第29回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評



参考解答訳および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。)


 ※採点方法等につきましては、知的財産翻訳検定試験 採点要領 をご確認ください。


1級/知財法務実務


第29回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 問1は、米国特許を侵害しているとして米国国際貿易委員会(ITC)から一部排除命令の決定を受けた被申立人が、その決定を不服として米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に提起した訴訟の判決文を取り上げました。ITCについて若干述べますと、それは米国連邦政府の行政機関であり、不正競争に関する紛争解決のための組織です。陪審制はなく、行政法判事(Administrative Judge, ALJ)によって審理が進められます。米国に輸入される物品について米国特許侵害に基づく輸入差し止め、国内流通品の廃棄を求めることができますが、損害賠償請求は認められません。また米国内産業の保護を目的としていることから申立人には一定の国内産業要件が要求されるといった制約はありますが、一般的に、調査開始決定から15ないし18ヶ月以内をめどに決定を下すことが定められているため、迅速な救済を求める米国特許権者によって利用されています。
 本件では、ITCは、申立人である米国のエアロジェル断熱材料メーカー、Aspen Aerogels, Inc.の米国特許第7,078,359号が、被申立人であるGuangdong Alison Hi-Tech Co.によって侵害されたことを認め、Guangdongの製品についての一部排除命令を決定しました。Guangdongはこの決定を不服として、該当米国特許に記載要件上の不備、新規性/非自明性欠如の無効理由があるとしてCAFCに提訴しました。問1では、その判決文の中から、記載要件(Written description)の争点について取り上げています。一般に、特許出願後、審査段階で、あるいは登録されてから記載要件に関する不備が明らかとなった場合、新規事項の追加を避けつつその不備を克服することは非常に困難であると言えます。すなわち、原明細書執筆時、あるいは明細書翻訳時に、後刻記載要件が問題となるような記述が内包されることとなれば、該当特許権の有効性に直接影響が及ぶこととなり、多大な労力、コスト、時間を費やして取得した権利が有名無実のものとなりかねません。そこで、本問は、いわば明細書作成、翻訳にまつわる普遍的な課題として記載要件に焦点を絞ったものです。
 具体的に該当案件を検討しますと、そこでは”lofty fibrous batting”なる用語が問題となっています。ちなみにloftyの語をいくつかの辞書で引いてみますと、「高くそびえ立つ、高尚な」といった、およそ技術的な定義とは縁遠いと感じられる抽象的な形容句が例示されています。問題文にもあるように、CAFCは、審査段階において上記用語について明細書に定義がされているとした認定を支持して記載要件不備を認めませんでした。しかし、考えてみると、もともと上記のような技術的に不明確であるとの主張を許す用語が使用されていなかったとすれば争点となり得なかったとも言えるわけで、あらためて明細書起案時の用語選択については細心の注意が払われるべきだということができます。そして、かかる不明確な表現を含む明細書の翻訳を求められた場合、翻訳という領域を逸脱することなく、いかに明確な意味づけをすることができるか、その限界はどこに求めるべきなのかは、常に考え続けなければならない永遠の課題であると言えましょう。  
 少々筆が走りすぎましたが、講評の本分に戻りますと、全体として問題文の意味内容は概ね適正に把握されていたのですが、個々の文章、単語の翻訳においていくつかの問題があったために残念ながら合格に至らなかった、という惜しい結果になっていたと思います。具体的には、”bulk”の語、”Indefiniteness is a question of law that we review de novo, subject to a determination of underlying facts, which we review for substantial evidence.”の文章などについて難しく感じられたようでした。”bulk”は「バルク」と片仮名表記にしたのみではわかりにくいと思いますので、例えば「嵩」、「体積」等、技術的な意味を汲んで言い換えた方が良さそうです。また後者の文章は、不明確性が当審において新たに審理される法律問題であること、当該審理は内在している事実に即して、実質的証拠に照らしてなされるべきこと、との意味内容をうまくまとめると読み手にスムーズに伝わりそうです。問題文全体は参考解答として翻訳例をお示ししていますので、ご参照いただければ幸いです。
 今回は残念ながら合格された方はありませんでしたが、今後も受検者の方にご納得いただけるような良質の問題を用意してまいりますので、引き続き多くの方に挑戦していただきたいと思います。

