1級/知財法務実務
第32回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
【問1】
近年夏場の熱中症対策がトピックとして取り上げられることが多くなってきました。その中で、身につける衣料品の面からの対策に関連して、「空調服」という商品について見聞きすることがしばしばあり、個人的にもどのような商品なのか気になっていました。世上取り上げられる機会が増えると言うことは、その商品の価値が一面上昇していると言うことでもあり、関連する知的財産の重要性が増すという意味があります。そこで本問は、話題の商品の知的財産にまつわる諸問題の中に材を取って作成してみました。
本問問題文の出典は、令和3年2月17日に知的財産高等裁判所で言い渡された令和2年(ネ)第10038号実用新案権侵害行為差止等請求控訴事件判決です。原審の原告は、もともと空調服の開発元と提携して事業を行っていましたが、ある時期に提携を解消し、その後自身独自に取得した実用新案権(実用新案登録3198778号)に基づいて実用新案権侵害訴訟を提起しました。出典である控訴審判決では、原審一部敗訴を不服として控訴した原審被告である控訴人の主張が認容されず、控訴棄却とされました。本問出題は、この侵害訴訟の過程で、冒認出願、共同出願違反の観点から前記実用新案権の有効性が問題とされた部分から採っています。
具体的に問題文を見ていきます。まず翻訳対象第1の箇所(以下「第1箇所」のように略記します)では実用新案法上の考案、考案者の意義について触れています。考案、考案者についてはいちおうdevice、creatorという定訳語がありますので、実用新案法の領域での議論がなされていることもあり、本問では発明(invention)、発明者(inventor)とは区別して翻訳することが必要かと考えます。ただし、実用新案、小発明のような概念に馴れていない読み手を意識する場合には、invention、inventorといった用語を用いながら必要な補足説明をする、といったアプローチも考えられると思います。
第2箇所は、本件考案に関する被控訴人、控訴人の関与の仕方を通じて本件考案がその共同考案に該当するか、被控訴人が共同考案者と言えるかどうか、控訴人の主張が記載されています。ここで、「空調服」、「ハーネス型安全帯」、「インナースペーサー」、「ランヤード」といった用語が登場しています。本問採点に当たっては、これらの用語の翻訳に当たっては特に該当業界、技術分野での翻訳語としての厳密性までは求めず、いちおう技術的にも適切な翻訳がなされていれば十分としました。なお「空調服」は商品名ですので、ウェブサイト上で権利者が使用している対応英語名称がないかチェックすることが望ましいと考えられます。(執筆者が調べた範囲では、権利者が常用している対応英語名称は特にないようです)
第3箇所は、第2箇所での主張事実に基づいて、本件考案が共同考案に該当するとの控訴人主張を示しています。共同出願違反の用語はそのまま翻訳すれば例えばviolation of joint applicationで、Google検索などでも同様の訳語にすぐ行き当たりますが、実際には「共同出願要件の違反」(violation of joint application requirement)とするのがより正確かと思います。類例では共同考案(joint device)についても、少々こなれない表現と思われますので、例えばjointly created deviceと説明的に翻訳することも考えられます。
以上、本問は、商品価値が上昇していく過程で生じうる知的財産の問題に関連するトピックを扱いました。今後もますます知的財産の重要性が高まって行くであろうことを考えますと、種々の紛争にまつわる翻訳語、翻訳表現に習熟しておくことは有用であろうと考えます。残念ながら今回当受験分野で合格者は出ませんでしたが、引く続きより多くの方に挑戦していただけることを願っています。なお、「空調服」の商品名については特許庁における審判で商標としての登録性が争われていますので、ご興味があれば参照してみてください。
【問2】
「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、商標や和解契約などの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「原文咀嚼」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。
各小問共通の点として、
・各小問において共通する表現が登場します(例:「ことを認諾し、これを争わない」や「動画配信が指定役務に含まれる商標」、「〜を約する」)が、同じ表現は統一して訳出しましょう。訳出後の表現が異なるということは、異なることを意味するものとして解釈されるおそれがあります。
