1級/知財法務実務
第36回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
【問1】
特別な前提知識なしに利用することができるChatGPT等の対話型AIがテレビのニュースやワイドショーで取り上げられるほどの社会現象を巻き起こしています。ChatGPTにしても、ハルシネーション等の問題もあるため、相当注意して付き合う必要がありますが、知財分野においても今後なんらかの形で利用されるようになるのは不可避であるように思われます。このような状況に先んじて、日本特許庁(JPO)ではAI利用発明を適切に保護していくことを鮮明にしていました。AI利用発明はコンピュータ利用発明でもありますが、JPOはIP5の他の特許庁と比較しても、積極的にその保護に取り組んできています。コンピュータプログラムが物の発明として保護されることを法定しているのを見てもそのスタンスは明らかです。本問では、このような状況を踏まえ、外国ユーザに対して日本におけるAI利用発明の保護のあり方について説明する場面を想定しました。
次に、採点結果について、いくつか気がついた点を述べていきます。
<翻訳の抜けについて>
機械翻訳は有用なツールですが、原文の一部が翻訳されずに脱落する翻訳の抜け、原文に記載のない事項が翻訳文として出現する沸きだしといったやっかいな現象が知られています。今回の採点中でも機械翻訳に起因するかは不明ですが、原文の一部の翻訳が抜けている事例が見られました。原文が適正に翻訳されているか、注意してチェックしていただくことが望まれます。
<知財翻訳特有の用語、言い回しについて>
知財翻訳、特許翻訳と言われるジャンルでは、当然のことながらジャンル特有の対訳語、対訳表現が多く存在します。例えば今回の問題では、特許出願明細書の一部である「発明の詳細な説明」の用語です。翻訳としては例えば"detailed explanation of the invention"として間違いではありませんが、知財翻訳としてはexplanationでなくdescriptionを用いるのが普通です。このような和英対訳語、対訳表現として公式的なリストは特にありませんが、特許法等の関連法令の英語版、若干資料としては古いですが特許庁技術懇話会編「特許実務用語和英辞典(第2版-平成15年改訂)」(日刊工業新聞社刊)等の参考資料がありますので、翻訳に際して確認するようにしてください。
<技術用語について>
今回の問題では、AIに関連する技術用語がいくつか登場します。これらについて、定番として使用される対訳語とは異なる訳語を採用されている例が見受けられました。例えば「教師データ」であれば、一般的に"training data"といった対訳語が用いられる、といった具合です。このような訳語について通常使用されないような、例えば直訳的訳語を使用されますと、全体として問題のない翻訳が提供されたとしても発注サイドに不安を与えるようなことにもつながり得ることですのでご留意ください。
<英語構文の解読について>
AI利用発明に関する明細書の記載要件について、特許異議申立手続において発せられた取消通知の記載から引用して設問に取り入れました。すなわち、「本件特許に係る出願の発明の詳細な説明は、「運動プログラムの識別情報を出力するモデル」である「学習済みモデル」の「機械学習」として、(中略)機械学習を行うことについて、当業者が実施するために必要な技術的事項を記載したものでない」の部分ですが、これについて、何が記載されていないために実施可能性がないと判断されたのか、構文解析が十分でないものが散見されました。一文を複数の文に分けて読みやすくするといった操作は翻訳として問題ありませんので、字面に惑わされずに係り受け等の解析を行っていただければと思います。
今後もトレンドを意識しつつ知財法務実務に関する翻訳力を図るのに好適な出題を心がけて行きたいと考えています。引き続き腕試しをしていただければうれしく思います。
【問2】
「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、NFTやスマートコントラクトなどの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「原文咀嚼」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。
<各小問共通の点として>
