第37回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評



参考解答訳および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。)


 ※採点方法等につきましては、知的財産翻訳検定試験 採点要領 をご確認ください。


1級/知財法務実務


第37回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評


【問1】
<出題の狙い>
 ソフトウェアをコンピュータで実行することにより実現される発明、いわゆるコンピュータ利用発明(Computer-Implemented Invention, CII)の特許適格性(eligibility)については、例えば日本ではソフトウェアがハードウェアとしてのコンピュータと協働してクレーム発明を実現していることが明らかであれば一般に肯定されます。しかしながら、どのような発明が特許となり得るかは、条約による共通の基盤はあるものの、特許権を付与する各国での規定に依存します。この点、日本で特許性が認められるCIIが他のjurisdictionにおいても同様に扱われるとは限りません。したがって、ある発明について日本のみならず国際的な特許ポートフォリオを創成することをミッションとする特許実務家としては、このような国、地域ごとの特許要件の差異を意識しておくことが重要であると思います。今回の出題は、上記のような問題意識を踏まえて、アメリカでのCIIの特許性に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の判決(REALTIME DATA LLC, DBA IXO, v. ARRAY NETWORKS INC., NIMBUS DATA, INC., August 2, 2023)を取り上げました。この判決では、アメリカ特許法101条に規定される法定発明の解釈に関する2014年の連邦最高裁判所判決、いわゆるAlice判決の判示に基づいて、原告のCIIに関する特許権が無効であると判断しました。原告の特許発明はAlice判決により特許適格性がないとされたabstract ideaに属し、かつ当該発明をabstract ideaを超える技術的な発明に変異させるような事情も存在しないという理由によります。なお、問題の判決に関しては、判事の一人が、Alice判決以後の特許適格性の判断のあり方が、適切な知的財産保護によくない影響を与えているとして反対意見を述べていることが注目されます。

<答案の採点結果について>
 本問は、例えば求めに応じて参考のために判決文を翻訳する必要がある場面等を想定しています。したがって、原文の内容を過不足なく正確に翻訳することが第一義であることは確かですが、読みやすい日本語で表現することにも意を用いるようにするとよいと思います。
 例えば、"specification"、"claim"といった、特許の文脈で頻出し、対応する定訳が確立されている用語は、一般的な辞書の訳語に頼らず当該定訳語を用いるようにしてください。
 また、例えば"amounts to no more than a restatement of the assertion that the desired results are an advance", "[A] claimed invention’s use of the ineligible concept to which it is directed cannot supply the inventive concept’ required to cross the line into eligibility."といった文の構造解析に手こずっておられる答案も見受けられました。"restatement"、"cross the line into eligibility"といった語句について確認されることをお勧めします。
 読みやすい日本語という観点からは、例えば”provide”の語について「供給する、提供する」といった画一的な訳語に留まることなく、文脈に応じて「もたらす」等のより自然に聞こえる訳語を充てるといった工夫をしていただきたいと思います。
 なお、本問の作成中に、問題文の終わりから2番目の文("Realtime also argues…the inventive concept. ")が、英文としては不完全であると推測されるという問題が発見されました。しかし、このような原文の誤りは実務上まま遭遇しますし、該当の文の文意は明確であると考えられたため、そのまま出題しました。この点、受検者の方の訳文はそつなくまとめられていて採点上も問題は生じませんでした。

<まとめ>
 採点を通じて多くの解答が高い英文読解レベルを示していたと思います。残念ながら今回合格とならなかった方も、再度チャレンジしていただければ幸いに思います。引き続き知的財産翻訳検定1級にふさわしい出題を心がけていきたく考えております。


【問2】
 「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
 上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、アニメ作品取引などの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「原文咀嚼」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。


<各小問共通の点として>
・過去から繰り返し強調しているとおり、「定義語」については定義語として訳出しなければなりません。定義語であるにもかかわらず、通常語と区別不能な形態で訳出すると、当該語については、定義を適用せず、通常語として解釈すべきなのか曖昧になります。法律文書としての契約の解釈を大きく変貌させるものであり、法律文書の翻訳文として不適切です。英和翻訳の場合、定義語は、「本件」や「本」などの冠をつけて見た目上も明確に区別するよう注意が必要です。
 本問において特に注意すべきは、「Animation Film」と「Quarter」です。前者について単に「アニメーションフィルム」と訳出した場合、もし小文字の「animation film」が登場したら、どのように訳し分けをするつもりだったのか?と思います(よって大文字の方を本件アニメーションフィルムと訳すべきだろうと思います。)。Quarterについても同様で、単に「四半期」と訳してしまうと、一般的な四半期(4月~翌3月の会計年度を前提とした各四半期)とどのように区別するのか?が問題となりますし、Quarterと定義される以上、契約の文脈では会計年度1月~12月を前提とした各四半期なのかもしれません。本件四半期や契約四半期などと定義語であることが分かるように訳し分けることが肝要です。

<各小問個別の点として>
・第1条は、定義の訳出を試す問題ですが、定義らしくない解答が散見されました。
 「定義らしくない」の1つの意味としては、「本件アニメーションフィルムとは」と始まっている一文については「~のものをいう」という具合に、名詞を指すものとして訳出しなければなりませんが、「~を意味し、・・・・・している」と勝手に文を区切り、名詞ではなく説明調に終わっている解答がありました。
 また、契約にいう定義とは、特に一文として記載される定義は、この定義語が成立する要件を定めるものであり、辞書のように用語の意味を説明するものではありませんから、各要件が成立してはじめて定義語が成立するように読めなければなりません。「本件アニメーションフィルム」を例に取ると、その成立要件としては、(1)約30分尺の15話から構成されるテレビアニメシリーズであること、(2)現行XYZシーズン1と題されていること、(3)ライセンサーによって完全に所有され管理されていること、の3つが求められているわけですから、この3つが揃って初めて本件アニメーションフィルムが成立し、これらのいずれかでも満たさないものは単なるアニメーションフィルムであって、本件アニメーションフィルムではないと読めるようにする必要があります。