・過去から繰り返し強調しているとおり、「定義語」については定義語として訳出しなければなりません。定義語であるにもかかわらず、先頭大文字ではなく普通に全小文字として訳出すると、当該語については、定義を適用せず、一般語として解釈すべしという意味になります。法律文書としての契約の解釈を大きく変貌させるものであり、法律文書の翻訳文として不適切です。
各小問個別の点として、
・第1条について、「信用」という語について、辞書からそのまま「credit」を当てている解答が見られましたが、商標の分野で「信用」とは「goodwill」を用います。
・第2条について、「使用態様」という語が登場し、「態様」が訳出されない解答が見られました。「使用態様」とは、特定の形やフォーマットをあてがった使用のことを言っており、ここでは「本契約締結日までの使用」全体について争わないと言っているわけではなく、「本契約締結日までに使用された特定の形やフォーマット」について争わないと言っています。「態様」が脱落することは契約の解釈を大きく変貌させるものであり、法律文書の翻訳文として不適切です。
・第3条及び第4条について、「動画配信が指定役務に含まれる商標」の「動画配信」が脱落している解答が見られました。商標権は、標章(=マーク)+商品・役務の上に成り立つものです。商品・役務なくして商標権は原則として成立しません。ここでは、「動画配信」を指定役務とする商標登録や出願について制限をかけることが記載されており、「動画配信」以外の商品・役務については特に言及されず、すなわち制限をかけないものと解釈されます。このような文脈で「動画配信」を脱落させることは、「動画配信」以外の商品・役務を対象として登録・出願を行うことが制限されることを内容とする訳文になってしまい、契約の解釈を大きく変貌させるものであり、法律文書の翻訳文として不適切です。
最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも和文和訳(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。
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1級/電気・電子工学
第32回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
【総論】
多くの答案は、総じて高いレベルにあり、受験された皆様の日頃のご尽力が窺えました。惜しくも不合格となった答案の多くも、小さいミスや訳落ちの積み重ねが原因であり、ミスを少なくすることで合格に近付くことが出来るものでした。残念ながら僅かに不合格となった受講生の皆様は、めげずに再挑戦していただきたいと思います。一方、めでたく合格となった受講生も、今一度ご自身の答案を見直して、改善点がないかを検討していただければ幸甚です。
【各論】
(1)問1は、医療系の検査装置の画像処理に関するクレームの翻訳に関する問題でした。やや長い文章ではあり、修飾関係が複雑になっていますが、注意して読めばクレームの表現のみでその内容は理解できる文章です。
この手の長いクレームでは、文章の修飾関係を分析し、接続詞や句読点(カンマ、コロン、セミコロン等)を正しく用い、修飾関係が明確となるよう(複数通りに読めることが無いよう)訳出にすることが重要です。この点、これらの使い方がルールに沿わず、読みにくい、又は誤解を生む内容となっている答案は散見されました。誤解を生じると判断されたものについては、適宜減点の対象としました。減点の対象とはしませんでしたが、改行の入り方が不規則なため、読みにくくなっている答案も散見されました。また、類似の表現の単語が多いせいか、やや冠詞の扱いにミスが目立ちました。クレームの翻訳では特に気を付けたいところです。初出でないのに定冠詞がついていたり、逆に既出なのに不定冠詞が付くのは原則としてはNGです(後者は、状況によって許容される場合もあり得ますが、前者は基本NGです)。
また、「肺右端候補」「肺左端候補」などにおいて、若干不適切な訳出をしている答案が散見されました。これらは、「端」の候補という意味であり、「肺」の候補ではないので、それが分かるような訳出とすべきかと思います。
(2)問2は、最近話題になることの多いブロックチェーン技術に関する従来技術の翻訳に関する問題でした。この分野に不慣れな受講生の方も多かったと思いますが、文章自体はさほど難しいものではありません。一文が長いためか、僅かな修飾語を訳落ちする答案が散見されました。なお、減点の対象とはしませんでしたが、「仮想通貨にとどまらず、様々な資産に関する情報をトランザクションとして管理する手法」は、文脈から「仮想通貨」だけでなく「様々な資産に関する情報をトランザクションとして管理する手法」と読むべきです。