・過去から繰り返し強調しているとおり、「定義語」については定義語として訳出しなければなりません。定義語であるにもかかわらず、通常語と区別不能な形態で訳出すると、当該語については、定義を適用せず、通常語として解釈すべきなのか曖昧になります。法律文書としての契約の解釈を大きく変貌させるものであり、法律文書の翻訳文として不適切です。和英翻訳の場合、定義語は、先頭大文字で記載されますから、見た目上も明確に区別され、意味合いの違いがよりクリティカルになりますので注意が必要です。
・複数の文節からなる文章の英訳に際して(例えば、第1.1項の「いかなる利用許諾権を売買の対象とするかについては(文節1)、本運営会社の定める手順にしたがって(文節2)、本顧客が本運営会社の提供する選択肢の中から選択する(文節3)」)、日本語の文節の順序のとおりに英訳してよいのか、文節間の修飾関係をしっかり検討しましょう。この例で言えば、文節2は文節3の「選択する」に係っているので、文節1→文節3→文節2の順序に置き換えた方が日本語のニュアンスをより正確に反映できるのではないでしょうか。
・本問では「売買」の語が多数登場しますが、これを「sales and purchases」としても誤りではないでしょう。しかしながら、「売」も「買」も売主から見ているのか買主から見ているのかの視点の違いのみで、いずれも取引行為を指すまでです。Sales and purchasesはくどいともいえるので、例えばtransactionに置き換えてしまうとか、あるいはsalesかpurchasesのいずれか一方のみを書くなどの工夫をしてもよいように思います。
<各小問個別の点として>
・第1.1項について、「非独占許諾権」の訳語に苦慮したと思しき解答がありましたが、「許諾権」とはすなわち「所定の利用を許すこと」に過ぎませんので、シンプルに「non-exclusive license」としてよいように思われます。字面にしたがって「non-exclusive right to license」とすると、「許諾をするための非独占的権利」と読めてしまい、サブライセンスを行うための非独占権のごとく読めてしまいます。
・また第1.1項には、「売買の対象」という用語が出てきますが、「対象」を杓子定規に訳出する必要があるのか今一度再考すべきでしょう。「対象」とは、要は売買の目的物のことを言うまでで、そうであれば「売買の対象とすることはできない」は単に「売買できない」と読み替えてよいのではないでしょうか。
・第1.4項の「本顧客は、流通利益を受けることができ、かかる流通利益も本作品の売買代金同様、認定ブロックチェーン、認定ウォレットサービス及び認定スマートコントラクトを通じて本顧客に対して分配される」について、まず問2全体から本作品の流通路として、本顧客→購入者→ユーザーという流れで本作品が転々と売買される場合を意味していることに気が付くことが第1歩となります。第1.4項では、売買自体は、購入者→ユーザーにおいてなされていますが、なぜか売買に関与しない本顧客に「流通利益」なるものが分配されることが記載されます。NFT特有の仕組みであり、現物の絵画売買では見られない仕組みですので、原文を丁寧に読むことが肝要です。
最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも原文咀嚼(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。
問題(知財法務実務)PDF形式
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1級/電気・電子工学
第36回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
【総論】
全体としては受験者の皆さんの答案は高レベルで、多くの方は合格まであと一歩というところでした。細かい文言の訳落ち、不用意な訳語の選択、その他文法上のミスなどが積み重なったことで、僅かに合格に届かなかった答案が多かったようです。また、一文一文を訳落ちなく訳そうとする意識が強く、原文の全体の意味が正確に把握できていないがために訳語の選定等を誤った答案も少なくなかったようです。文章全体を読んでその文章の趣旨に従った訳出を心掛けることも大事ではないかと感じます。詳細は各答案のコメントに記載しておりますので、復習の上、試験に再挑戦いただければと存じます。
【各論】
(1)問1
問1は、建設分野で利用される3Dプリンタ及び積層造形技術に関する問題でした。3Dプリンタは既に周知ですが、建設分野用の3Dプリンタということでやや特殊性があり、その点を加味した文章読解と訳語の選定が求められます。また、原文は、内容としては明確ではありますが、主語がいずれであるのか不明確であったり、修飾関係が不明確であったりするので、訳出では、原文の意味を忠実に守りつつ、英語として読みやすい訳出を行う必要があります。