・第5条は、対価の算出方法の訳出を試す問題ですが、「Time shall be of essence」の訳出に苦労したと思しき解答が散見されました。Time shall be of essenceをウェブ検索すると、その解説をするサイトを複数見つけることができ、ここでいうTimeとは支払期限のことをいうところ、この一文がなければ支払期限を徒過しても重大な契約違反に問うことができない一方、この一文を入れることで支払期限の徒過が重大な契約違反になることを明示できることに意味があることが分かります。とすると、単に「支払期限を遵守するものとする」としても重大な契約違反の意味合いは出てこないので、「支払期限の遵守は重要事項とする」程度にまで落とし込む必要があるように思います。知識として知らなくとも、ウェブ検索にて大意を捉えることができるものですので、分からないものはウェブ検索して調べて訳出するよう心掛けたいものです。

・第5条(1)には、「no refund or offset or debit against any money payable by Licensee」とあり、refund、offset、debitと似たような単語が羅列されるところ、英文契約においては似たような単語が列挙されることが多くあり訳出に苦労するものと思われます。この手の列挙の対処法としては、単語の意味合いとして日本語として大差ないものについては英文では複数語でも日本語では1語で訳すことも手ですが、ここでは、refundの後にorがあることから、refundとoffset/debitはグループが違うことを意識すべきだろうと思います。Refundについては返金の訳語をあてて、offset/debitを合わせて単に「相殺」としてしまってもよいようにも思いますし、解答例ではoffsetは相殺、debitは控除という具合に同様の意味を持つ別語として試訳しています。なおdebitとは、会計用語にて「借方に記帳する」という意味ですが、要はLicensor視点でいえば、収入と認識するのではなく、払うべきものと認識すべしという意味で、返金や相殺と同様、Licenseeに対して戻すべきものを意味しています。


 最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも原文咀嚼(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。  
 


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1級/電気・電子工学

第37回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


【総論】
 多くの答案は、原文の意味を理解し、把握された意味合いを正確に日本語化するよう努めていることが感じられ、よく勉強されているという印象を受けるものでした。ただし、一部において字面を追ってしまって、文脈とは異なる訳出をしてしまっている答案も散見されました。結果として合格となった答案は少数でした。
 正確な訳出のためには、まずは英文を正確に読解する能力が必要であることは言うまでもありません。英文の読解のためには、英文法の基本的な知識は勿論ですが、正確で豊富な技術知識も必要です。そして、その技術分野に合った訳語や表現を選ぶ必要があります。一文を正確に訳すだけでなく、文章全体の意味を理解し、全体として論旨一貫した訳出とすることが求められます。
 また、意味を正確に理解できていたとしても、それを正確で読みやすい日本語に変換できなければいけません。読み手を苦労させるような日本語に訳出するのでは、一流の翻訳者とは言えないでしょう。出来上がった日本語を見て、元の英文との比較で訳落ち等がないかを確認することは勿論、日本語として「伝わる」文章となっているかを検証することが大事であると思います。

【各論】
 [問1]
 ハイブリッド電力飛行機の背景技術に関する問題です。全体としては、エネルギー効率の高い飛行機を提供することが課題であることを説明していることは、丁寧に読み解いていけば理解できる問題文であると思います。
 本問でも、文章全体の文脈の把握が十分でないため、誤訳をしてしまった答案が散見されました。例えば、2文目の「In particular, driven by the range-independent performance of the gas turbine...」の「driven by」を「駆動されて」のように訳された答案が多くありました。これは前後の文章と合いませんし、そもそも「性能に駆動され」ではそれ自体技術的に不正確です(駆動をするのは、タービンなどの機械であり、「性能」ではない)。全体の文脈から、ここでのdrivenは、「cost-driven」(コスト主導)の場合のdrivenと同様に、「~に起因して」や「~に影響されて」のような意味に訳出することが必要かと思います。また、「The higher maximum teke-off weight and...」の文章は、比較級であり、「~するほど~する」のニュアンスとなるよう訳すべきかと思います。

[問2]
 カメラのブレ補正に関する技術に関する発明の実施の形態に関する問題です。カメラのブレを関数で表現していることは、丁寧に読解していけば理解できるものと思います。
 数式2の後の「limits」に関し、「限界」と訳された答案が散見されましたが、ここは数学用語であることが明らかで「極限」と訳していただきたいところです。その後の「reverse」も、「反対」では数学用語としては正確でなく「逆」が正解です。本問に限らず、その分野に合った訳語の選定をすることは重要です。

[問3]
 スマートフォンなどの携帯端末における指紋認証に関する技術について記載された特許請求の範囲についての問題です。技術的には一般的なものであり、理解は容易であったと思います。ただ、文章構造は複雑で、特にcontrol system の部分がいわゆる入れ子構造で長文となっており、訳しづらかったと思います。
 このような文章を、力技のように1つのフレーズに「放り込んで」訳している答案が多かった印象です。それで読み手が容易に理解できるのなら、そのような「力技」の訳出でも構わないのですが、多くの場合、非常に読みづらい日本語となってしまいます。このような入れ子構造の文章、文章の切れ目を特定し、切り分けて読みやすく日本語化するようにしましょう。日本語の明細書を起草する際も「3行ルール」などと言って、3行以上の文章は原則として許容しないという考え方があります。これは、翻訳をする際も同じことが言えます。本問のように原文が長文だと簡単ではありませんが、できるだけ読みやすく、誤解がない訳文にすることは、翻訳者の務めであると思います。
 本発明は、指紋センサーシステムにおいて、指紋検知エリアが複数あり、指紋検知の成功率が高いエリアを特定して、そのエリアを使う、というようなことを内容とするものであり、これは問題文から理解できると思います。後ろから4行目の「place a digit」のdigitを「数字を入力」のように訳された答案がありましたが、文脈的に意味をなしません。「指を置く」が正解です。
   