(3)問3は、火炎検出装置に関する実施例の翻訳に関する問題です。図面もありますので、理解は難しくなかったものと思いますが、原文において修飾関係が不明確な部分があり、その部分の読解を誤った答案が散見されました。例えば、「逆火Rの熱及びバーナーエレメント15で生成された火炎Fが発した紫外線Lの火炎検出センサ23への到達」ですが、、「逆火Rの熱」及び「バーナーエレメント15で生成された火炎Fが発した紫外線L」の火炎検出センサ23への到達と理解されるべきかと思います(訳出指定されていない部分を読むと、それが分かります)。
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1級/機械工学
第32回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
毎回のことですが、比較的訳しやすい問題と比較的クセが強い問題が混在した中で、どのようなペース配分で問題を解いていくのかも問われたのではないでしょうか。機械翻訳やAIの実用化が現実的になりつつある中で、「人間でなければできない翻訳」がますます重要になるとみられていますが、今回の問1がまさにそのような問題です。
【問1】
風呂釜に関する、実際に出願された明細書の一部をそのまま抜粋したものです。情報が良く整理されておらず、情報と直感的な感性が混在したような内容です。昔の明細書にこのようなものは多かったとベテラン翻訳者は記憶されておられるかもしれませんが、今もないわけではないばかりか、世界をリードする大企業からもこのような書き方の明細書が今でも新規出願されています。
このような明細書をそのまま翻訳して欧米に出願してしまったら、行った先では大変不利になってしまいます。最終的な書き直しは現地代理人がするとしても、翻訳の時点での情報整理は翻訳者がきちっと行っておく必要があります。なぜなら、情緒から情報を抽出して整理するのは、翻訳者でなければできず、この作業を現地代理人に期待するのはあまりにも無責任だからです。
そのために、「和文の細かい表現や符号、改行、スタイル等にはとらわれず、結果的にわかりやすく説得力のある英文になるように翻訳してください」という指示をつけました。しかし、実際に開けてみると、「和文の細かい表現や符号、改行、スタイル等にとらわれ、結果的にわかりやすく説得力のある英文になっていない」、鏡写し翻訳のような答案の多さに驚きました。
用語では、「湯あたり」を正しく翻訳できたのは10名に一人程度でした。中には、「お湯を抜く」や「風呂の栓を抜く」のように訳された方もおられましたが、JIS用語では「循環管の浴槽側に取り付け,熱湯が直接人体に触れないよう考慮した防護板」と定義し、diffuser が訳語として当てられています。ただ、この用語を使わなくても、hot water outlet coverのように機能を説明した訳も全て正解としました。
また、「ビニールホース」の訳として vinyl hose は減点にしていませんが、英語圏では家庭用の水回りのホースとしては、watering hose, garden hose のような表現が一般的です。
段落0003は従来の問題点を述べたものですが、箇条書きの(イ)〜(ホ)はそれぞれ同等ではありません。(イ)はビニールホースを使った方法の問題点、(ロ)〜(ニ)は薬品を使った場合の問題点、そして(ホ)はにごり湯により湯どろがきれいに取れていない状況で、追い焚き中に起こる不具合を述べたものです。解答例では、箇条書きを解消し、このような形で整理し直してみました。重要なのは、「にごり湯は不衛生的」というような訳にならず、上記問題点のために起こる「不衛生的な事態」が表現されているかどうかということです。
「汚れ」の訳語に苦労された方も多かったようですが、dirt は基本的に「土」という意味です。Dirty は「汚れている」の訳語としては正確ですが、汚れを dirt とするのはどちらかと言えば比喩的な表現です。Stain も「シミ」という意味がメインで、ちょっと違います。この場面では、filthというのが無難かもしれません。この辺りは確かに難しいので、間違っていても微小な減点にとどめています。
【問2】
問1に比べて分量が比較的多く、図面も一見わかりづらいので、問1で時間を費やしてしまった方は、多少パニックになってしまったのではないでしょうか。ここでやってはいけないのは、時間がもったいないからと頭からどんどん翻訳していくことです。この問題は、いったん時間を4〜5分とって図面と文とを突き合わせてみると、すんなり仕組みが理解できます。そうしたならば、サクサク翻訳が進みますし、誤訳も大幅に減らせます。この問に限らず、機械工学は一般にこのようなことが多いため、普段の翻訳でも、仮に時間がなくてもいったん簡単に内容を把握した上で翻訳作業に取り掛かることが重要です。
【問3】
肥料散布機を対象とするクレーム翻訳です。本問題では、問題文中に「パリルートの米国出願用の翻訳文として英訳して下さい。」との注記を入れました。
(1)クレームの特徴
本クレームは、いわゆる流し書きで記載され、米国出願用に翻訳するためには「と書き」の形にする必要があります。しかしながら、原文には、複雑な機械構造が分かりやすく簡潔に起草されているので、発明の技術的な構成を理解したうえで、適切な読点の位置で切れば自然に「と書き」の形にすることができます。