【問2】
 「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
 上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、共同開発や権利譲渡などの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「原文咀嚼」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。
 各小問について、全体的な流れとして、各テリトリーごとにどのような権利がどのような処分になるのかをうまく表現できているかという点を見ています。すなわち、各テリトリーごとにXYZに付与された権利及びその制限事項が正確かつ日本語らしく訳出できていることがポイントです。なお、各小問とも、定義語についての指示を遵守できていない答案が見受けられました。法律文書において定義語は非常に重要です。「本件」などの冠語を付して、特別な意味であることを一貫して示し記載することが肝要です。これを遵守できない答案は、減点対象にしています。
 導入前文について、「result」を「結果」と訳出している解答が多く見受けられました。確かに辞書ではそのように表示されていますが、権利の対象となっているものですので、「成果」という訳語を検討してもらうことが1つの狙いです。また「title」を「権限」と訳出した解答がありましたが、titleとは「権原」(権利の根本・原因のこと)をいい、「権限」(~することのできる能力・資格)とは明らかに異なるものです。漢字の変換に注意しましょう。
 第(a)条は、「right to patent」、「prosecute」の訳出に苦労されたとおぼしき解答が見受けられました。前者は日本法でいうならば「特許を受ける権利」に相当するもの、後者は特許手続を進めること(「訴追」と訳出した例がありましたが、刑事訴訟を彷彿とさせるので不適切です。)を意味します。また「perfecting such rights so as to be good against any third party」が訳出しにくかったかと思いますが、ここでは「第三者対抗要件を備える」ことを意味します。第三者対抗要件という語がでてきた答案は加点していますが、その趣旨を抑えた訳出ができていれば、この語がなくとも減点はしていません。
 余談かもしれませんが、第(a)~(c)条の全てに共通する点として、「exploit」を「利用」と訳出している解答が多くありました(間違いではないので減点はしていません。)。これは日本法でいう「実施」に相当します。「実施」の英訳として、「work」や「implement」などが一般によく見受けられますが、間違いとは言い切れないものの、外国語からの訳語風な印象を与えるものであることを付言します。
 第(b)条は、比較的出来がよかったように思いますが、「exclusivity granted herein」を「独占権」や「排他権」と訳出している解答がやや目に留まりました。ここでは、その前の一文で「exclusive license」(独占ライセンス)が許諾されており、この「exclusivity granted herein」とは、この「独占ライセンス」のうち「独占」とは何を意味するか(自己実施を留保するのかしないのか)を規定することを意図するものです。したがって、「独占権」というよりも「独占性」と訳出した方がより正確なように思います。
 第(c)条は、比較的出来がよかったように思います。あえて特筆するならば、「any」の訳出です。特許明細書や拒絶理由通知の和訳においては、「any」=「任意の」と訳出することがある程度定着しているのかもしれませんが、契約を含む一般法務分野では、違和感大きいです。「いずれの」、「一切の」、「何らかの」など、包括的に対象に言及するものであることを意識の上、訳出することが肝要です。また、英文契約では、「any」が羅列されますが、日本語に訳出したときの文脈上、「いずれの」、「一切の」、「何らかの」などのニュアンスが明らかに読み取れる場合には、無理に訳出する必要もないように思います。包括的に対象に言及しているのかそれとも特定の個別の対象に言及しているのか、日本語から明らかとはいえない場合に、明示的に訳出するように心がけると、より法務らしい翻訳になるように思います。
 最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも和文和訳(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。

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1級/電気・電子工学

第29回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


 全体として受講者のレベルが高く、あと少しで合格という方が多かったです。ただ、技術の理解が不十分であるために、訳語の選択が不適切であったり、文章の係り受けがおかしい訳文が散見されました。辞書の最初に出てくる訳語に飛びつくのではなく、技術的ロジックに合う訳語を丁寧に探してください。「辞書は逆さに読め」です。また文章の係り受けをそのまま訳すと技術的におかしい場合があります。「字面」で訳すのではなく技術ロジックに沿って訳してください。

 問1は、「demand charge」(需要電力料金)に関する発明の従来例です。やや難しい英語だったかもしれませんが、技術ロジックに沿って正確に訳して欲しかったです。「rated for demand charges」を「需要電力料金に対する定格」と訳された方が多かったです。オンライン辞書の用例を参考にされたものと推測されましたが、ここでは文脈からして「需要電力料金に対して見積もられた」でないと意味が通じません。また「reliance」を「信頼性」と訳された解答も目立ちましたが、ここは文の意味からして「(発電所に対する)依存度」です。

 問2は、携帯型の心電図(ECG)モニタに関する発明の実施例です。比較的簡単な英語でしたが、受講者は同じ箇所で間違っていたようでした。「extended」を「拡張」と訳される方が多かったですが、意味が通じません。ここは文脈からして「長時間」が適切です。「relatively low frequency content」は「比較的低周波成分」が適訳ですが、「相対的な低周波成分」と訳された方がいました。試験委員会で「比較的」と「相対的」の違いについて話し合ったところ、「比較的」は「この分野で標準的なものと比べて」、「相対的」は「既述のものと比べて」であると確認しました。本問題では「既述のもの」と比べているわけではないので「比較的」が適訳です。また「content」の訳抜けが多かったですが、漏らさず「成分」と訳してください。

 問3は、ユーザの認証機能を持った銃器の発明の請求項です。これも比較的簡単な英語でしたが、やはり同じような箇所で間違われていました。「a non-transitory computer readable storage medium ~」の訳し方が不適切な解答が多かったです。ここでの言い回しはプログラムに関する請求項によく出てくるので習得して下さい。標準解答をご参照ください。また、「a non-transitory computer readable storage medium」に「that, when executed by the processor, causes」が係っていると訳した解答が多かったです。「causes」なので単数名詞に係ると理解されたのでしょうが、「a storage medium」が「executed by the processor」は技術的におかしいです。ここは「computer program instructions」が「executed by the processor」であることは明らかです。「causes」は「cause」の原文間違いです。ここでの誤訳については減点しませんでしたが、このような原文間違いについてはコメントされた上で翻訳されることを、試験委員会として推奨いたします。

 繰り返しになりますが、常に技術的ロジックを追いながら翻訳して下さい。特許翻訳は探偵が犯人捜しをするようなものです。見た目の文章にだまされずに正確に犯人を「逮捕」して下さい。