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1級/機械工学

第37回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回の試験は、合格者ゼロという残念な結果になってしまいました。善戦された受験者も多く、合格ラインまであと一歩という方も数名おられましたが、最終的には減点が嵩んで合格ラインを割ってしまいました。


 【問1】
 お世辞にも上手とは言えない英語で、ダラダラと書かれた文です。本発明を指すのにOurと言わず、Myと言っているので、個人発明家と推測されます。

 この発明は、空気の流れを使って、走行中の車両で発電をしようというものです。これはまるで永久運動機関ではないか、との印象を持ってしまいます。本人もこの点を気にしているようで、あえて永久運動を否定する記述をしています。この点を見落として違う翻訳としてしまった方が数名おられました。この空気の流れ、air flowの訳語は本来「気流」でも良いのですが、どうしても気象学的なイメージがあるため、解答例では「空気流」としました。

 さて、仮にこの明細書を出願などのために翻訳するということになった場合、重要なポイントがあります。電池や燃料セルをchargeすると述べています。電池をchargeするのは、当然「充電」ですが、燃料セルを「充電」するということはあり得ず、燃料セルのchargeは水素燃料の補給です。この点は、電気自動車の畑にいる人といない人とで大きな差が出てしまうため、特に減点項目にしていません。実際、発明者本人もこの点に気づいているのか、疑問です。走行中に発電した電力を使って燃料セルに水素を供給するためには、車載の水電解装置を発電した電力で動かし、発生した水素を燃料セルに供給するということになるでしょう。ただ、忠実訳が求められる問題のため、細かい注釈をつけた意訳にすることもできません。そのため、解答例では、「充電等」という、いわば「逃げ」の翻訳の例を紹介しています。説明を求められた場合、あるいは補足的な説明の機会が与えられた場合、その旨説明すれば良いわけです。

 Travel distanceに様々な訳が見られましたが、内容から、「距離」というよりは「長距離」のニュアンスです。Go the distanceというイディオムは、「(一定)距離を進む」という意味ではなく、「完走する」、「走り抜く」という意味です。

 Technicallyの訳語として「技術的には」が多く見受けかれました。Technicallyは、
 ・技術的には
 ・厳密には
 ・規則上は
の三つの意味がありますが、少なくとも北米では、「厳密には」の意味で使われることが圧倒的に多いのです。「技術的に」と言いたい場合、technologicallyと表現することが多いかもしれません。

 この問1全体に言えることですが、「忠実」な訳にこだわり過ぎて、ここの単語を極端に直訳してしまったために文の意味が変わってしまった訳も見受けられました。例えば、compensate forの訳として「補償する」が数名見受けられましたが、ここは「補う」程度の表現が欲しいところでした。


 【問2】
 大きな誤訳はほぼ見られませんでしたが、気になったのは、きちんとした日本語が存在するのにも関わらず、カタカナで記載された答案です。Hingeを「ヒンジ」とするくらいは良いのですが、何から何までカタカナにしたのでは減点の対象となります。

 この英文原稿で特徴的なのは、図1の「8A」が「SA」になってしまっていること、そして「bi-folding」の「b」が「h」になってしまっていることです。このような誤記は、どこかでOCRで読み込まれた原稿に多く見られます。こういった誤記を見つけた場合、他にもご認識された文字がないか、例えば英文字の「O」と数字の「0」が混同されていないかなど、確認するのも良いでしょう。


【問3】
 問3は、医療用の装置に関する発明を対象とするクレーム翻訳です。医学分野は、機械翻訳の学習データが比較的に少ないので電気機械系のデータに押されて翻訳精度が低くなりがちのようです。したがいまして、機械翻訳とポストエディットで翻訳を行う場合には、特に医学関連に特化して学習されている機械翻訳を使用しなければ、たとえば一般的に使用されている上書翻訳を行った方が、負担が低いかもしれません。

 さらに、医学分野の特許翻訳では、医学用語を意識して用語の確認をする必要があります。具体的には、たとえば「intervention」は、一般には「the action or process of intervening」を意味しますが、医学用語としては、「action taken to improve a medical disorder」の意味があります。広く使用されている機械翻訳(たとえばDeepLやGoogle翻訳)を使用すると、プリアンブル部分は「介入のための標的組織(以下略)」と訳されるようです。「intervention」の意味を「action taken to improve a medical disorder」と捉えると、「介入のために標的組織(以下略)」となるはずです。これは技術内容と発明の構成を理解した人間がポストエディットで修正するべき内容です。

 ポストエディットでの英日翻訳では、発明が属する技術分野を想定して英英辞典で発明の内容を明確に特定し、原文起草者が日本語ネイティブであったら日本語で如何に表現したであろうかを推測して発明の内容を日本語で再現する必要があります。

 これに対し、機械翻訳で生成された日本語の辻褄を併せるようにする編集作業は、意味内容を理解しない機械翻訳を介在する伝言ゲームとなってしまい翻訳として破綻する可能性があります。

 全体的に、「てにをは」や修飾関係が不明確または曖昧で発明の内容が技術的に明確に理解できる答案は見つかりませんでした。医学分野のように一般的に学習データが少ないと想定される技術分野の翻訳では、そのような技術分野に特化した機械翻訳の利用や特定の技術分野での用語調査のスキルが強く求められるように思われます。


 全体的に、問1と問2とでかろうじて合格ラインに踏みとどまったものの、問3で割り込んでしまった受験者が多いように思われました。今回の合格者はゼロでしたが、あと一歩で合格という方も見られました。特に問3で苦戦された方が多かったようですので、今後のために参考解答と講評を参考にしていただければと思います。
 
 