本問は、「機体Fに、(中略)羽根車ケースCと、(中略)ホッパーHとを、羽根車ケースCの上方にホッパーHが位置するよう上下に重ねて装架し、」において、「機体Fに、〇と、〇とを装架し、」の構文を読み取ることが第1の関門です。日英翻訳は、図面や技術背景を参考にし、厳密且つ正確に日本語の意味を理解することがとても重要です。この点は、流石に1級の受験生ですので、多くの答案がクリアしていました。
(2)合格答案の翻訳方法について
合格答案には、原文の流れに沿って適切な位置で切って「と書き」の形にした答案と、原文から発明の要素を抜き出した上で原文の記載に基づいて要素毎に「と書き」の形にした答案とがありました。いずれの方法でも所定の合格基準に達していれば合格としました。ただし、本問は、原文の流れに沿って訳すことが可能なので、原文の流れに沿って訳した方が少ないチェック負担で誤訳も発生しにくいという利点があります。さらに、発注側のチェック負担が小さくなるという利点もあります。
現在、全体がいわゆる流し書きで記載されるクレームは少なくなりました。しかしながら、一見「と書き」の形であっても、その要素の中身が流し書きのような状態となっていて、その階層構造が文脈に依存するクレームも多いので「流し書き」から「と書き」の形への処理のスキルは依然として必要です。
(3)推論的クレーム(inferential claiming)
推論的クレームは、米国実務上、発明の構成要素を曖昧にするとして記載不備の要因となるので回避する必要があります。しかしながら、翻訳者と外国実務担当者の役割分担として、権利化の方向性等の情報を有する外国実務担当者が推論的クレームを回避する役割を負うべきと考えられます。
翻訳者は、原文が推論的クレームとなっていることを発見した時には、コメントして注意を喚起し、あるいはコメントした上で修正や意訳を行うことが好ましいと考えます。なお、本試験では、推論的クレームを回避する処理は、加点対象とする一方、減点対象とはしませんでした。
最後に、原文がわかりづらく、翻訳方針で難しい判断が迫られた場合には、メモを添付することが望ましいです。場合によっては翻訳する側の理解力が不足していることもありますが、場合によっては原文に重大な誤記があり、それが翻訳者メモによって明らかになることもあります。通常業務であれば連絡をとったり質問したりして意思疎通を図ることも可能ですが、試験ではそうはいきません。また、通常業務でも、メモ以外の連絡手段がない場合もあり得ます。意思疎通と確認が品質の向上につながります。
問題(機械工学)PDF形式
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1級/化 学
第32回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
【総合講評】
今回は受験者数が多く、かなり実力の感じられる解答が多かったと思います。個別講評には書ききれませんでしたので、特に初心者の方は総合講評を自分のことだと思って参考にしてください。せっかく受験されたのですからぜひ役立ててください。
一般的に、翻訳は依頼主の要求に従ったフォントで作成しますが、英語文解答では、明朝、ゴシックなどの日本語フォントは使用しないでください。「℃」は、Arial、Times New Roman、Calibri、Century、Courierその他で「°」+「C」と表示できます。ポンドフィート単位はキログラムメートル単位に換算することが通常ですが、必ず括弧内に「原文記載の数字」及び単位を記載しましょう。1時間15分を1.25時間と書き換えることは、疑義を招きますので好ましくありません。 翻訳の際に長文を区切って短文にするのは結構ですが、内容が変動しないように、文と文との関係性を副詞などで示して下さい。文のぶつ切りだけでは正確性に欠けます。
仕事上、英語出願にまで戻れない日本語分割出願で、誤訳を含む明細書に基づき議論を組み立てることを経験しますが、数字(特に実施例)の間違いと、Open(include, comprise, contain, have他)/Close(composed of, consist of他)の間違いは致命的です。サポート要件不備、狭い権利範囲など、非常な不利益をもたらします。数字は手打ちしないでコピペする方が誤訳を防げます。
和英でも英和でも、翻訳チェックの手間を考えると、文章として素直な文章の流れが担保できるなら、記載された順番通りに訳していく方が好ましいです(今回の問2等)。一般的に英文で工程を説明する場合、時系列に記載していき、最後に得られるものや効果を書くと、読み手が理解しやすくなります。必要な場合にコメントを書き添えることは結構ですが、些細な部分までコメントをつけると依頼者の確認の手間が増えるため嫌われますので気を付けましょう。