長い文章の訳出において、細かい文言の訳落ちや、文法上のミス(単複、三単現、冠詞、修飾関係の誤りなど)が出る傾向があるように思います。長い原文は、いったん短文化して訳出してみたり、文章の論理構造を分析した後に訳してみたりすると、こうしたミスを少なくすることができると思います。
訳語の選定の誤りにおいては、文章全体の意味を考えれば正しい訳語を選択できたところ、その文章のみを見て機械的に訳語を当てはめてしまったと思えた答案も散見されました。例えば「自立性」を「independence」と訳した答案が幾つかありましたが、これは文章全体からして明らかに誤りです。おそらくは、単純に和英辞典などで出た訳語をそのまま当てはめてしまったのでしょう。しかし、ここでの「自立性」は、「独立」のような意味ではなく、それ自体で支持等がなくても崩壊せず、垂直方向に立ち上がるように延びることを意味しています。また、「吐出後直ちに自立」の「直ちに」を落としていた答案が多かったです。一見、小さい訳漏れのように思いますが、原文全体の技術内容からすると、「直ちに」は重要な文言であると思います。原文の意味が忠実に再現されているか否かを確認するよう努めて下さい。
(2)問2
問2は、給電システムの発明に関する実施例の記載に関する問題です。全体的に文章が長く、入れ子構造になっているため、読解が難しいですが、添付の図面を見ればその意味は理解できるものであると思います。図面も参照しつつ、原文及び図面の意味が反映されるように訳出をすることが求められます。
「フルブリッジ回路」、「逆導通型パワー半導体スイッチ」、「MOSFET又はIGBT」、「インバータレッグ」の大小関係が分かりにくくかったかと思います。特に、半導体技術に明るくない受験生にとっては分かりづらかったかもしれません。「フルブリッジ回路」や「MOSFETやIGBT」などについては、技術用語辞典等で容易に調べることができ、その意味が分かれば、技術知識が乏しくても正しい訳出は可能であると思われます。英訳に当たっては、そのような技術知識も利用しつつ(知識がなければ、それを調べつつ)訳出することが大事です。
なお、本問は、同じ構成要素が複数個存在することから、単語の訳出でも複数形を用いる必要があります。しかしその際、単複関係を正しく表現する必要があります。each, respectivelyなどの使い方に注意して、正しい訳出ができるよう心掛けて下さい。
(3)問3
問3は、携帯端末の位置推定システムに関する問題です。構成要素間の関係は明確であり、比較的取り組み易い問題であろうと思いますが、複数形を用いる部分が多く、単複関係を明確にしながら原文を忠実に訳すことは必ずしも簡単ではないように思います。また、訳出の語順に関し若干の工夫をしないと、構成要素間の関係が不明確になってしまう部分もあるように思われました。「第1/第2ベクトル」、「複数の位置」などに関し、単複の処理が不適切と思われる答案が散見されました。請求項3の「組」についても同様です。各構成要素の関係を図示しながら訳すなどすることにより、誤りを防ぐことができると思います。
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1級/機械工学
第36回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
今回の試験は、日常的に使う機会が少ない用語が多めで、効率よく正確な訳語を探し当てる能力も問われた内容となりました。各課題をクリアして合格された方もおられますが、満点に近い方はおらず、ギリギリのところで踏みとどまった方がほとんどでした。一方で、難しい用語をクリアしながら、簡単な確認を怠ったと思われるミスで合格ラインを割ってしまった方もおり、もったいない限りです。
【問1】
「流動焙焼炉」(fluidized roaster)という、昔からあるものの馴染みのない技術に関するものでした。主題の用語に関してはほぼ全員できていましたが、より足元のところで取りこぼしが多く見られました。