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1級/機械工学

第29回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 近年、受験者のレベルが確実に上がっていると実感しています。一方、字面をなぞって、技術的にありえない内容を翻訳文として書かれるケースも根強く残っています。特許翻訳は、仮にそれが「逐語訳」、「忠実訳」、「直訳スタイル」などと呼ばれるものであっても、翻訳するのは単語ではなく技術内容です。自分が書いた内容が原文が言いたかったことを正しく反映しているかを確認するのはもちろんのこと、原文の文法やスタイルがあまりにも複雑で翻訳するのが難しい場合は、技術内容を抽出して噛み砕き、原文のスタイルとは別の形でターゲント言語で書き出すことが必要になる場合もあります。一語一句をターゲット言語に置き換える「ミラー・トランスレーション」という考え方もありますが、そのような翻訳に耐えうる原文原稿に出会うことが非常に稀なのがこの業界の実情ですので、常に工夫が必要です。

 問1の指示では「英文の冗長なスタイルや細かい表現にとらわれず」とありますが、例年同様、英文の冗長なスタイルや細かい表現にとらわれて四苦八苦された方が多かったのではないでしょうか。問3の翻訳が不完全の方も複数おられましたが、ここで時間をかけすぎてしまったことが想像されます。
 原文が長く係り受けが複雑な文を翻訳する場合には、翻訳の手を動かす前に、技術内容の把握が必要です。技術内容を汲み取ってみたものの、「つじつまが合わない」と感じた場合は、ほぼ間違いなく何か読み取り違えています。時間をかけるべきはここでの理解であって、入り組んだ原文の鏡写しではありません。技術内容を把握し、書き出したならば、最後に見直しの時点で(時間があればですが)表現を原文により近いものに近づけるようにするという考え方もあります。
 この問1で大幅な誤訳をされた方が少なかった一方、ほとんどの方がつまずいた箇所があります。第一段落で2ストローク・エンジンの短所を羅列したくだりで、difficulty to muffle (or rather the self-defeating nature of doing so due to increased weight)とあります。まずself-defeatingを「自己矛盾」のような表現で翻訳できた方はほんの一部で、大半の方がアルクやグーグル翻訳にみられる「自己破壊的」のような表現をされ、さらにそこから話が膨らんでマフラーによってエンジンが破壊されるというところまでいってしまった答案もありました。
 本来はdoing soと due toの間にカンマがあればわかりやすいのですが、そうでなくても、「消音が難しい」「重量増により」のパーツは確実に切り出せるはずですので、消音をすると重量が増えてしまう(2ストローク・エンジンの長所である軽量が相殺されてしまう)矛盾を抱えているというストーリーが導出できます。採点については、別に英文のスタイルに沿っていなくても、このストーリーが描けていれば良しとしました。また、技術内容以外の不自然訳や多少の誤訳は、完全な誤りでなければ減点なしとしました。

 問2は、クレーム1及び一部の従属クレームをサポート目的で実施形態に組み込んだスタイルの段落です。必然的に一つの長い文になりますが、これを一つの文として翻訳する理由はありません。むしろ、強引に一つの文で訳すことは、「適宜アレンジしてわかりやすい和文になるように翻訳」の指示に従っていないと受け止められても仕方ありません。一つの文で訳すことそのものは減点の対象としていませんが、区切らずに長い文のまま翻訳することにより意味が曖昧になったり、多岐に解釈できるような訳文になってしまった場合は、減点の対象です。特にクレームのサポート箇所は慎重に翻訳すべきで、単にクレームをコピーペーストすれば良いというわけではない場合もあります。
 このクレームは、頭部とねじ軸を有する回転留め具(板金ねじ)です。発明の構造としては、「AなBと、CなDと、を有するE」です。これをそのまま訳すとどうしても一つの文で訳さざるを得ないのですが、確実な対処法があり、約半数の方がその方法を使われました。実務に携わっておられることがわかる処理方法です。その方法とは、「EはBとDを有する。BはAである。DはCである。」に切り分けることです。だいぶスッキリします。
 冒頭のrotary fastener, or sheet metal screwのorの処理において、「または」と訳された方が何名かいました。確かに通常の英語ではorは「または」ですが、クレームの主題が二択になっているのもおかしな話です。実は、このようにorで二つの単語を繋げた場合、orの意味に四通りの可能性があります。
 ・または
 ・や
 ・すなわち
 ・とりわけ
 この場合は、「回転留め具」は「板金ねじ」の上位概念ですので、「とりわけ」が適切です。形としては、クレーム1の主題が「回転留め具」で、実施形態1が「板金ねじ」を例示したもの、というパターンです。

 問3は、クロマトグラフィー構造の組み立て方法に関する発明を対象とするクレーム翻訳です。本発明の技術分野は、化学のようにも見えますが、機械的な構造を組み立てるための方法に関するもので化学に関する特別な知識は不要です。本問題では、「providing a plurality of ribs (307 a-g; 309 a-g) disposed at the sides of the housing (300)」の「disposed」の語の訳出が難しかったようです。「前記筐体(300)の側面に配置された複数のリブ(307a-g;309a-g)を設け」と文字通りに訳すと、「既に配置されたリブを設ける工程」となってしまうので違和感があります。この問題は、たとえば「前記筐体(300)の側面に配置され、(中略)固定するための」のように少し意訳して処理することで違和感を解消することができます。数名の方が対応して処理していました。
 さらに、「such that」の処理でも差がつきました。請求項は、構成(構造)又は行為(工程やステップ)の限定を記載する部分です。したがいまして、方法クレームに規定される行為に、被疑侵害者の行為が含まれ、且つその行為のために被疑侵害者が使用する構成が請求項の記載に含まれると文言上の侵害となります。したがいまして、請求項には、発明の行為と構成とが記載される必要があり、効果の記載は想定されていません。
 よって、「such that」の語は、「such that」に続く内容が「such that」の前の構成や行為の限定となるように表現することが必要です。