「等」に相当する言葉はand the like、and so on、and so forth (前記具体例と類似する例示を省略)、such as(前記具体例よりも小概念の例示を省略)、etc.(et cetra; 前記具体例と少し異なってもよい例示を省略、具体的例示は数個必要)がありますので、使い方を区別しましょう。 barelyは二種類の使い方があり、「かろうじて?間に合った(通常は良い結果)」という意味もあれば、hardlyと同じ「ほとんど?ない(結果の良否は不問)」にもなります。どちらでもよい場合もありますが、二種類のどちらか疑義の生じやすいbarelyよりhardlyを使う方が良いかもしれません。
化学分野は多岐にわたりますので、訳者の知らない技術を訳すのは当たり前です。ネット検索調査の技術(検索ワードの選択、組み合わせ、順番、""で括る等)を磨き、素早く技術を理解し、その技術分野の専門用語を使いこなすようになりましょう。また、翻訳候補となる英語表現が正確かどうかもネット検索のヒット数で見当がつきます。ただし、ヒットしたものが日本人や英語を母国語としない人、技術を知らない人が書いた文章の時は要注意です。金属関係の問題が二つありましたが、表面処理と冶金なので少し違うことと、化学分野では車両、電池、電気電子分野などでの金属やセラミックなどの材料関係を扱うことが多いために出題しました。
【問1】
最近米国判例の影響か、「従来技術」をRelated Art(関連技術)と訳す流れがあり、どちらでもよいとは思いますが、個人的には原文に「従来」と書いてあるのだからbackgroundで良いのではないかと思っています。prior artは先行技術の自認につながりますのでよくありません。使用しないように注意してください。問1は熱衝撃に対して電磁シールド性を担保できる金属繊維含有プラスチック複合材に関する発明です。問題文がかなり難解できちんとした日本語ではないため、直訳すると結果的に誤訳に近くなってしまうので、内容を理解して、適宜補ったり順番を変更したりして翻訳する必要がありました。「最近電磁シールド材料として各種の樹脂に金属繊維を配合することが検討され」とありますが、「最近、各種の樹脂に金属繊維を配合して電磁シールド材料とすることが検討され」と訳すと分かりやすくなります。日本語を英訳しやすいように変更することは、プレ翻訳と言われています。
課題の技術は、電磁波シールド材料に関し、発明の従来技術の部分です。技術内容を正確に把握された方が少なかったので、概略説明します。この従来技術では、熱可塑性樹脂に、電磁波シールド性を有する金属繊維を配合して電磁波シールド材料とします。熱可塑性樹脂が熱安定性がよいことに着目しています。しかしながら、この電磁波シールド材料としての金属繊維配合熱可塑性樹脂は、初期段階での導電性はよいのですが、熱衝撃を繰り返し受けると、電磁波シールド性が低下してしまう欠点があります。この欠点を改良するのが、発明に係る技術です。
・「熱可塑性樹脂に金属繊維を配合して電磁波シールド材料とする」ことを明確に理解した上で英語とすることが必要です。電磁波シールド材料が熱可塑性樹脂であるととられかねない英語表現とされていた受験者もおられました。
「電磁シールド材料として各種の樹脂に金属繊維を配合すること」:
× “the addition of metallic fibers to various resins as electromagnetic shielding materials” ⇒as electromagnetic shielding materialsがどこにかかるか不明確です。
△ “the addition of metallic fibers as electromagnetic shielding materials to various resins”
○ “blending metal fibers with various resins to produce electromagnetic shielding materials”
○ “electromagnetic shielding materials obtained by blending metallic fibers with various resins”
・金属繊維を樹脂に配合して得た電磁波シールド材料について、導電性を測定するわけですが、配合したものを単に樹脂とし、それについて導電性を測定したように英語で表現した受験者もおられましたが、誤解を生じますので留意が必要です。上記したように、樹脂自体が従来技術の問題点ではなく、金属繊維のみを配合しても不十分なことが従来技術の問題点です。
「配合して導電性を評価」⇒
× “evaluation on conductivity of the resins”
○ “evaluation on conductivity of the metal fiber-blended resins”