特に訳語選定ミスが多く見受けられたのが、「異形煉瓦」でした。これには実は正式な訳語はなく、「通常のレンガとは異なる形のレンガ」や「特殊な目的に合わせた形のレンガ」という意味が伝われば何でも良いのですが、molded brickという訳が目立ちました。調べてみると、建築用語のサイトも含めてネットのあちこちでmolded brickが見受けられました。それを見つけて、そのまま使ってしまったものと思われます。しかし、英語のサイトから逆に調べると、molded brickは単に「型押しレンガ」のことであることがわかります。確かに、異形レンガは型押しで作ることが多いのでしょうが、だからといって全ての型押しレンガが異形レンガではありません。
まさにこれが、現在 ChatGPT 問題で叫ばれている、「安直に信用するな」のポイントなのです。ターゲット言語でどのように使われているのか、という「ウラを取る」作業を必ず行わなければなりません。
またこの問では、むやみに長ったらしい原文を強引にひとつの英語の文章に訳した結果、掛け受けが不明瞭になったり、時系列のストーリーが曖昧になってしまっている答案も見受けられました。長い文をひとつの長い文章で訳すスキルよりは、複数の分に区切ってわかりやすく正確に訳すスキルの方が重宝されます。
【問2】
刃物の刃付けという、これもまた昔からある技術です。ベースに使う「基材」はbilletと訳しましたが、他にもblankやslabなどの呼び方もあり、base materialでもOKとしました。substrateはアウトです。
ここで訳語選定ミスや処理ミスが多かったのが「SK材」でした。「SK材」は何の略かというと、「スチール工具材」という日本語の略です。日本から一歩外に出ると、SK materialでは全く通用しません。「SK材」をネットで引いてみると、和製英語であることと、英名がcarbon tool steel であることが記載されたページがすぐに出てきます。SK materialと訳された方は、このような最も根本的な作業も行わなかったのでしょうか。あるいは、和製英語であると気付いたものの正しい訳語に行きつかなかったのかもしれません。そういう場合でも、「和製英語らしいが、正しい訳語がわからなかったためそのまま記載した」旨のメモを添えて答案を提出すれば、幾らかでも損害を減らせる可能性はあります。
ちなみに、「和製英語」とは言っても、「英語」とつく以上は英語圏で通用しなければならないわけで、英語圏で通用しないものは「和製英語」ではなく単なる日本語でしょう。本当の和製英語の良い例は、animeやcosplayのように世界中で理解される言葉です。
他にも、日本国内でしか通用しない表記がさまざまあります。ステンレスの略として「SUS」というのをよく見かけますが、SUSはJIS独自の表記で、一歩日本から外に出たら通用せず、出願地向けに変更する必要があります。例えば、SUS304は北米であればS30400です。ネットに対応表もありますので活用すると良いでしょう。
この他にも不正確な訳語が目立った用語がもうひとつありましたが、これはネットに誤った情報が氾濫しているため、減点の対象にしませんでした。それは、「両刃」(りょうば)です。ほとんどの方がこれをdoubled-edgedと略されていますが、正しくはdouble bevelです。Doubled-edgedは、ダガーナイフのように刀身の両側に切刃が形成されている、「諸刃」(もろは)です。Double bevelは、刃の断面が「V」の字のようになっている刃付の仕方です(刃の断面が「レ」の字のようになっているのは「片刃」です)。しかし、日本の老舗の和包丁工房のサイトもdouble-edgedと紹介している状況で、むしろ欧米の和包丁のサイトの方が正確な表現を使っていたりします。
【問3】
問3は、月位置および月齢表示機構を備えた時計を対象とするクレーム翻訳です。本問題では、問題文中に「パリルートの米国出願用の翻訳文として英訳して下さい。」との注記を入れました。図には実施例として「腕時計」が開示されています。
(1)発明の対象
発明の対象は、リュウズ11(図1参照)を発明の構成要素に含むので、実施例として権利範囲に「腕時計」が含まれることが前提となります。一方、日本語の「時計」には置時計と腕時計が含まれますが、英語の「clock」は、置時計を意味し、「腕時計」が含まれません。しかしながら、「時計」を安易に「clock」と訳す答案が目立ちました。
したがいまして、「timepiece」、「horologe」、「chronometer」及び「watch」のいずれかが妥当な選択肢となり、「clock」は不適切です。発明の対象の訳語の選択は、非常に重要ですので、英英辞典やGoogleの画像検索等で確認することをお勧めいたします。
(2)クレームの特徴
本クレームは、いわゆる流し書きで記載されています。流し書きは、日本の特許庁では特に問題なく審査されますが、米国その他の外国では、発明の階層構造(各構成要素の親子関係)が明確でないと記載不備と認定されがちです。