 合格者は結果的に一名ということになってしまいましたが、合格されなかった方の答案にも上手く気の利いたフレーズが多く見られ、決してレベルが低いわけではないことを改めて実感しました。残念ながら不合格となってしまった方も、コメントや解答例を参考にして是非またチャレンジしていただきたいと思います。

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1級/化 学

第29回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


 特許書類の翻訳は、英語能力、日本語作成能力、技術の理解力が必要です。また、特許請求の範囲は審査対象であり、権利化後の権利範囲を確定するものですので一字一句ミスは許されません、ミスは善意に解釈してもらえないのです。なので特別注意して翻訳しましょう。
 現在、AI翻訳を活用する流れが加速していますが、マニュアル翻訳がAI翻訳より優れる理由は、文意を汲み取って翻訳できる点です。修飾部分がどこにどこまでかかっているか、が理解できないで翻訳すると、正確さを求められる特許翻訳においては致命的な誤訳が発生する惧れがあります。だから、翻訳の際には、修飾部分がどこにかかるか、を常に確認しながら行う癖を付けましょう。問2や問3には修飾部分がどこにかかるか解明する例があります。
 今回は、残念な結果になりましたが、AI翻訳との差別化をはかるためにもぜひ研鑽していただき、優れた翻訳力を付けた形で再度の挑戦をお待ちします。


【問1】
 問1のouter panels or skinsでは受験者のみなさんは用語skinsの訳に苦慮されたようです。同じ英単語にたいしては同じ訳語を用いましょう。化学では特にBlendとmix、「混合」と「配合」の違い、compoundの訳語に注意してください。なお、SMC(sheet molding compound)とは不飽和ポリエステル樹脂と炭酸カルシウムなどの充填材を配合したコンパウンドをガラス繊維に含浸させ、数ミリの厚みのシート状にした成形材料で、半硬化したシート状のFRP素材です。SMCを型でプレス成形して加熱硬化し、製品化します。このようなことも検索したらすぐわかることなので、すぐ検索する癖をつけましょう。

 木目調の外観を有する外皮(アウタースキン)を備えた強化プラスチックドアについての技術でした。外皮はシート成形コンパウンド(SMC)を圧縮成形して形成したものです。断熱芯材を備えたフレーム(枠)を、両側から外皮により挟持した構成となっています。構造理解と適切な用語の選択に苦労された受験者が多くおられました。
<1-(1)>このドアの構成を理解して翻訳された方が残念ながらおられませんでした。
 ・“a wood frame and an insulative core sandwiched between the outer skins”において、「木枠と、外層に挟まれた断熱芯材」のように、“between the outer skins”が” an insulative core “のみかかると解釈された受験者が数多くおられました。“between the outer skins”は、”a wood frame“ と” an insulative core“との両方にかかります。「木枠と断熱芯材とを、外皮と外皮との間に挟持して」とすると、構成が明確となります。
<1-(2)>適切な用語の選択
 ・“insulative core”を、「絶縁性芯材」あるいは「絶縁性コア」とされた方も少なからずおられましたが、「発泡ポリスチレン」などの「断熱性芯材」です。the order of: 「程度」。”the order of 20 to 25 percent by weight”は、”20~ 25 重量%”という、「下限が20重量%、上限が25重量%」というきっちりとした範囲ではなく、「20~ 25 重量%程度」を意図していると理解されます。
 ・”blend”:「混合」あるいは「混和」と訳された受験者もいますが、「配合」がベターかと思います。“blend”は、“to thoroughly mix together soft or liquid substances to form a single smooth substance”(ロングマン現代英英辞典)であり、“mix”の場合は、単に混ぜ合わせるもので成分の原形がわかるものも、”blend”のように均一に混合して成分の原形がわからないものも含まれています。また、「ウィズダム英和辞典 第3版」には、「mix は混ぜ合わせて均質なものを作るという意で、各成分は識別できる場合も、できない場合もある。blend は mix より、なめらかに混ぜ合わせて望みどおりの性質・味・素材を作り出すこと。mix と比べてより完全に混ざることをいう」と定義されています。
 ・“relatively”:外皮(アウタースキン)についての表面積と厚さについて「相対的」と訳された受験者もおられますが、「比較的薄い」の適切かと思われます。今回の課題では、明確な比較対象に対して(相対的)ではなく、当該技術野での標準的なものについての記載と理解されるからです。
 ・“sheet molding compound”:「シート成形化合物」と訳された受験者もおられますが、「シート成形コンパウンド」または「シート成形配合物」がより適切です。”化合物“は、「2種類以上の元素が化学反応することによって生成する物質」として理解されます。これに対して、課題での“sheet molding compound”における”compound“は、樹脂に対して適切な添加剤を配合した成形用の配合物です。このような場合には、”compound”の代わりに、“composition”、”formulation”を使用することがあります(プラスチック工業辞典)。  
<1-(3)>訳抜けが目立ちました
 ・typically
 ・relatively thin
 ・the order of 
<1-(4)>”include”、"including"を全て「含む」と訳されている受験者が多くおられましたが、内容に応じて、「含む」の他に、「備えている」、「含有する」、「をはじめとする」などを使用するのがよいでしょう。参考解答を参考にしてください。