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1級/化 学

第37回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


 特許文書は正確性及び明確性を求められます。特にPCT翻訳は逐語訳が原則です。機械翻訳を利用すると非常な時間節約になり専門的言い回しも教えてくれて便利ですが、あくまでも「参考に」してください。全く不適当な言葉が出てきたり、抜けがある場合もあるので要注意です。又、同じ単語は統一して同じ訳語を使わないと発明が不明確になります。機械翻訳ではandやorの訳が非常にいい加減です。知財翻訳では、法律用語として使い分けが確立している「及び」「並びに」「若しくは」「又は」をできるだけ使って明確性を担保しましょう。例えば問2の機械翻訳では「バイオイメージング、超疎水性コーティング」と、andが抜けたものとなる傾向があり、多数の事柄が並記されている場合、どこが最後か不明になる危険性が高まります。


【問1】  
 proteomic and peptidomicは並列的なので「プロテオミクス」及び「ペプチドミクス」(又は「プロテオーム」及び「ペプチドーム」)と揃えて訳しましょう。a calibrant peak might obscure, or be confused with the analyteのobscureは、辞書によると他動詞ですのでそのように訳してください。comprised ofは110.9981+0.0562055=約111.05431をヒントに訳してください。


【問2】
 明細書の詳細な説明の部分からの出題ですが、カタカナ語が多くならざるを得ず、文章も英語特有な構造を含むフレーズをわかりやすい日本語に訳出できるかを見ることを意図していました。問2に関しては、上手に訳せていた方が多かったと思いますが、不必要に原文を無視した訳文も散見されました。できるだけ自然な日本語となるようにすべきではありますが、特許翻訳の基本は、原文に忠実な訳文を作ることであることを常に意識していただければと思います。
 なお、「millifluidics」という用語は、それほど一般的なものではなく、日本語の定訳と言えるものは無いようですので、技術的に関連する「microfluidics」の訳語を参考にするのが良いかと思います。この「microfluidics」は「マイクロフルイディクス」または「マイクロ流体工学」と訳されることが多いようです。本問の文脈では、「millifluidics」は「ミリ流体工学」よりも、そのまま「ミリフルイディクス」とするのが良いと思われます。  

 millifluidicsの訳語を探すのに苦労されたと思います。fluidicsやfluidicで検索し、安易に一番最初に出てきたものを利用せず、ずっと下の方にマイクロ流体力学 (microfluidics)が出てきますので、それを手掛かりにするとよいでしょう。訳語がいろいろ見つかって一義的に統一できない場合はカタカナにするのも一案です。as disclosed herein のherein は「明細書中」の意味です。novel は「新たな」でもよいですが、特許では「新規な」と訳す方が好まれるようです。[A in general and A' in particular」は「一般的にAであって、具体的にはA'」のようにin generalとin particularを対比するとこなれた訳になります。ferricyanideとPotassium Hexacyanoferrate(Ⅲ)とは違う言葉ですので、明細書中で同一である旨の定義があり、かつそう記載するべき状況であれば許されますがferricyanideの訳語に「ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウム」を用いることは誤訳に等しくなります。「A as well as B」は、「A及び(並びに)B」と訳すことが適切な場合も多いですが、本問の意味から考えると「基礎研究のみならず実用研究」が良いでしょう。


【問3】
 the following valuesのfollowingを「以下の」と訳すと範囲を示す「○○以下」と誤解される恐れがありますので「下記の値」とした方が良いでしょう。なお、本問の採点には関係ありませんが、蓄電池と電気分解で逆になる用語「陽極・陰極」は避けて、電池であろうと充電や電気分解であろうと電気化学的に還元が起こる電極をカソード、酸化が起こる電極をアノードと呼ぶことが推奨されています。その理由はご自分で確認してください。蓄充電に関する発明が増えていますので、Anode/Cathodeはアノード/カソードと訳すことをお勧めします。


【問4】
 クレームの部分からの出題でした。クレームは、特許権の権利範囲を決める最重要と言える部分ですので、細心の注意をもって訳文を作成する必要があります。本問では、クレームの記載が比較的長く、数層の入れ子構造となっており、文章構造を良く考えて訳さないと大きな間違いに繋がります。
 まず、基本構造として、本問の方法クレームは、preamble(1つ以上の潜在的に有用な分子の組み合わせを同定するための方法であることを規定)-transitional phrase(comprising:含む)-body(具体的な工程を規定)という一般的な構造を有していますが、ここで使われているcomprisingという単語は、その後に続く要素を含み、それ以外の要素が含まれる可能性も許容する、いわゆるopen-endedな意味を持ちます。よって、記載されている工程のみからなる方法に限定されるような訳文は不適となりますので、注意して下さい。
 具体的な工程としては、クレームされている方法は、おおまかに3つの工程(①applying a selection procedure to a compound of interest、②identifying a set of combinatorial fragments、③applying the selection procedure to the set of combinatorial fragments)を含んでおり、①の工程はさらに、5つのステップに分けられます。そしてさらに、5番目のステップは2つの段階によって定義されています。訳文には、このような構造を適切に反映させる必要があり、読みやすさの観点からは、適切なインデントを加えるなどの工夫を行っていただいたほうが良いと思います。なお、原文では各工程は単なる動名詞の形で書かれていますが、訳例では、入れ子構造の単位ごとに、「工程」、「ステップ」、「~すること」と訳し分けました。ただし、これはあくまで、読みやすくするための工夫の一例であって、このような訳し分けが必要というわけではありません(訳し方は統一すべきとの考え方もあります)。答案では、各工程にアルファベットやローマ数字の符合を追加して、より読みやすくしたものもありましたが、そこまですると翻訳の範囲を逸脱したものになってしまうと思われます。
 訳語に関しては、「providing a chemical synthesis scheme for a compound of interest, a virtual scaffold molecule of the compound of interest, and a virtual reactant fragment to react with the virtual scaffold molecule according to the chemical synthesis scheme;」と「preparing the virtual reactant fragment and the virtual scaffold molecule for analyzing combinations of the virtual reactant fragment and the virtual scaffold molecule;」の「providing」と「preparing」は日本語で訳し分けるべきと思われます。また、「designating a remaining scaffold subset and a remaining fragment subset if a product molecule can be formed from the virtual scaffold molecule and the virtual reactant fragment;」の「remaining」の訳は「残りの」とした方が多かったですが、文脈からは、もう少し工夫が欲しかったところです。お一人だけ「残留」とされた方いらっしゃいました。文脈的には、そのような訳語がより適切と思われます。