・「熱衝撃をくり返す」を、単にそのまま機械的に訳された方々が多くみられました。
「熱衝撃に繰り返しさられると」、「熱衝撃が繰り返し加わると」と補充して英語にされるとより明確でこなれた英文となります。
例えば、
“exposure to repeated high-temperature and low-temperature thermal shock”
“subjected to repeated high-temperature and low-temperature thermal shock”
“application of repeated high-temperature and low-temperature thermal shock”
・「配合」:さまざまな分野で頻出します。
“addition”とされた方が複数おらえましたが、“blending”, “mixing”, “compounding”, “incorporation”の方がいいでしょう。
× “composed with”
○ “blended with”, “compounded with”, “incorporated into”など
○ “composited with” (複合化を意図している場合)
・“etc.”の使い方に留意が必要です。技術文では、他の用語を使用した方がよいと推奨している辞書などもあります。また、一つの項目の後にetc.を使う場合、項目の後にカンマをつけて使うと、前の項目とは類似したものではなく他種のものを意味すると捉えられることがあります。そのため、この場合にはカンマを省く場合もみられます。
“When writing essays, articles, or business letters, people usually avoid using etc. or etcetera, and write the sentence another way using such as(ロングマン英英辞典)”
× “in electronic components, etc.”
○ “in electronic components and the like”
【問2】
技術分野の理解が重要です。T6処理が溶体化処理及び時効処理を含むことを把握していないと修飾部分の区切りが不適当になります。「熱処理合金」はheat-treatedかheat-treatableか悩みますが、ここでは熱処理を行うので、heat-treatableの方が適切ではないかと思われます。最終文章では、エッチングにより合金表面直下の析出物や晶出物(エッチング処理液には溶解しにくい。金属組織内部に存在する場合は金属強度が向上する)を表面に一部表出させ、陽極酸化層を形成するための処理液により析出物や晶出物が溶解することにより、穴あき陽極酸化層が形成されることを表現していると考えられます。
自動車や飛行機などの移動用機器、ロボットなどの産業機器などの電線の端部において絶縁層を除去して導体を露出させ、この露出部分に端子金具を取り付ける場合における、端子金具の材料としてのアルミニウム合金についての技術です。
・「特熱処理合金と呼ばれる合金種では、T6処理に代表される溶体化処理及び時効処理といった熱処理を施して、強度などの特性の向上を図ることが行われている」⇒ここでの熱処理合金は、熱処理前のものと理解するのが妥当でしょう。
× heat-treated alloy
○ heat-treatable alloy
・「among」⇒一般的に3種以上のときに使用されます。課題の場合に誤解を生みやすいので使用をさけるのがいいでしょう。
“among”の定義:“To talk about position, use among if there are more than two people or things around someone or something, and between if there is just one person or thing on each side”(LONGMAN)
【問3】
金属処理がどのようなものか、どのような効果を目的としていることかを理解していると誤訳が防げます。金属「0.4%以下とする必要であるが、特に0.25%以下では」の「が」は、反対のことを述べる「but」ではなく、「0.4%以下であればよい(効果がある)が、(更に別の良い効果として)特に0.25%以下では」の意味でとらえるとよいでしょう。FATTはFracture Appearance Transition-Temperatureの略なので、「the temperature of FATT」「FATT temperature」は重複になるため、あまり適当とは言えません。日本語で「量」と記載されていても、含有量contentと量amountは区別しましょう。
タービンロータ軸用合金鋼における、鋼の熱処理についての技術です。