【問2】
 問2の最初の文章3つは普通に考えると請求項1~3に対応すると考えられます。最初の文章(請求項1)の「,」の後のネットワークに関するwhether or節がどこにかかるかに悩みますが、as well asの前の多孔質材に関する二番目の文章(請求項2)にも、パターン模様表面の三番目の文章(請求項3)にもネットワークの説明がありますので、as well asの前と後ろ両方にかかると理解できます。 “blind patterns” (or blind pores)に関して、現場の技術用語では、穴が物体を突き抜けている状態を「貫通(貫通穴)」、途中までの状態を「めくら(めくら穴)」といいます。めくら穴は、ボルト・ナット・座金 や建設機械の構成部品 などで頻繁に使用される用語です。クライアントの意向によっては「めくら」の使用を自粛したい場合もあります。気になるなら、非貫通孔、閉塞穴などが良いでしょう。

<2-(1)>“whether they have regular, quasi-regular, or random network of patterns”における“whether”は、“であるかどうかにかかわらず”ですが、訳出されない受験者もおられました。記載意図を明確にするためにも訳出するのがいいでしょう。
<2-(2)>“whether they have regular, quasi-regular, or random network of patterns”が、“a solid surface having certain topographies”のみにかかるのか、“the surface of a three-dimensionally porous material”にもかかるのか悩まれた受験者が多くおられました。この文章の後に記載されている「porous layer」を規定している実施形態でも、“pattern”を規定して」いる実施形態でも、 “regular, quasi-regular, or random network”が記載されていることから、両方にかかるであろうことが理解できます。
<2-(3)>適切な用語の選択
 ・“porous design”における”design”を“デザイン”や“意匠”と訳された方もおられますが、この場合は、「多孔質模様」のことです。
 ・“certain”を「いくつかの」と訳された方がおられますが、「一定の」、「特定の」、「ある」がベターでしょう。


【問3】
 航空機や自動車の部品における耐腐食性被膜を電着で形成する際に使用される電解質溶液についての技術でした。全体的な印象として、課題英文をそのまま訳されたために意味が不明瞭となっている受験者が多くおられました。単語の訳抜けや、文章におけるかかり具合についても改善した方がよいところもみられました。
<3-(1)>英語では省略されていても日本語では原則としていれた方がいい点
 ・“mild steel, 4130 steel, or 4340 steel specimens”:「軟鋼試験片、4130鋼試験片、または4340鋼試験片」あるいは「軟鋼、4130鋼または4340鋼の試験片」。前回の和文英訳の課題では、課題和文である「R6は各々独立に水素原子又はハロゲン原子、ビニル基、チイラン基、(メタ)アクリル基、メルカプト基、イソ(チオ)シアネート基、無水コハク酸基、パーフルオロアルキル基、ポリエーテル基及びパーフルオロポリエーテル基から選ばれる置換基を有してもよい炭素数1~14のアルキル基」からおわかりのように、「基」が全てについています。このようなとき、英訳するときは、全てに”group”をつけるのではなく、“R6s each independently represent a hydrogen atom or C1-14 alkyl optionally containing a substituent selected from halogen atoms and vinyl, thiirane, (meth)acryl, mercapto, iso(thio)cyanate, succinic anhydride, perfluoroalkyl, polyether, and perfluoropolyether groups”とすることができます。
 ・“The first four components of Example 1 were mixed together and dissolved in water followed by the last two components”→「 実施例1における最初の4成分を一緒に混合し水に溶解させた後、最後の2成分を混合し溶解させた」。” followed by the last two components “を「後、最後の2成分と混合した」や「後、最後の2成分を処理した」とされた受験者もおられますが、用語を補足しておくのがいいでしょう。
<3-(2)>適切な用語の選択
 ・“was deposited”:「堆積させた」、「析出させた」。「蒸着させた」と訳された受験者もおられました。“deposition”には「蒸着」の意味もありますが、今回の課題では、電解により被膜を形成する「電着」ですので、「堆積させた」、「析出させた」が適切でしょう。
 ・“alternatively”: 「代わり」と訳された方もおられます。確かに「代わり」の意味がありますが、課題の文脈では、「2種の電流密度での層を交互に(alternately)堆積した」の意味であると理解されます。
<3-(3)>訳抜け
 ・”alloy coatings”における“coatings”
 ・“specimens”


【問4】
 問4の請求項1で(i)と(ii)の間には「および」の意味を補ってほしかったのですが、そうでない解答もありました。

<4-(1)>請求の範囲において、概ね、前提部(A method for preparing a fibrous material of crosslinked microfibrillated cellulose)、移行部(comprising)、本体部(それ移行)について適切に訳されたおられました。
<4-(2)>好適な用語の選択
 ・“spinning”:「紡績」でなく、“紡糸”です。
 ・“suitably”を「好ましく(preferably)」と訳された方もおられますが、「好適に」がベターでしょう。”preferably”は、” If you say that one thing is preferable to another, you mean that it is more desirable or suitable“(Collins英英辞典)からも理解できるように、「より望ましく」または「より好適には」が「好ましく」です。
 ・“microfibrillated”:「ばらばらにした」と訳された方もおられますが、「ミクロフィブリル化した」です。
<4-(3)> 訳抜け
 ・suitably

