● 第35回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評
参考解答訳および講評の掲載にあたって |
当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。) ※採点方法等につきましては、知的財産翻訳検定試験 採点要領 をご確認ください。 |
1級/知財法務実務
1級/電気・電子工学 1級/機械工学 問題(機械工学)PDF形式
参考解答訳(機械工学)PDF形式 1級/化 学 1級/バイオテクノロジー |
2級
第35回 知的財産翻訳検定 2級 講評 |
【全体講評】 2級試験は、技術分野によらず、特許翻訳の基礎知識が備わっているかどうかを問う試験です。そのような観点からは、基本的な特許翻訳のルールを体現した答案が多かったのですが、なかには、「ですます調」の記述や、請求項の訳のルール違反(複数の句(。)の使用、抽象名詞でクレームを締めくくるなど)が目につきました。また、機械翻訳をベースにしたと思われる答案もかなり目につきましたが、時間不足の故か多くの場合日本語の整理が不十分で誤訳の残るものでした。 【問1に関して】 傷の治療法について特許明細書はあまり目にすることはありませんが、その割にはよくできている答案が多かったです。一方、筆が走った過度の意訳も目につきました。背景技術の記載部分であっても、原文から離れることは大変危険です。課題文においては”rate of healing”は、前後のコンテクストから、治癒の速さ、を意味していることは明らかです。”rate”には、単位時間当たりの量(速さ)の意味があります。「治癒率」は、快癒した割合という意味で使われることが多いようなので少し減点しました。“Application of negative pressure”は「陰圧(負圧)をかける。」という意味です。「陰圧アプリケーション」とか「陰圧の応用」では意味が通りません。 【問2について】 “interactive toy”の訳語については、「対話型玩具」、「双方向性玩具」、「インタラクティブ玩具」の何れも正解としました。The interactive toy 10 comprises a toy housing 15 and, accommodated in said toy housing 15, a function device 14 for performing user-perceptible, controllable functions 140; a control circuit 13…a rechargeable power source 12…;..の文脈において、挿入句 ”accommodated in said toy housing 15,“をa function device 14のみにかけた答案が非常に多くありました。該当部分は発明の構成要素を定義する記述ですから、よく英文と図面とを見て訳す必要があります。 定冠詞を無視する訳文が非常に多く見られます。theは、前出の名詞を受けて「この、前記、その、本」と引用して文のつながりを出す意味を有するので、訳出するということを原則とした方がよいでしょう。そうでないと、文全体のつながりが失われて、単一の文章の集合にすぎなくなり、論旨、意味の流れが明確に伝わらなくなるのです。 【問3について】 “Unmanned Aerial Vehicle”(UAV)が「ドローン」と完全に同じかどうかについてはいろいろ議論があるようです。ドローンはUAV の一形態であるという意見もありますので、矢張り原文に即して「無人航空機」などと訳したほうが安全です。”receiving structure”を、「受信構造」と訳した答案がかなりたくさんありました。機械翻訳をベースにしたためかもしれません。課題文で言う”receiving structure”は、電気部品を収容する収容構造というような意味です。”coupled to”(結合されている)が、「対になっている」と訳されているのも、内容を理解しながら訳せば思い浮かばないような訳です。 |
3級
中国語
ドイツ語
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第35回 知的財産翻訳検定 3級 講評
解答と解説をご覧ください。