・「試料の熱処理は、試料A−Dについては、820℃で22時間保持した後、水冷し、600℃で40時間保持の焼もどしである」⇒「熱処理」が「840℃保持、水冷、600℃保持の焼きもどし」のどれに相当するかを理解するのに苦労された受験者が多くおられました。課題の場合には、「840℃保持⇒水冷⇒600℃保持の焼きもどし」の一連の工程全体を熱処理ととらえるのがいいでしょう。
「熱処理=焼きもどし」と解釈された受験者が数名おられました。確かに、焼きもどしも熱処理ではありますが、水冷前の840℃保持も熱処理ですので、上記したように、「840℃保持⇒水冷⇒600℃保持の焼きもどし」の一連の工程全体を熱処理ととらえるのが妥当でしょう。
・「Cr量」を“amount of Cr”とされた受験者が多くおられましたが、「何に対する量であるのかが不明ですので、“Cr content”とされるのがいいでしょう。
“content”の定義:the amount of a substance that is contained in something, especially food or drink(LONGMAN)
・用語の統一:脆化について“embrittlement”と“brittleness”を混在されておられた方がいますが、統一しておきましょう。
【問4】
「(膜担体の)捕捉する部位」をcapturing portionと表現している解答が見られましたが、portionは全体から切り離された一部を示しますので、膜担体の一部を表現するには別の表現が良いと思います。
標識物質として金属コロイドを用いた免疫測定法についての技術です。
免疫学的測定について典型的な文例ですので、特に落とし穴もなく翻訳しやすかったのではないかと思います。
・請求の範囲の部分ですが、英文クレーム形式(前提部、移行部、本体部については、理解の上翻訳されていました。
・「分析対象物質」⇒“a substance to be analyzed”, “analyte”
・「補足部位」⇒ × “trapping site” ○“capturing site”
・「部位」⇒△ “portion” ○ “site”
定義:site⇒a place that is used for a particular purpose
portion⇒a part of something larger(LONGMAN)
翻訳するために文書作成ソフトの校閲機能を利用でき、かつネットで簡単に機械翻訳が手に入る環境になりました。そのため解答レベルが向上し、ほとんどの解答は善解すれば原文内容が伝えられている程度になっています。しかし、特許出願書類は、将来、特許が権利化された後の侵害被疑者にとって攻撃の材料を見つけるためのものなので、「善解」はありえません。なので解答にはかなり高いレベルが求められますし、今回の答案を拝見すると、やはり合格者はそれなりの実力をお持ちだと思いました。実力のある方には加点を付けて採点していますが、特許用語に関する配慮、技術の理解が足りない、直訳で意味が不明瞭になっている等の理由から合格に至らない方も見られ、非常に残念でした。日本語を正確に翻訳できているか、だけでなく英文としておかしくない、日本語へ翻訳した場合、一義的に問題文と同じ内容になるか?も確認してください。足りない言葉を補うことで初めて問題文と同じ内容になることもあります。このような点に気を付ければ、合格間違いなしです。翻訳者の性格にもよりますが、機械翻訳に頼る癖がつくと文法的な理解がおろそかになり、翻訳を業とされていてもその場その場の処理で終わってしまい、全体的な英語の実力の向上に結び付かず、ある程度のレベルに留まってしまう怖れがあります。機械翻訳は原理的には条件付けされた言葉の置き換えに過ぎませんし、ネット検索で見つかる英文には不適当な文章も相当含まれています。あくまでも「機械は補助」として人間が頭を使って考えないと、新規で進歩性のある発明を記載した文章を正確に翻訳できません。そもそも、単数複数やaとtheの使い分けでさえ、いつまでたっても悩ましい問題です。特許翻訳に携わる者は現状に安心せず、「継続は力なり」の精神に基づいて日々研鑽を積むことが大切だと思います。
全体的にみると、ほとんどの受験者が訳抜けなく翻訳されていました。また、翻訳文から、真摯に課題に向き合っている姿勢が感じられました。その姿勢に拍手をおくります。
合格者およびあと一歩で合格圏内の受験者の翻訳と、その他の翻訳の違いは、機械的に字面を追って翻訳していると思える翻訳と、技術内容を踏まえてその内容をあるレベルでこなれた英語で表現されている翻訳にあります。このことは近年の講評で繰り返し述べてきたことです。
過去の出題、参考訳、講評を精読して、理解し、腑に落としていくことでも大きな力となるでしょう。我々は、フォーカスしたもの(焦点をあてたもの)が得られるようにできています。
知財関連に関心をもち、フォーカスして努力を重ねられ、一目置かれる翻訳者になられることを願っています。ご健闘を祈ります。