 問3のdeposit、問4のspinningなど今回は専門用語の誤用が目立ちました。一般的辞書に出ている訳語で安心せず、その技術特有の用語として適切かどうか意識して常に調べるようにしましょう。問3では、整流器を使ってパルス幅を調整して膜を積層しているので、using a Dynatronix Pulse rectifierは前全体にかかります。問4のSpinningでは、紡績(原料の繊維から糸の状態にするまでの工程)、製糸(長繊維の絹を蚕の繭から繰り出し、数本まとめて撚る工程)、紡糸(高分子材料から新たに繊維をつくること)の違いを理解して訳し分けてください。


 全ての受験者が、全ての課題を翻訳されておられました。翻訳能力の向上に対する意欲に拍手をおくります。次の段階として、技術内容の正確な把握、技術内容にあった用語の選択にフォーカスすることをおすすめします。それには、インターネットによる技術の検索、日本国特許庁の特許データベースをうまく利用されることをおすすめします。
 次回、さらにステップアップして検定に挑戦され、その解答を拝見するのを楽しみにしています。

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1級/バイオテクノロジー

第29回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評

 【問1】
 バイオ分野特有の用語が多く、できている答案とできていない答案とで結果が分かれました。英文3文目の「(e.g., SNPs plus small insertions and/or deletions, e.g., "indels")」は、多型の例であって、PCRに基づくアッセイの例ではないため、訳は、文末ではなく、多型の直後に配置して欲しいところです。英文2段落目のshareは、「共有する」よりは「共通する」と訳した方が日本語として自然になります。英文2段落目の2文目、"template:adaptor concentration ratio"はテンプレートとアダプターの濃度比ですが、技術内容が理解できていないことに起因するミスが散見されました。また、同じ文章にあるligationは、バイオ分野で核酸に用いる場合は、「ライゲーション」、或いは「連結反応」と訳すのが一般的です。技術分野に合わせて訳語を選択して欲しいところです。

 【問2】
 難解な文章も少なく、総じて良く訳されてました。Programmed Death 1は、そのまま英語としても、日本語に訳しても正解としましたが、日本語学術論文では英語のまま「Programmed Death 1」と標記することが多いように思われます。  
 なお、問題文の最初の文章のimmune checkpoint "inhibitor"は誤記であり、「阻害剤を阻害する」では技術内容がおかしくなります。第2段落の内容からも、正しくはimmune checkpoint "regulator"のことであろうと理解できます。原文どおりの訳で減点対象ではありませんが、原文どおりに訳した上で翻訳コメントを添えた答案は加点する方針としました(参考解答を参照のこと)。また、問題文の2段落目の"subject"は、一般論としてほとんどの場合、ヒトの権利があれば足りるため、参考解答では、「患者」としてありますが、他には「治療対象」、「処置対象」といった訳も可です。

 【問3】
 比較的難度が高く、特に修飾句がどこにかかるかについて、ほとんどの方が誤って解釈されていました。係り受けは機械翻訳の最も不得意な部分であって、内容を理解しなければ、正しく訳すことができません。機械翻訳が広まるにつれて、そういう部分の正確な理解と正確な訳が特に重要になってくると思われます。
 まず、"in an apoptosis-defective background"の"background"ですが、これは「遺伝的背景(すなわち、どのような変異を有するか、どのような遺伝子型であるか、など)」のことです。"in a predominantly punctate pattern suggestive of p62 aggregation"は、"wild-type cells"と"autophagy-defective cells"の両方にかかります。なぜなら、次の文で、"wild-type cells"でも"aggregates"ができていることが記載されているからです。また、この部分に"suggestive"が用いられ、少し後に、"indicating"が用いられていますが、"suggest"は「示唆する」こと、"indicate"は「示す」こと、を意味します。「示唆する」とは、何かの実験結果の証拠から、おそらくこうだろうと考えられる、という意味ですが、「示す」はもっと強い意味を有し、実験結果から、確実なことが結論付けられるときに用います。同様の用語で、"show"(「示す」)がありますが、主にデータが主語になって、データが直接的に意味するものを述べるときに使います。使い分けをしっかり理解してください。次に、"autophagy-deficient (atg5-/-), as compared to wild-type (atg5+/+) iBMK cells stably expressing myc-tagged p62"の部分で、"iBMK cells stably expressing myc-tagged p62"は、"autophagy-deficient (atg5-/-)"と"wild-type (atg5+/+)"の両方にかかります。構文上、"autophagy-deficient (atg5-/-)"と"wild-type (atg5+/+)"がパラレルになっていますし、内容からも、同じ操作をした細胞同士を比べる必要があるからです。

 【問4】
 "double-stranded region"を、ほとんどの人が「二本鎖領域」と訳されていましたが、「二重鎖領域」のほうが正確です。「二本鎖領域」に対する用語は「一本鎖領域」ですが、二本鎖の一部として、「二重鎖領域」と「一重鎖領域」が存在しても、二本鎖の一部として「一本鎖領域」が存在すると訳すのは整合性に乏しいと思います。"biological"が二度登場しますが、"biological sample"は、「生物に関係したsample」という意味で、何らかの訳出が必要です。"biological cell"のほうは、「生物に関係したcell」という意味ですが、「サンプル」とは異なり、「細胞」と訳した時点で、生物に関係したものと限定されます。従って、"biological cell"で「細胞」と訳しても構いません。

