する必要があります。「シール剤」は二つの基板を貼り付けるために一方の基板に塗布されており、また、二つの基板を合わせる目的は、二つの基板を貼り付けて組み立てることです。従って、「貼り合わせ」や「貼り付けて組み立てる」などのように訳せばよいでしょう。  
 問2では、「烧结难以达到完全致密化」に対する翻訳において、「焼結が完全緻密化に達しにくく」や「焼結を完全に緻密化することが難しく」などのような不適切な翻訳が多く見られました。「焼結」は「緻密化」の主体になれませんので、技術内容的に意味不明な表現です。正しい訳文の例として、「焼結による完全な緻密化は困難であり」や「焼結によっては完全な緻密化が達成しにくく」などが挙げられます。  
 問3では、「卡持件」や「卡扣结构」や「舌状筋板」などのようなややこしい単語が多く、受験者は大変苦労したと思われますが、このような単語の翻訳においては、辞書や特許DBで対訳語を探しても基本的に見つかりませんので、その部材の役割に着目し、その部材の役割を正しく表す日本語に訳せばよいでしょう。  
 最後に、前回の試験同様、今回の試験においても、問題の説明文をよく読んでいないことに起因すると思われるミスが数名の受験者の答案から見られました。例えば、明細書の項目の書き方が「日本出願用」になっていません。翻訳する前に、まず問題の説明文をよく読んで、解答要求をはっきり理解してから翻訳をしましょう。

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ドイツ語


第27回 知的財産翻訳検定 ドイツ語 講評

【問1】
 前年の「電気自動車」に続き、今回はいわゆる自動車の「自動運転」をテーマにしました。最近色々と話題になっているので、新聞やTVなどを通じて基本的な情報は誰でもお持ちであると思います。自動運転とは、人間が操作を行わなくとも、行き先を指定するだけで自動車が自律的(autonom)に走行し得ることです。

 このように完全に自律的に走行する自動車は、実質的に運転者不在で(ドライバーレスfahrerlos)、かつ外部の設定(äußere Vorgaben)なしに目的地へ到達することができます。「外部の設定」とは、例えば制動、加速、操舵等の指令を外部から設定することですので、「外部からの指令」と言い換えることができるでしょう。すなわち、制動や加速や操舵等の操作については、「外部からの指令」なしに、すべてシステムが自己判断するわけです。

 次に「Derartige Kraftfahrzeuge stellen eine Weiterentwicklung derzeit bekannter Fahrerassistenzsysteme dar,・・・」ですが、darstellenを「~を表し」とか「~を示し」とか「~を具現化している」等と訳されているものがありましたが、この場合には単に「~である」というくらいの意味でしょう。つまり、この種の自動車は、自動的な車間距離保持や車線維持支援を可能にする既知のドライバーアシストシステムをさらに発展(進化)させたものである(eine Weiterentwicklung darstellen)と云えます。

 「Ein autonom fahrendes Kraftfahrzeug ist in der Lage, ・・・・zu reagieren.」は、in der Lage sein(zu不定句)で「~をすることができる」という意味ですので、「自律的に走行する自動車は、~に反応することができる」となります。
 そして、そのためには、die Verwendung eines Navigationssystems sowie einer Mehrzahl von Sensorenが必要となるわけです。この場合、ナビゲーションシステムは、基本的には経路案内を行うシステムであり、道路状況や周辺状況を検知するためのものではないので、um die entsprechenden Situationen erkennen zu könnenは、die Verwendung einer Mehrzahl von Sensorenのみに係っていると考えるのが妥当でしょう。接続詞sowieを使っていることからも、うかがえると思います。

【問2】
 化学装置系の問題です。ドイツ語らしい複雑な文章が連続していますので、まずはドイツ語の読解力が試される問題でしょう。

 「eine Wasserstoff tragende, flüssige Verbindung」ですが、これは「eine flüssige Verbindung」(液体化合物)の冠詞eineと名詞Verbindungとの間に冠飾句「Wasserstoff tragende」が挿入された形になっています。tragenはこの場合、「含有する」という意味でしょう。なので「水素を含有する液体化合物」という訳になります。図面に図示されているのは、この「水素を含有する液体化合物」から水素を「放出させる(Freisetzung)」ための反応器(Reaktor)です。同じtragenでも触媒をtragenするTrägerは、「触媒担体」と呼ばれますので、「metallisch. Trägerstruktur」は「金属の担体構造」となります。