発明の階層構造の明確化には、発明の対象の技術的な理解が必要です。発明の対象の技術的な理解は、発明の階層構造を明らかにし、分かりやすい英訳を行う第1歩となります。
このように特許翻訳は、日本語の文字情報に基づき、図面を参照し、自らの技術的な知識を背景に発明の対象である技術内容を「時間」と「空間」で特定される人間の認識空間内に再現し、それを英語で再現する作業です。
したがいまして、流し書きクレームの翻訳は、発明の認識力を顕在化させて確認するための練習用としても利用可能です。このような能力は、ポストエディットで翻訳する際にも重要な能力であり、機械翻訳に騙されないようにするために磨く必要があります。
(3)所感
多くの受験者は、技術内容をよく理解し、発明の階層構造の明確化の観点において良くできていました。一方、発明の対象の訳語選択は、出来ていない人が目立ちました。発明の対象の訳語は、選択ミスが大きな事故につながりますので、未経験の発明については英英辞典等で確認する癖をつけるようにすることをお勧めいたします。本件では、「clock」と訳すと、実質的に空虚な権利範囲となり得ます。
このように、全体的には設問レベルが高かったのにも関わらず、合格者の割合が高目でした。しかも、安易な訳語選定や確認不足でギリギリ合格を逃した方も数名おり、実際の実力としては数字以上に高いと思われ、着実に全体の実力の底上げが進んでいると感じられました。
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1級/化 学
第36回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
人工知能や機械翻訳は、最近更なる進展が注目されていますが、玉石混交なデータを基にしています。これらを利用して入手したデータは、詳細にチェックし、その是非を「自分の頭で考えて判断する」必要があります。そのためには、発明の技術理解と英語の基礎力が欠かせません。また、機械翻訳等は、1の同じ用語を数か所で使用していると、その場その場で参考にする文章が違うので、違う訳語を使った文章を出してきます。訳語統一の確認は必須です。
一般に、日本企業が得意な技術分野での英訳は、参考英文は英語を母国語とする人たちの文章ではないことが通常です。このような場合は、練れた英文を追求して時間を費やすよりも、発明の技術内容を正確に理解し、適切な用語を使用して文法的に正しく疑義の生じない英文を作成しましょう。
【問1】
電場に関する用語として「electrostatic potential」も存在しますが、技術的に電位と電圧は区別されていますし、英語WikiのElectric potentialにもNot to be confused with voltage.と書いてありますので、potentialとvoltageは区別したほうが良いでしょう。whenの後に主語を省略して~ingを続ける構文が認められるのは、省略される主語が直前の文の主語と同一の場合です。主語が違う場合はwhen節中に主語と動詞を使って文章が成り立つようにしましょう。個人的にorientationはdamagedよりdisorderedの方がしっくりくるように思えます。「貼合された」は、光学用フィルム上に表面保護フィルムが積層された状態を表していますので、強固に結合するニュアンスのbondは少し違和感があります。
【問2】
本問は、人工知能(AI)技術を活用したマテリアルズインフォマティクスと呼ばれる分野の技術を題材としました。文章自体は、割と平易で、複雑なものではなかったため、ほとんどの方が問題の無い訳文を書かれていました。「組織」や「特徴量」といった独特な用語を正しく理解し、適切な訳語を選択できるかがポイントとなりました。
本問ではあまり影響はありませんが「磁性相の結晶構造や組成」に関して、文章後段には「結晶構造および組成のような「組織」とありますので、「や」はorではなくand/orが適切と思われます。
【問3】