第35回 知的財産翻訳検定 中国語 講評
今回は10名が受験し、5名が合格しました。また、合格までには至らなかった受験者も、そのほとんどがあと一歩で合格という成績でした。以下、各問において頻度の高かった誤訳や不適切な訳について簡単に解説しますので、ご参考になれば幸いです。なお、そのほかのご不明な点については、≪参考解答≫をご参照ください。
【問1】
問1は、翻訳力および特許文書の書き方、具体的には「特許請求の範囲」の書き方の両方を考査する問題です。問1では、技術内容の誤訳がなく、ほとんどの受験者がよく翻訳できましたが、装置を構成する部材の名称が正確さに欠けている訳語が幾つかありました。例えば、“机壳”を「ケース」に訳し、“排垢管”を「汚れ排除管」に訳すなど。、「ケース」に対応する中国語は“盒(子)”、“箱(子)”、“外壳”であり、“机壳”の適切な訳語は「ハウジング」又は「筐体」です。また、“排垢管” の“排”は、文字の意味だけ考えますと、「排出」と「排除」のいずれにも解釈できますが、技術内容から考えますと、ここでの“排”は「排出」の意味であり、適切な訳語は「汚れ排出管」又は「スケール排出管」です。このような部材名の訳語の微妙な意味ずれは、装置に関する特許翻訳でよく発生する問題であり、より適切な訳語に訳すためには、その部材の材料や形状及び機能をよく理解することが大事です。
また、問1は、技術内容的には難しくなかったと思いますが、原稿に前後のセンテンス間の関係が不明瞭な記載が一箇所あって、受験者の皆さんはどのように解釈して翻訳するか大変悩んだと思います。具体的には、請求項1における“所述内管(21)和所述外管(22)与其两端的环形的套管端盖(24)围成的热水腔围成的热水腔”ですが、その前のセンテンスとの関係が不明瞭な記載になっています。受験者からの答案には、“热水腔”を、“烧水加热套管”に含まれている一つの構成要素であると解釈して訳した答案や、“烧水加热套管”が有する空間であると解釈して訳した答案や、“…围成的热水腔”を“…围成热水腔”に修正して翻訳した答案など、幾つかの訳し方がありますしたが、原文の不明瞭さを考慮していずれも正解と判定しました。なお、参考解答は、“…围成的热水腔”を“…围成热水腔”に修正して翻訳したものになっています。特許翻訳の実務においては、原稿を修正して翻訳する場合、クライアントが確認できるように、必ず翻訳メモを作成し、翻訳文とともに提出してください。
【問2】
問2は、パルプと紙の製造工程で発生する汚染物の処理に関する問題であって、多少専門性の高い専門用語が多かったですが、特に難しい内容ではなかったと思います。問2で複数の受験者が減点されたのは“…废水污染物成分复杂,色度深,处理困难…”に対する翻訳で、「…廃水汚染物の成分は複雑で、色度が高く、処理が困難で…」のように訳した答案が多かったです。このように訳すと、“色度”の主体や“処理”の対象などが不明な表現になります。適切な訳文は「…廃水汚染物は、成分が複雑で、色度が高く、処理が困難で…」です。また、中国語の“一级”と“二级”をそのまま「一級」と「二級」に訳した答案がありますが、ここでは、「一次」と「二次」に訳すのが正しいです。また、専門用語の“物化处理”を「物理学的処理」に訳し、“生化处理”を「生物学的処理」に訳した答案がありますが、“物化”は“物理化学”の略語で、“生化”は“生物化学”の略語ですので、“物化处理”は「物理化学的処理」、“生化处理”は「生物化学的処理」に訳すのが正しいです。
【問3】
問3は、特許明細書の「実施の形態」の部分を翻訳する問題であって、電気の技術分野で良く見られるフィードバック処理のフローを記述する内容でした。まず、中国と日本の両方の明細書に詳しい方にとって、中国語原文の“结合本申请实施例中的附图”は中国特許明細書において決まり文句のようなものであり、日本語特許明細書における決まり文句「本出願の実施例における図面を参照しながら」に対応していることは明らかであります。ただし、このことを知らないと中国語原文の“结合”を「とともに」、「組み合わせながら」、「に合わせて」等いろんな訳し方をしてしまいます。採点の際に、意味さえ合っていれば、完全に誤訳とはせずになるべく減点しないようにしましたが、ここの“结合”を、直訳ではない用語「参照」に翻訳できるのが理想的です。それから、一点難しいようだったのは「ステップ100」についての説明の部分です。ここでは、「執行機構の動作の変化が予め設定された動作閾値よりも大きくなる度に」、一回だけ「執行機構の動作電流を記録し」、このようなことを「予め設定された回数分」だけ繰り返すという意味が分かるように訳す必要があります。