 問題のタブ位置を考慮に入れてどこからどこまでがひとかたまりなのかに注目し、文の構造を整理してから訳しましょう。このような発明の記載はかなり典型的ですので、面倒かもしれませんが復習して慣れておいてください。なお、解答は特許庁の指定するJIS標準文字を使い、不要なスペースなどが入らず(要件の順位を示すタブの代わりに入れる場合を除く)、変換ミス、誤記などのないように作成してください。  

 

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1級/バイオテクノロジー

第37回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評


 今回は、問題文にそれほど複雑な言い回しなどは無かったのですが、全体的に、単語の訳をきちんと日本語として考えなければいけない部分が多く、基本的な単語の訳ができていなかった方が多かったです。一語一訳で覚えている日本語訳をただ当てはめただけでは、日本語の文として意味の通じない部分が生じます。辞書に載っている日本語は一つの訳例にすぎません。英語の単語本来の意味から、文脈に合った適切な日本語訳を考えるようにしましょう。

【問1】
 問1の冒頭の"apply"は、毎回「適用」と訳せばよいわけではありません。適用する対象がないのであれば、文脈に合わせて別の訳語を選択すべきでしょう。次の文の"inherently"も、毎回「本質的に」と訳せばよいわけではりません。外部からのcueがなくとも「知る」ことができるので、ここは内因的に/内在的に、といった訳語が適切です。"organism's biology"も「生物の生物学」と訳したのでは単語変換に過ぎません。"biology"は辞書で引くとthe life processes of an organismとありますので、プロの翻訳者を目指すからには、何かしら工夫して欲しいところです。

【問2】
 問2は、全体としてデフォルトモードネットワークを説明した段落です。デフォルトモードネットワークは受動的な存在であり、何もしていないときに裏で動き出すものです。「デフォルトモードネットワークが」・・・「脳の他の部分を活動しない状態にする」といった答案が見られましたが、デフォルトモードネットワークは脳の他の部分を制御したりそれらの活動を司るものではありません。デフォルトモードネットワークは、あくまで、脳の他の部位が活動していないときでも脳をオンライン状態に保つことができる、という受動的(passive)な役割を果たすものです。個々の文章だけでなく、段落全体が伝えているメッセージを酌み取って欲しいところです。後半の"nuclei/locations/clusters"は「核/位置/クラスター」という単語変換しただけの答案が大多数で、すべて減点となりました。合格答案のみ、前後の意味を考えた訳語選択がなされていました。

【問3】
 問3では、"mouse model"は、日本語ではモデルマウスと言います。"We describe for the first time"は、「初めて述べる」「初めて説明する」では意味が分かりません。「初めて報告する」という意味で書かれています。

【問4】
 問4では、"providing"は、方法クレーム中で用いる物を、クレーム中で、まず提示するために用いられます。「提供する」というのは、日本語では、相手に役立つように差し出すことを意味します。ここでは、そういう意味ではなく、「準備する」という意味で用いられています。「provide=提供する」と一語一訳で記憶していると、正しく訳すことができません。"embed"を「包埋する」と訳していた人がいますが、「包埋」とは組織切片を作るために、固定した組織をパラフィンなどに埋め込むことを言います。ここでは、そのような操作はしないので、「包埋する」と訳すのは誤りです。"junction"は、日本語では「接着部」または「結合部」と言います。細胞同士が「接合する」とは言わないので、「接合部」は誤りです。カドヘリンは細胞接着分子であり、アドヘレンスジャンクションという構造体に存在します。この"junction"がアドヘレンスジャンクションを意味していると考えれば、ジャンクションでも構いませんが、日本語の方がわかりやすいと思います。

 

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2級

第37回 知的財産翻訳検定 2級 講評


【問1について】
 課題英文は比較的平易なものでしたがいざ翻訳するとなると結構タフな題材でした。そのせいか、過度の直訳で日本語として読みにくい訳や過度の意訳で原文の意味から離れた訳が目につきました。機械翻訳に引きずられたのではないかと思わせる誤訳や不適切訳も多くありました。”Currently, virtually all transport of natural gas across bodies of water is carried out by either subsea pipelines or LNG ships.”の”virtually”が、「仮想的に」と訳されたり、“Hydrogen presents some unique challenges for large-scale shipment. Hydrogen is extremely light and requires either liquefaction or compression to increase its density for shipping.”の” presents some unique challenges”が「挑戦が必要である」と訳されたり、”to increase its density”を”compression”のみにかけた訳など、誤訳や今一歩の推敲が必要と認められる答案が目立ちました。原文のecosystemは、ビジネス用語で複数の事業体がそれぞれの役を担ってひとつの大きなビジネスを完結する、というような意味です。「エコロジー」(生態学)とは直接は関係ありません。

【問2について】
 課題文は問1同様あまり複雑なものではありませんでしたが、日本語としてこなれていない訳が多い印象でした。また、”comprise”を「からなる。」と訳した答案が思ったよりも多かったです。特許翻訳実務上は、やはり、「含む」とか「有する」など、原文のopen language のニュアンスを伝える訳が望ましいです。:"silicone"は、シリコーンと訳すべきです(「シリコン」はケイ素、「シリコーン」はケイ素を含む化合物で、明確に使い分ける必要があります)。" The tackiness of the coated upper surface 4 is approximately 50% greater than the tackiness of the coated lower surface 5, as determined by the loop tack test"の”as”が正しく訳されていない答案がほとんどでした。例えば、「粘着性が、あとで述べるループタックテストで決定されるように」などです。ここでの"as"は、「のように」の意味ではなく、直前に述べられている粘着性がどういうモノなのかを示す表現です。原文の趣旨は「後述するループタックテストで測定される粘着性が~である。」というものです。