「口径10μmのメンブレンフィルター」の10μmは、フィルタの孔の直径(孔径)であって、フィルタ自体の直径サイズではないでしょうからそのように訳してください。面積の単位なのでmm2の2は上付きにして、コメントで指摘することも考えられます。「S社製」は「製」なのでmanufactured by S company(Corporation、LTd.等)の方が、経由を表すderived (available) fromの「from S company」より正確でしょう。なお、翻訳実務では日本語表記された会社の英語名を調査して記載しています。「間欠特性」は直訳だとintermittent property等ですが、意味が分かりにくいのでejectionやjetting等を挿入すると正確になります。Intermittencyだと、少し意味が足りないような気もしますが減点はしませんでした。プリンタドライバは、パソコンがプリンタを動かすためのソフトウェアですので、「プリンタードライバーを用いて、」は、文章全体に係ると思われます。該当文を分割する場合は、意味が不適切になることがあります。当技術分野特有の言い回し「ノズル抜け」は、「器具であるノズルが台から抜けてしまう不具合はまず起きないだろう」と予測して、"ノズル抜け とは"でネット検索すると、日本語で用語の説明が簡単にヒットします。用語の意味が分かった上で、"ノズル抜け インクジェット 英語"で検索するとmisfiring等がヒットし、英文を検索すると"inkjet nozzle failure"等がヒットします。
【問4】
クレームには発明に必須の構成要素を記載しますので、その理解には注意が必要です。同じ種類の同じ概念レベルは同じように扱うのが原則です。請求項1では、「カルボキシル基含有ポリ(メタ)アクリルアミド(CA)」と「エステル基含有ポリ(メタ)アクリルアミド(EA)」が「及び/又は」で結ばれていて、高分子化合物に含まれています。「該カルボキシル基」の「該」はその前に出てきているものを指しますので、「カルボキシル基含有ポリ(メタ)アクリルアミド(CA)のカルボキシル基」を示します。(EA)のエステル結合(-CO-O-)は、(CA)のカルボキシル基(-CO-OH)とシクロデキストリンの水酸基(-OH)が脱水縮合して形成される形です。シクロデキストリンにはカルボキシル基は含まれていません。文言「該」並びに「及び/又は」を重視しない解答が目立ちました。請求項8、10及び16は、英文クレーム記載形式に当てはめて、初出の構成要素はなにか、記載の順番にも注意して作成してください。発明技術がよく理解できていない時は、構成要件の記載の順番はあまり変えないで「請求項〇に記載の・・・(を・・・した・・・)であって、〜〜」の形で訳す方が良いでしょう。請求項8「脱媒質」なので媒質が脱離して、高分子化合物と生体機能物質が残ります。請求項10の構成要素の関係がどのようになっているのかは、請求項16その他の記載を参考にしましょう。請求項16に関して、方法発明は原則として時間も要素ですのでステップ(工程)の順序が重要です。英語で表現しやすいからと、記載の順番をむやみに変えることは避けましょう。「被覆」、「浸漬」、「測定」は同じレベルの工程ですので、そのように訳してください。方法発明の一例は、comprising steps of ~ing・・・, ~ing・・・, and ~ing・・・です。米国実務を考えると、クレーム英文では「characterized in」ではなくwhereinを使うのが無難なようです。請求項16の従属先請求項番号に言及した翻訳者注記には加点しました。
本問は、高分子ポリマーとシクロデキストリンを構成要素に含むバイオセンサーの発明を題材として取り上げました。請求項1は「基質感応膜素材」の物質クレーム、請求項8は請求項1の従属クレーム、請求項10は「バイオセンサー」の物質クレーム、請求項16は「基質濃度測定方法」の方法クレームと、それぞれ形式の異なる請求項を選びました。まず、請求項1は、各構成成分の塊をどのように捉えるか、係り受けをどのように判断するか、難しい記述となっていました。明細書全体の記載から判断すると、@カルボキシル基含有ポリ(メタ)アクリルアミドと、Aエステル基含有ポリ(メタ)アクリルアミドの両方またはいずれかを含む高分子化合物、と理解するのが妥当と思われますが、請求項1の記載のみからは、カルボキシル基含有ポリ(メタ)アクリルアミドを一部に含むエステル基含有ポリ(メタ)アクリルアミドを含む高分子化合物とも理解可能であるため、どちらの解釈に基づく訳であっても可としました。請求項8と10は、どちらもモノのクレームであるにもかかわらず、製造プロセスによって構造を規定しており、非常に訳出しづらい記述となっています。これらを上手く訳せる方は、相当レベルの高い翻訳者と言えると思います。最後の請求項16は、方法のクレームですので、記載をうまくステップ毎に分解して、明確に訳せると良いでしょう。なお、原文には「・・・ことを特徴とする」と記述されてはいますが、英訳の際には「characterized in that ...」といった訳出は不要です。独立項の場合は「comprising」などの移行句で繋ぎ、従属項の場合は「wherein」などで繋ぐのが一般的です。