問題(化学)PDF形式
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1級/バイオテクノロジー
第32回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評
いくつかの答案が、直訳的、あるいは逐語訳的に訳されており、英語としては不自然なものになっていました。特許翻訳が難しいのは、新規事項を導入するほど意訳であってはいけない、しかし、英語として不自然な直訳であってはいけない、という、翻訳として高度なバランスを保つ必要がある点にあります。翻訳が難しい場合はセーフサイドに立って直訳にする、というのは誤った考え方で、英語として意味が通じないと、それは誤訳になります。また、よく言われるような逐語訳である必要もありません。日本語と英語は、必ずしも一語と一語で対応しているものではないからです。iPS細胞技術で登場する「初期化」は"reprogramming"と訳します。"formatting"でも"initialization"でもありません。しかも、言語には、コロケーションというものがあります。典型的には、「ひどい雨」は"heavy rain"ですが、日本語で「重い雨」とは言いません。特許翻訳として最も重要なのは、情報を100%一致させることであって、単語を単純に別の言語の単語で置き換えることではありません。このことを肝に銘じてください。
【問1】
多くの答案に減点が目立ちました。とりわけ問題文を英語にするときの表現に苦戦した答案が多く見られました。第2文の「年に1回成虫が発生する」に関し、"occurs"は現象などが自然発生する場合の用語です。また"emerge"も「発生する(develop)」という意味が訳に現れず、出現する、といった意味になります。なお第5文の「計量形質」は特定の意味を持つ専門用語です。
【問2】
全体的には減点の少ない設問でした。第1文の「抽出液」は注意が必要であり、例えば"extraction liquid"とすると「抽出するための液体」と誤解される可能性があります。また「従来の方法」を"related art"とした答案がありましたが、「従来技術」を"related art"と訳すのは、一般に明細書の見出しについて、すべてを従来技術と自認しないようにするためです。本文ではその必要性がなく、逆に従来法と対比しているため、従来の方法は従来の方法と、そのとおり訳す必要があります。ときと場面を使い分けたいところです。
【問3】
間違えが集中していたのが、「スライドガラスに吸着させた細胞」の「吸着」という単語です。"adsorb"を使っている方が多かったのですが、これは、一般的に「吸い付くこと」あるいは化学で「液体や気体の分子が固相に接着すること」を意味する「吸着」であって、ここでは、遠心力で細胞がスライドグラスに強く押し付けられることで接着する、という意味ですから、"adsorb"では不適切です。
「AML細胞におけるGnetin Cの細胞増殖阻害能は、・・・アポトーシスの典型的な形態学的徴候を示した。」という文は、そのまま訳しても意味が通じません。ただし、日本語としては当業者が読めば理解できますから、英語として理解できるように訳す必要があります。
「これらは、患者由来AML細胞でみられたアポトーシス誘導と同様であった。」という文の意味は、「アポトーシス誘導」と同様なのではなく、「アポトーシス誘導で生じること」と同様であった、ということですから、字面を訳しても、意味が通じません。
【問4】
一般に従属クレームというのは、独立クレームの構成を説明したり、発明の内容をより詳しく説明したりするためのものです。従って、例えば、請求項2などで、whereinの中で、「機能改善薬」を主語として訳している方が多かったですが、クレームは「機能改善薬」という発明を説明するためのものですから、そこで「機能改善薬」を主語にするのは、ロジックとして合理的ではありません。請求項2では、サイトカイン産生能を主語として訳すと、クレームの形式として合理的になります。
請求項8で、「がん」や「がん患者」に「前記」が付いていません。これを「不定冠詞」で訳す場合と、「定冠詞」で訳す場合とでは、意味が変わってきます。例えば、「がん」が不定冠詞をとると、どのようながんでも過去に化学療法や放射線療法を受けていない人、という意味になりますが、定冠詞を取ると、当該免疫疲弊を有するがんについて化学療法や放射線療法を受けていない人、という意味になります。明細書の記載から100%理解できるようであれば、翻訳者が不定冠詞か定冠詞かを決めても良いと思いますが、少しでもどちらか不明な場合は、「前記」の有り無しに従って訳しておき、訳注を付けるのが良いかと思います。
(なお、これらは、クレームを訳するのに重要な点ですが、今回は減点対象項目とはしていません。)
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