【問3について】
 構成要素の抜き出しや記述がうまくできていない解答が多い印象でした。特に”yawing system”や”cooling system”の記述は入れ子構造になっているので日本語の整理が難しかったと思われます。単語レベルではほとんど全部の解答で”vertical"(鉛直)が、「垂直」と訳されていました。“vertical”(鉛直=重力の作用方向)と(perpendicular(垂直)とは意味が違いますので意識的な使い分けが必要です。”Stationary”(静止)と”fix”(固定)との違いについても吟味されていない解答が非常に多かった印象です。技術内容的には ” a power transmission system for transmitting power from the main shaft to a generator;”の” power transmission system”を,「送電システム」と訳した解答が結構多かったです。「風力で回転するローターから発電機へ動力を伝えて発電機を駆動して発電を行うという風力発電の原理は小学生でも理解していることです。「発電機へ電力を送るってどういうことなの?」という自問自答が欲しかったところです。



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3級

第37回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答と解説をご覧ください。


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中国語



第37回 知的財産翻訳検定 中国語 講評

 
 今回は14名が受験し、6名が合格しました。また、合格までには至りませんでしたが、多くの受験者があと一歩で合格という成績でした。以下、各問において頻度の高かった誤訳や不適切な訳について簡単に解説しますので、ご参考になれば幸いです。なお、そのほかのご不明な点については、≪参考解答≫をご参照ください。  
 
【問1】  
 問1は、翻訳力および特許文書の書き方、具体的には【特許請求の範囲】の書き方の両方を考査する問題です。問1で誤訳が多かった箇所は第4段落、つまり「送信モジュール」の詳細説明の部分でした。具体的には、「判断」及び「選択」の動作の主語を間違えているケースが多かったです。このような間違いは、請求項の技術内容を正確に理解していないからだと推察します。請求項1の構成は3層になっており、電気料金支払装置が第1層をなし、電気料金支払装置に含まれる3つのモジュール(生成モジュール、イントラクションモジュール、送信モジュール)が第2層、そして各モジュールにより動作を制御される送電網サーバ、クライアント端末等が第3層をなすというように理解することができます。例えば、第2段落で「ユーザの料金支払単位に応じて対応する初期インターフェースを生成する」のは「送電網サーバ」であり、「送電網サーバ」に上記生成動作をさせるのが「生成モジュール」です。従って、第2段落の“生成模块,用于使电网服务器根据用户的缴费单位生成相对应的初始界面”は「送電網サーバにユーザの支払い単位に基づき、対応する初期インターフェースを生成させる生成モジュール」と訳すことができます。このように請求項1を3層構造で理解すれば、第4段落での「判断」、「選択」、「送信」の主体がそれぞれ「送信モジュール」、「ユーザ」、「送電網サーバ」であると理解することができます。そのため、第4段落は「前記ユーザが前記クライアント端末によって1つの前記電気料金表示テンプレートを選択し、対応するプリペイド電気料金情報を入力したと判断した場合、前記送電網サーバに前記プリペイド電力料金情報に基づき、対応する支払い情報を生成し、前記銀行サーバに送信させる送信モジュール」と訳すことができます。なお、問1で“用户”と“客户端”の意味を混同した受験者も多くみられました。正しくは、“用户”とは電気料金を支払う立場のもの、例えば人間を指し、「ユーザ」と訳されます。一方、“客户端”とはネットワークを構成する装置などを指し、「クライアント」と訳されます。すなわち、コンピューターを使ったサービスで、サービスを提供する側を「サーバ」と呼び、サーバから提供されるサービスを受け取るコンピューターを「クライアント」と呼びます。  
 
【問2】  
 問2は、明細書の【背景技術】の部分を翻訳する問題で、リチウム電池の正極材料に関する内容です。問2においては、特に難しいことがなく、分かりやすい内容でしたので、技術内容の誤訳や不適切な訳がほとんどなく、全員良く翻訳できました。  
 
【問3】  
 問3は、明細書の【発明を実施するための形態】の部分を翻訳する問題で、安全弁の弁位置測定装置に関する内容です。問3においては、ほとんどの受験者が技術内容の誤訳や不適切な訳がなく、良く翻訳できていますが、係り関係と用語の誤訳または不適切な訳が複数見られました。具体的には、“根据本发明的一种安全阀阀位测量装置”を「本発明の安全弁の弁位置測定装置によれば」に訳した受験者がいますが、ここでの“根据(による)”の係り関係の範囲は“本发明”までですので、「本発明による安全弁の弁位置測定装置は」のように訳すのが正しいです。係り関係の誤訳は特許翻訳や技術翻訳においてよく見られるミスであり、場合によっては致命的な技術内容の誤訳になりますので、翻訳の際には間違いがないように気を付けましょう。また、“穿设于”を「に取り付けられ」や「に設置され」に訳した受験者がいますが、“穿设”は“贯穿(貫通)”と“设置(設置)”の二つの言葉を組み合わせた用語であり、「に取り付けられ」や「に設置され」には“贯穿(貫通)”の意味が含まれていませんので、不適切な訳になります。適切な訳としては「を貫通するように設置(または配置)され」や「に貫設され」などが挙げられますが、「貫通」と「設置」の両方の意味が含まれることが大事です。“穿设”は機械分野の特許文献において出現頻度が非常に高い用語ですので、今後は間違いがないように覚えておきましょう。また、“竖直方向”を「垂直方向」に訳した受験者がいますが、“竖直”の適切な訳語は「鉛直」であり、「垂直」とは意味が異なりますので、気を付けましょう。   