第35回 知的財産翻訳検定 ドイツ語 講評
【問1】
ドイツは二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目標にしており、風力発電や太陽光発電などから得られる再生可能なエネルギ(erneuerbar. Energie)の利用を増やしています。しかし、発電量や電力需要は一日の時間帯によって変動するので、電力供給の過不足が生じる場合があり、その場合、何らかの手段を用いて過不足を補償しなければなりません。特に太陽光の多い時間帯や強風の時間帯では再生可能エネルギ量が増大し、状況によっては電力の供給が需要を上回る電力過剰供給(Überangebot an Strom)の事態が発生します。そのような場合は、制御可能な発電所において出力を絞ったり、エネルギ貯蔵技術を用いて余剰電力を貯蔵することが必要となります。
現在考えられている手段の一つは、風力発電などで発生した余剰電力を利用して、水を電気分解することにより水素を製造することです。余剰電力を水素に変えてしまえば、タンクなどで貯蔵することができるからです。
そして、この電気分解により得られた水素(グリーン水素)はさらにメタノールの製造のために利用されます。すなわち、グリーン水素を、工業的なプロセスにおいて生じた二酸化炭素と反応させて(mit etwas3 umsetzen)メタノールを生成させるのです(環境循環型メタノール)。工業プロセスにおいて発生する二酸化炭素は、地球温暖化(global. Klimaerwärmung)を助成する温室効果ガス(Treibhausgas)なので、現在では種々の工業プロセスを、できるだけ気候中立(klimaneutral)に、つまりできるだけ二酸化炭素排出量ゼロで運転することが求められています。したがって、余剰電力を利用して水素を製造し、この水素を、工業プロセスにおいて発生する二酸化炭素と反応させて有価物であるメタノールを製造することは、温暖化防止の要求にも応えられることになります。このようなプロセスは、「Power to Gas」と呼ばれ、日頃から関心を持って新聞やネットの記事などをチェックしていれば、なんとなく目にするトピックであるかと思います。こういった日頃のリサーチも特許翻訳者として必要なルーティンワークと云えるかもしれません。
さて、この場合に問題となるのが、平衡転化率(Gleichgewichtsumsatz)です。原料として二酸化炭素と水素を使用すると、合成ガスを使用した場合に比べて転化率が大きく低下してしまうのです。そこで、考えられたのが、反応しなかった未反応の二酸化炭素と未反応の水素とを反応器に戻して再循環させ、これにより転化率を向上させることです。しかし、一旦戻された未反応のガスは膨張しているので再圧縮しなければならないため、コンプレッサのエネルギ必要量が増大するという問題が生じます。
そこで、本発明の課題は、転化率を高めると同時にエネルギ効率が良くなるような方法および装置を提供することです。
問1の問題文は比較的長いですが、重複する単語が多く、また上記バックグラウンドをしっかりと把握できれば、ドイツ語文自体はそれほど難解ではないので、比較的スムーズに訳し降りられるのではないでしょうか。
【問2】
図面を参考にして実施形態を読み解く問題で、技術内容の理解度が問われるドイツ語文章です。今回は、SCR触媒を用いた排ガス後処理に関するものです。
SCR(選択触媒還元)触媒を用いると、窒素酸化物濃度を低下させることができます。このためには、一般に排ガス中に還元剤として尿素水溶液を噴射し、高温下にアンモニアを形成します。このアンモニアは、下流に配置されたSCR触媒において、排ガス中に含まれている窒素酸化物NOxと反応し、窒素と水とを生成する(還元)ので、NOxを無害化することができます。まずはこのような背景技術を十分に認識しましょう。
ここでは、コールドスタート時の内燃機関の排ガス後処理システムの効率を向上させるという課題が課せられています。