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2級

第29回 知的財産翻訳検定 2級 講評


 英語文章の内容の把握は比較的容易なのに、いざそれを日本語に翻訳するとなると結構てこずる、というようなケースはよくあることだと思います。今回の出題内容もまさしくそのようなものでした。そのようなことから、今回は合格解答が解答全体の5割に満たない結果となりました。

 問1は、大気汚染源について書かれたものです。冒頭の、“The control of air pollution…”の“control”を、「制御」と訳した答案が半数以上でした。”control”にはいろいろな意味があります。文章の意味から考えれば「抑制」などとしたほうが適訳ではないでしょうか?control=制御というように機械的に訳すのではなく、言語の意味をよく考えて言語の持つ広い意味合いの中から適訳を導き出すことが望ましいです。第1パラグラフの”The problem of controlling air pollution…in developing countries.”において、”in developing countries”は”general population growth continues”と”energy expenditures increase”の両方を受けます。”general population”(一般人口)という言葉に引きずられたせいか、“energy expenditures increase”のみにかけた答案が目立ちました。人口増加の問題は発展途上国において顕著であることを考えれば”general population growth continues”にもかかることは明らかです。また、“mobile sources”を「自動車汚染源」と訳した回答が複数ありましたが、後続の文章をみると“mobile sources”は航空機も含むとされていますので、この場合の”mobile”は「移動」の意味と解釈されるべきです。末尾の”Point sources, predominantly electrical utilities and industrial boilers, are also major emitters of nitrogen oxides.”の”electrical utilities”は、電気機器ではなく、「発電所」という意味です。

 問2の課題文には参照番号の誤りがあり、また常法とは異なる冠詞の用法がなされているため、受験者は戸惑われたと思います。例えば第2段落以後”platform 230”は「platform 220」の誤りです。この誤りは図面や前後の記載から自明ではありますが、そのような誤りに対応する力も翻訳能力の一部です。原文の誤りをコメントで指摘し、修正して翻訳なさった回答が複数ありました。このような対応は加点の対象となります。最終段落”A first contactless charging element 210….or otherwise included in the underwater station 200…”の”otherwise”の意味は「プラットフォーム220への接続または埋設、あるいは他の方法で水中ステーション200に含めることができる」という意味です。技術上求められていることは”first contactless charging element 210”を、何らかの形で”underwater station 200”に含ませることです。総じて、技術的な内容が十分理解されていないと思われる回答がかなり目立ちました。非接触型の充電装置は、スマホや電気自動車の充電にも使われており、一般に知られた技術と考えてよいと思います。

 問3については、”a stem member (83)..”で始まる構成要素の記載が若干複雑で翻訳が難しかったようです。冗長な訳になっても構成要素が正しく訳出され内容が正しく伝わっていれば減点の対象にはしておりません。基本的なクレームの書き方、例えば「AとBとCとを有する(含む)装置」のような書き方から大きく外れその結果どれが構成要素なのかわからない訳も少なくありませんでした。そのような訳は減点の対象になりました。

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3級

第29回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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中国語



第29回 知的財産翻訳検定 中国語 講評

 
 今回は多少専門性の高い内容もありましたが、それでも19名の受験者のうち、7名が合格し、合格まで後一歩届かなかった受験者も複数名おり、全体的に、受験者のレベルが高い印象を受けました。また、ほとんどの受験者は特許翻訳経験者であることが答案から窺われます。以下、各問において不適切に訳した受験者が多かった箇所について簡単に説明しますので、ご参考になれば幸いです。
 
【問1】  
 問1では、請求項2の最後の段落「存储器,用于储存所述微程序控制器,根据所述感应模块输出的控制信号,控制所述照明信号的程序」について、複数名の受検者が「微程序控制器」をメモリ(存储器)に記憶(储存)すると理解して、「マイクロプログラムコントローラを格納し」に訳しています。中国語原文も必要のない箇所(具体的に「微程序控制器」の後ろ)に「,」で区切って、紛らわしい文章になっていますが、技術内容から考えて、メモリにコントローラを格納することはありえないことでしょう。ここで「,」はあってもなくてもよいものですので、技術内容をしっかりと理解した上で、翻訳することが大事です。
 
【問2】  
 問2では、技術内容について理解し難い箇所が基本的になかったと思いますが、「通过油管外接驱动油的方式连接到油气分离器驱动装置」について、技術内容を明瞭に表現できていない受験者がやや多くみられました。この箇所においては、あまり中国語原文の表現にこだわらず、「外部」の「驱动油」と「油气分离器」とを「油管」で接続する形で「油气分离器」と「驱动装置」とを連結する、という技術内容をしっかり理解し、それを明瞭に表現することがポイントで、具体的な訳文はいろいろ考えられると思います。  
 また、問2では、細かい日本語表現の不注意で減点された受験者が多くみられました。例えば、「排放法规的升级」の「升级」を、「更新」や「アップグレード」や「グレードアップ」などに訳した受験者が多かったですが、ここでは「升级」の主体が「法規」ですので、「強化」が適切な訳語でしょう。キーワードではないし、技術内容に影響を及ぼす誤訳でもありませんが、優秀な翻訳者になるためには、このような細かいところにも気を付けて翻訳をすることが大事です。
 
【問3】  
 問3は、電気基板のニッケル金めっき技術分野に関し、多少専門性の高い内容でしたが、多くの受験者が特に大きな誤訳もなく、良く翻訳できていました。問3で誤訳が多かった箇所は「非沉金区域」に対する翻訳で、複数名の受験者が「金メッキされていない領域」と訳しています。ここでの「非」は「されていない」の意味ではなく、「しない」の意味です。従いまして、「金メッキしない領域」または「非金メッキ領域」が適切な訳文です。ちなみに、「金メッキされていない領域」を中国語に訳すと、「没有沉金的区域」または「未沉金的区域」になります。