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ドイツ語


第37回 知的財産翻訳検定 ドイツ語 講評


 今回は3名の方が受験されました。皆さん全体的には大変良くできていて素晴らしい翻訳をしていましたが、所々ミスが認められ、とりわけ気になるのは文単位での訳モレや、特許請求の範囲における書式や約束事が守られていないといった基本的なミスが散見されました。これらが改善されるだけで一気に合格に近づくと思料しますので、是非とも翻訳作業後の見直し作業のスキルや、明細書の書き方等の基礎知識を身につけてください。

【問1】
 車両のウインドシールドに関する問題です。ウインドシールドとは、Windschutzscheibeという言葉が示すように、文字通り「風防板」です。
一般にウィンドゥガラス(window glass窓ガラス)とも呼ばれますが、「ウインドシールド」(windshield)の「ウインド」は「窓」ではなく「風」ですのでご注意ください。

 一般に、降雨時などにウインドシールドの濡れ(Benetzung)を検知して、自動的にワイパシステムを作動させるシステムは、赤外線の反射を利用しています。しかし、赤外線の反射に基づいて濡れを検知するシステムは、太陽光などの外部光線による外乱の影響を受けて誤作動を招くおそれがあります。

 特に最近の高度に自動化された(hochautomatisiert.)走行を実現するためには、ウインドシールドに重要な機能が加えられます。
受験者全員が「automatisiert. Fahren」を「自動運転」と訳していました。これは単なる「自動運転」(automatisch. Fahren)と云っているのではなく、本来は人間が行っていたものを「自動化」したものだから敢えて「automatisiert. Fahren」と表現しているのです。ですから、厳密にはautomatisiert.は「自動化された」と訳すべきでしょう。

 「den dahinter angebrachten zusätzlichen Kamerasystemen」のdahinter(「その背後に」)ですが、技術内容を正しく理解していれば、「その」が「ウインドシールド」を指すことは明らかなはずですので、ここは「その背後に・・・」ではなく「ウインドシールドの背後に取り付けられた付加的なカメラシステム」と訳したいところです。

 本発明による方法では、ウインドシールドの状態に関する情報を検知するために、少なくとも1つの第1のセンサ(マイクロフォン)を用いて、ウインドシールドの振動を表す第1のデータが検出され、かつ少なくとも1つの光学的なセンサ(カメラ)を用いて画像データが検出され、次いで、第1のデータと第1の画像データとは、ウインドシールドに関する情報を検知するために評価されます。

 問1の問題文には、
 ■「erkennen」(認識する)
 ■「bestimmen」(決める)
 ■「erfassen」(把握する)
 ■「aufnehmen」(受け取る)
 ■「detektieren」(検出する)
といった動詞が登場しますが、これらの動詞はすべて「検出する」「検知する」「測定する」といった意味で使われています。DeepLの翻訳だと、ここの「bestimmen」は「決定する」と訳されているようですが、これだとbeschließenとかentscheidenの意味とvertauschenされるおそれがありますので気をつけましょう。

 「Der erste bzw. die ersten Sensoren sind dazu eingerichtet Schwingungen, insbesondere mechanische Schwingungen, der Windschutzscheibe aufzunehmen.」という文の「dazu eingerichtet sein」ですが、DeepLの翻訳だと「~するために設置される」という訳が付けられているようです。einrichtenは、「ある目的に合うように整える」という意味なので、この場合は「設置される」ではなく「設定されている」とか「調整されている」が適訳です。

 「mit mindestens einem ersten Sensor」や「mit mindestens einem optischen Sensor」を「少なくとも1つのセンサ」とか「少なくとも1つの光学センサ」というように「mit」を「で」と訳している人がいますが、「駅で」の「で」とvertauschenされるおそれがあるので、手段を意味する「mit」や「durch」は「~を用いて」「~によって」というように「手段」であることが明確になるように訳す癖を付けましょう。この使い方は機械翻訳のプリエディット作業にも通じます。

 問1の問題文は比較的長いですが、ドイツ語文自体はそれほど難解ではないので、比較的スムーズに訳し降りられるのではないでしょうか。論理の流れを乱すことなく、つまり原文の流れに沿って、そのまま訳し降りていくことを心がけ、そのためには日本語文を上手く工夫してみましょう。


【問2】
 「Spreizdübel」は、日本では「拡張栓」とか「拡張プラグ」などと呼ばれています。築壁に孔を開けて拡張栓を挿入し、挿入された拡張栓にねじをねじ込むと、壁の中で拡張栓の先端が拡開して壁孔のアンダカット部に背後から係合するので、拡張栓はアンカー式に築壁内にしっかりと固定され、引っ張っても抜けなくなります。
拡張栓は、たとえば家庭内で壁にフック等を取り付ける際にも使われます。

 本実施形態の拡張栓は、2つのスリット2によって4つの拡開セグメント3が形成されているので、いわゆる「4方向拡張式」のプラスチック製の拡張栓です。

 機械的な動作経過を述べている文章なので、基本的には原文のまま素直に訳し降りていけばOKですが、少し工夫が必要と思われる文章もあります;
「Die Aussenkontur des Spreizdübels ist in Anpassung an das mit einer V-förmigen Hinterschneidung 6 versehene Bohrloch 7 mit einem zylindrischen Abschnitt versehen, an den sich eine konische Erweiterung 8 anschliesst.」
上記ドイツ語文を原文通りに訳すと;
「拡張栓の外側輪郭は、V字形のアンダカット部6を備えた穿孔7に合わせて、円筒状の区分を備えており、この円筒状の区分には円錐状の拡張部8が続いている。」
となります。穿孔7は図面から判るように、穿孔入口から見て大部分は円筒状に形成されていますが、端部にV字形のアンダカット部6を備えています。このように円筒状の部分とV字形のアンダカット部とから成る穿孔横断面全体の輪郭に合わせて、拡張栓の外側輪郭も、対応して形成されています。すなわち、拡張栓は円筒状の区分だけでなく、穿孔7のV字形のアンダカット部6に対応する円錐状の拡張部8をも備えており、この円錐状の拡張部8は、図2および図3から判るように拡開後に穿孔7のV字形のアンダカット部6にぴたりと係合します。