本実施例では、排ガス流が、図示の流路を介して2回変向されます(zweimal umgelenkt)。第1の変向は、変向装置3を介して行われ、コンポーネント2を通過してきた排ガスが、第1の環状室4内に導入されて、コンポーネント2もしくは排ガス管1の外側の傍らを通って案内されます(vorbeigeführt)。このときに排ガスはコンポーネント2に熱を引き渡します。
このように、排ガスは、加熱されるべきコンポーネント2(SCR触媒)の内部を通って案内されるだけでなく、再度コンポーネント2の外側の傍らを通って案内されるので、内燃機関のコールドスタート時にコンポーネント2は、より迅速に加熱されるようになります。これにより、コールドスタート時の内燃機関の排ガス後処理システムの効率が改善されます。また、恐らく、これによりコンポーネント2が、より迅速に作動温度にもたらされるようになるので、たとえばCO2を発生させる付加的な加熱装置を使用しなくて済むようになると推測されます。
まずは、上で説明したような排ガスの流れをきちんと理解できるかどうかがポイントとなります。図面と矛盾していないかどうか、内容的に理屈が合っているかどうか等をしっかりと確認しながら翻訳を進めることが肝要です。
「変向」(umlenken)を「偏向」と訳したケースが散見されましたが、これは主として電子ビームなどの軌道を変えるときに用いる用語です。ここではたんに「向きを変える」=「変向」でよろしいかと思います。
【問3】
特許請求の範囲に関する問題です。まずは特許翻訳者として、特許請求の範囲の基本的な書き方をきちんと認識していることが求められます。
今回は、いわゆる「X-by-Wire」技術に関するものです。アクセル、ブレーキ、ステアリング等の運転者の操作を電気信号に置き換えて自動車を走行させることができます。この場合は「ステアバイワイヤ」なので、運転者のステアリング操作を電気信号に置き換えて操舵します。
問題文の特許請求の範囲は、ステアバイワイヤ式の操舵システムに用いられる調節可能なステアリングコラム(10)に関するものです。「調節可能」とは、たとえばステアリングコラムを走行時の使用位置から格納位置へ移動させたり、ステアリングコラムボディの垂直方向位置を調節(チルト)することです。
ステアリングコラム(10)は、回転可能なステアリングシャフト(14)を支持するためのステアリングコラムボディ(12)と、このステアリングコラムボディ(12)を保持するためのステアリングコンソール(18)とを有しています。この場合、ステアリングコラム(10)は、第1の調節装置(20)と第2の調節装置(22)とを有し、第1の調節装置(20)は、たとえばステアリングコラムを走行時の使用位置から格納位置へ移動させるために、ステアリングコンソール(18)に対して相対的にステアリングコラムボディ(12)を軸方向に調節するために用いられ、第2の調節装置(22)は、たとえばステアリングコラムボディの垂直方向調節(チルト)のためにステアリングコンソール(18)に対して相対的にステアリングコラムボディ(12)を垂直方向に調節するために用いられます。
大きな特徴は、第1の調節装置(20)がラック伝動装置(26)を有し、このラック伝動装置(26)は、第1のラック駆動ユニット(28,128)の回転数(ω)を一定に維持したままで(bei konstanter Drehzahl)、ステアリングコラム(10)を、第1の調節領域(B1)内では第1の速度(V1)で調節し、かつ第2の調節領域(B2)内では、第1の速度(V1)とは異なる第2の速度(V2)で調節するように形成されていることです。
「Drehzahl」(回転数)ですが、DeepLにかけると、何故か「速度」という訳になってしまいますが、しかし決して「回転数」(Drehzahl)=「速度」(Geschwindigkeit)ではありません。特にこの場合には、駆動装置(モータ)の回転数を一定に維持したまま、調節領域ごとに調節速度を変えることができるようになっているので、「Drehzahl」を「速度」と訳すと構成が極めて不明りょうになり、完全な誤訳とみなされます。
クレームにおけるこのような誤訳は権利範囲を損ねる致命傷になりかねません。当たり前ですが、特許翻訳者であれば、十分に技術内容の裏付けを取って訳すよう心がけましょう。
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