最後になりますが、文章形式が整っていない翻訳文は、それだけで品質に疑いをもたれてしまいます。今回気になった守るべきルールは、(1)ピリオド(.)、コンマ(,)、コロン(:)、セミコロン(;)等の直前にスペースは入れない、(2)単位表記の前にスペースをひとつ入れる(数字と単位をスペース無しに続けて表記しない、例外は「%」「°」)、(3)「℃」(明朝体、全角)は、英字フォント半角(Century, Times New Roman等一般的なもの)で「°」+「C」で表示する、(4)「μ」(明朝体、全角)は、英字フォント半角で「μ」で表示する、等です。全角文字はスペースであっても使えません。タブを使えない場合の文頭のスペースの数は、昔は4~5個でしたが、今は2個が一般的なようです。クオーテーションマーク("")の後ろにピリオド又はコンマを置きたい場合、アメリカ英語では一般的に「"」の内側、イギリス英語では一般的に外側だそうですので、文章全体で統一すればよいと思います。なお、英日翻訳の場合は、日本特許庁へ提出するJISテキストにした場合に文字化けしてしまう文字、例えば「改行をしないハイフン」「改行をしないスペース」が入らないように気を付けましょう。
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1級/バイオテクノロジー
第36回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評
【総評】
今回、受験者数が少ないのもあって、基本的な部分ですでに点数を落としてしまっていました。特許翻訳は、技術力や請求項の翻訳のような独自の英語力も必要ですが、まず、基本的な英語の力をつける必要があります。しかし、ここで基本的な英語の解説をしても仕方がないので、以下では、特許翻訳のヒントになる考え方をいくつか示します。
【問1】
「骨盤位での経腟分娩」では、「骨盤位」と「経腟」と「分娩」という3つの要素がありますが、答案はいずれも、直訳されていました。つまり、「での」を「において」と考え、in the pelvic positionまたはin the breech positionと訳されていましたが、pelvic positionにあるのは胎児で、vaginal deliveryするのは母親です。骨盤位は分娩に対し付帯状況の関係にあります。それを考えると、delivery in the pelvic positionでは意味が通らないことがわかります。一方、「骨盤位での分娩」は、breech deliveryと呼ばれます。実は、これで「骨盤位での経腟分娩」を意味します。なぜなら、帝王切開では、胎児の方向性が意味がないので、breech deliveryというのは、経腟分娩が前提になるからです。しかし、特許翻訳の場合、後の補正を考えると、日本語にある単語は英語でも残しておきたい。なぜなら、「経腟分娩」だけをクレームに入れたいときに、vaginalが無くなってしまうからです。さらに言うと、「経腟分娩」だけを補正で使うことがあるかどうか、も本来は考慮に入れる必要があります。明細書に書かれているのは「骨盤位」で限定した「経腟分娩」であって、上位概念の「経腟分娩」だけを取り出してくると、新規事項になる可能性があるからです。この部分だけでは、その可能性の是非を判断できないので、安全サイドでvaginalを残したい。それで、in the vaginal breech deliveryとすることになります。
【問4】
「抽出物を抽出する」という表現があります。単純に訳すとextract an extractになりますが、extractを述語として目的語を伴う他動詞で使うことは多くありません。しかも、extract the extractという場合、the extractは、既に存在する抽出物である場合が多く、新たに得られたものをいうことは少ないです。extract an extractという表現そのものが使われることはほとんどありません。しかし、その状況を表す英語表現はあるはずです。そこで、自然な英語を考え、prepare an extractなどの表現に至ってもらいたいと思います。
問題(バイオテクノロジー)PDF形式
参考解答訳(バイオテクノロジー)PDF形式
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