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ドイツ語


第29回 知的財産翻訳検定 ドイツ語 講評


【問1】
 一昨年の「電気自動車」、昨年の「自動運転」に続いて、今回は日本でも最近大きな問題となっている「逆走(Falschfahrt)」をとりあげました。ドイツでは、逆走ドライバーのことを「幽霊ドライバー(Geisterfahrer)」と呼んでいて、アウトバーンにおいて頻繁に出現しています。日本と違って高速道路の出入り口に料金所などがないことが逆走を生みやすくしているのでしょうか。幽霊ドライバーは高速道路をかなりのスピードで走行していて、いつ衝突が起きてもおかしくない状況にありますので、周辺のドライバーにいち早く警告を発することが必要となります。したがって、ドイツでは、交通情報チャンネルやスマートフォンのアプリなどを利用して「幽霊ドライバー」に対する様々な安全対策に取り組んでいるようです。

 問1については、ほとんどの方が無難にこなしていましたが、たとえばTote(死者)とTod(死亡)、Verletzte(負傷者)とVerletzung(負傷)のような細かい区別ができていないケースがいくつか見られました。このへんもきちんと訳し分けたいところです。

  ・sich auf der falschen Fahrbahn befinden「誤った車線にいる」
  ・mit großer Wahrscheinlichkeit einer Kollision「衝突の大きな確率を持って」


【問2】
 自動車の排ガスターボチャージャ用の軸受ハウジングに関する問題です。ドイツ語らしい緻密な表現が存在し、技術内容をしっかりと把握しないと思わぬ誤訳を招いてしまう内容となっています。ここは皆さん、かなり苦戦を強いられたようです。

 Abgasturbolader(排ガスターボチャージャ)の上位概念として出てきたLadeeinrichtung(過給装置)を「充電装置」と訳しているケースがいくつかありました。これは致命的な誤訳になりますので、まずはドイツ語の語学力以前に基本的な技術知識をしっかりと身につけてほしいと思います。

 本発明の構成では、軸受ハウジングに軸受ハウジングカバーを取り付ける際に、「ねじ(Schraube)」という別体の部品を使用するのではなく、軸受ハウジングカバー自体を、いわば「ねじ」として形成し、軸受ハウジングカバーを軸受ハウジングにねじ込むだけで両者を締結させることができます。これにより、たとえば部品点数を減らせるなどの利点が考えられます。そのためには、軸受ハウジングカバーの外周面に第1のねじ山(Gewinde)として雄ねじ山(Außengewinde)を設け、軸受ハウジングの開口の内周面に第2のねじ山として雌ねじ山(Innengewinde)を設けてあり、軸受ハウジングカバーを軸受ハウジングの開口にねじ込むことにより両ねじ山を螺合させて締結します(festschrauben)。

 まずは、このような構成をきちんと理解できているかどうかがポイントになります。SchraubeとGewindeのどちらも共通に「ねじ」と訳してしまい、日本語だけ読むと「ねじ」だらけになってしまい、「ねじ」が不要になるのか必要になるのか分からなくなってしまった翻訳が多く見受けられました。

 ドイツ語表現では、たしかにfestschraubenやanschraubenは訳しづらい動詞ですね。どちらも基本動作はschrauben(ねじ込む)ですが、festschraubenのほうは「ねじ込んで固定する」「ねじ込んで締結する」、anschraubenのほうは「ねじ込んで取り付ける」という意味でしょうか。「ねじ式に締結する」「ねじ式に取り付ける」でも構わないでしょう。この場合、schraubenは、ねじ山同士の係合を意味しているので、ちょっと上級者向けですが「螺合(らごう)」という用語を使うことも可能でしょう。
 Der Lagergehäusedeckel kann am Lagergehäuse durch eine einfache Drehbewegung angeschraubt werden.  
 「軸受ハウジングカバーは軸受ハウジングに、単純な回転運動によって螺合により取り付けられ得る。」
 
 こうすれば、「ねじ」という表現を使わずに済むので、読み手に誤解を与えることはなくなると思います。Drehbewegungは「ねじり運動」でも構いません。
 
  ・zu A komplemenär「Aに対して相補的に」  
  ・selbstsichernd = selbsthemmend「緩み止め式」「戻り止め式」

 
【問3】  
 特許請求の範囲の出題は、化学系の問題となりました。この出願は類似案件が多数日本に出願されており、公開公報も多数存在しているようで、皆さんほぼ完璧にできておりました。それでも、ちょっとした誤訳や訳モレが散見されました。ちょっとしたミスであっても権利範囲に大きな影響を及ぼす場合がありますので、特に特許請求の範囲の翻訳には細心の注意を払うように心がけましょう。
 
  ・wässrige Lösung「水溶液」  
  ・Vernetzer「架橋剤」  
  ・Initiator「開始剤」

 
【最後に】  
 前回も申し上げましたが、英語や中国語に比べて、ドイツ語の特許翻訳を勉強する場所や機会は限られています。しかし、ネットで特許公開公報などを探して明細書の翻訳文を原文と比較するなどしてご自分で勉強することも可能ですので、是非とも引き続きチャレンジしていただきたいと思います。

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