 この金属の担体構造を備えた物体は、管2内で、水素を含有する液体化合物によって「umströmt」されます。この場合のumは、流れにより対象物et(4格)を取り囲む、という意味です。この場合、文章が受動形になっているので、取り囲まれるのは、主語である「物体」となります。したがって、この物体を取り囲むように、つまりこの物体の周面を流過するように、液体化合物が流されるわけです。決して「物体が流される」のではなく、流されるのは「液体化合物」ですので気をつけてください。同様の使い方の例を挙げておきます;
   Das Gebäude wird mit dem Luftstrom umströmt.
 (その建物を巡るように空気流が流される;その建物は空気流によって取り囲まれる)
 この場合も「流される」のは、もちろん空気であって、建物ではありません。

 終盤も息の長い文章ですが、なるべくドイツ語の書かれている流れ通りに訳し降りていくように心掛けましょう。接続詞indem(~により)についても、indem以下の副文を先に訳してしまうと、ドイツ語の流れが崩れてしまい、また日本語としても意味が通りづらくなるので、このようなときは、indemを「この場合」などと訳してこの副文を後送りして、ドイツ語の流れ通りに訳した方が分かりやすくなると思います。

【問3】
 最後の問題は、特許請求の範囲からの出題です。
 今回は、あえてドイツ特有の技術概念であるstoffschlüssig、kraftschlüssig、formschlüssigという表現を含んだクレームを取り上げました。対応する日本語は、こちらで訳語を指定させていただきましたので、今後の参考にしていただければと思います。

 「stoffschlüssig(Stoffschluss)」とは、力が凝集力や粘着力により伝達されるように接合要素を結合することで、接合要素間には分子力(凝集力、接着力)が作用します(例;溶接、ろう接、接着)。

 「formschlüssig(Formschluss)」とは、結合されるべき接合要素の、幾何学的に規定された形状を互いに係合させることにより形成される結合です(例;スプライン結合)。

 「kraftschlüssig(Kraftschluss)」とは、接触面における摩擦が、力を伝達するのに十分な大きさになるように接合要素を互いに押圧することにより形成される結合です(例;摩擦クラッチ、プレス結合、クランプ結合)。

 さて、問題文の内容は、自動車のバンパーです。しかも、このバンパーには、自動車を牽引する際に使用する牽引スリーブが内蔵されています。牽引スリーブ(8)をバンパーに取り付けるためには、2つの取付け部が設けられており、一方の取付け部はstoffschlüssigに形成されており、他方の取付け部はkraftschlüssig und/oder formschlüssigに形成されています。この明細書の実施形態を読んでみたところ、一方の取付け部は、溶接(Verschweissen)により形成され、他方の取付け部は圧入(Einpressen)により形成される旨が記載されていました。溶接は代表的なStoffschlussであり、圧入は、嵌め合いの中でもいわゆる「締まり嵌め」となるので、形状の係合による結合(Formschluss)とともに摩擦力による結合(Reibschluss)も形成されます。このへんを技術的に理解するのは難しかったかもしれませんが、皆さん、翻訳はきちんとできていました。

 クレームの書き方ですが、ドイツの特許請求の範囲は、いわゆるジェプソン型で書かれているので、「~(前提部)において、~(特徴部)を特徴とする○○」という形になります。これは大部分の方ができていました。

 請求項3の「auf der den Schenkeln ( 4 ) abgewandten Seite des Stegs ( 3 )」の「et3 abgewandt」は「~とは反対の側」です。こういう言い回しも、きちんと押さえておきたいところですね。

【最後に】
 英語や中国語に比べて、ドイツ語の特許翻訳を勉強する場所や機会は限られていると思いますが、ネットで特許公開公報などを探して明細書の翻訳文を参考にしながらご自分で勉強することも可能ですので、是非とも引き続きチャレンジしていただきたいと思います。
 お陰様で、今年もなんとかドイツ語試験を実施することができました。ドイツ語は受験者数が少ないのですが、今後も存続できることを祈っています。

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