 このような構成を考えると、最初の翻訳のように「拡張栓の外側輪郭は、V字形のアンダカット部6を備えた穿孔7に合わせて、円筒状の区分を備えており、この円筒状の区分には円錐状の拡張部8が続いている。」と訳すよりも「拡張栓の外側輪郭は、V字形のアンダカット部6を備えた穿孔7に合わせて、円筒状の区分と、この円筒状の区分に続いた円錐状の拡張部8とを備えている。」と訳したほうがbesserでしょう。

 「bei einem bündigen Abschluss des hinteren Dübelendes mit der Wandoberfläche」(「拡張栓の後端部が壁表面と面一に整合すると」)は、翻訳が難しい個所ですが、皆さん正確に翻訳できていたので素晴らしかったです。

 「Holzschraubengewinde」は「木ねじのねじ山」という意味です。「木製のねじ山」と訳している人がいましたが、そもそも「木ねじ」とは「木製のねじ」という意味ではありません。木材用に使われる、粗い断面のねじ山を備えたねじのことで、ねじ自体は一般にステンレス等の金属から製造されています。これもちょっと調べればすぐに分かる基礎的な知識です。図3には、六角頭(ヘッド11)を備えた、粗いねじ山を有するねじが図示されています。

 問2は、純機械的な内容ですので、運動や動作の順序および論理の展開が崩れないように原文の流れに沿って訳し降りていくことがポイントです。


【問3】
 特許請求の範囲に関する問題です。まずは特許翻訳者として、特許請求の範囲の基本的な書き方や約束事をきちんと認識していることが求められます。

 ドイツの特許請求の範囲はジェプソン型で書かれているので、「dadurch gekennzeichnet,」を挟んで、先行技術と共有する構成を含む前提部(Oberbegriff)と、本願の新規な特徴を含む特徴部とから成る二段構えの構造となっています。したがって、独立項の書き方は「・・・○○~において(前提部)、~を特徴とする(特徴部)○○。」というような感じになります。これができていた受験者は1名しかいませんでした。

 これも基本ですが、クレーム中は前出の名詞(基本的に定冠詞付のもの)には「前記」を付けます。場合によっては「前記」だらけになって読みにくくなる場合もありますが、原則としては全てに「前記」を付けるものだと思ってください。
それから部材名などの用語は必ず統一してください。たとえば同じGetriebeを指す訳語を「トランスミッション」と訳したり「変速機」と訳したりすることは御法度です。

 「Antriebseinheit für ein Kraftfahrzeug」の「Antriebseinheit」ですが、受験者全員が「駆動装置」と訳していました。たしかにDeepLの翻訳だと「駆動装置」となります。間違いとは云いませんが、「Einheit」は本来は「ユニット」の意味なので、問題文にも書いたように「自動車用の駆動ユニット」という日本語訳が適訳であると思います。

 請求項1では、主要構成要素として「変速機(12)」と「電気モータ(14)」と「出力電子装置(16)」と「内燃機関(20)」と「内燃機関クラッチ(18)」とが挙げられています。動力装置として「電気モータ」と「内燃機関」の2つが設けられていることに注意です。いわゆるハイブリッド式の駆動ユニットであると考えられます。

 このうち、電気モータは変速機(12)を駆動するためのものですが、さて内燃機関(20)は一体なにをするためのものでしょうか?
クレームから判るのは、この内燃機関(20)は、内燃機関クラッチ(18)を介して変速機(12)に接続可能である点です。そして特徴部に記載されているように、この内燃機関クラッチ(18)が締結されていると、内燃機関(20)は変速機(12)を介して電気モータ(14)を駆動できるようになっています。これにより、請求項2に記載されているように、このとき電気モータ(14)はジェネレータ(発電機)として作動します。つまりこの電気モータは、いわゆる「モータ・ジェネレータ」として働くわけです。
このへんの仕組みを把握できると、翻訳し易くなります。

 「Verbrennungsmotor」はDeepLでは「内燃エンジン」と訳していますが、やはり「内燃機関」のほうが良いでしょう。「Motorkupplung」の「Motor」は直前の「Verbrennungsmotor」(内燃機関)を指します。内容をきちんと理解していない人だと安易に「モータクラッチ」と誤訳してしまうところですが、さすがにDeepLはきちんと「エンジンクラッチ」と訳しているようです。

 毎回申し上げていますが、クレームの翻訳は一歩間違えると権利範囲を損ねる致命傷になるおそれがあります。当たり前ですが、特許翻訳者であれば、十分に技術内容の裏付けを取った上で、慎重の上にも慎重に訳すよう心がけましょう。


★最後に;
 本独文和訳試験は、英文和訳の二級に相当するので、細かい点についてはあまり厳しく採点していません。むしろこの段階で必要なのは、どれくらい技術内容を理解しているのかにあります。

 毎回出題傾向は同じであると思いますが、改めてご説明しておくと、
問1の問題文には「従来技術→課題→解決手段→効果」という一連の流れが記載されています。従来技術の欠点は何か、それによってどのような不都合が生じるのか、本発明の課題は何か、それを解決するためにどのような構成/方法にしたのか、本発明の効果は何か、といった点がしっかりと把握できているかを見ます。

問2については実施形態の理解度を問う問題となっており、図面を参照しながらどの程度、対象の構造や原理、部材の動きを理解できているのかを見ます。そのためには、基本的な技術知識と、物の動きを表現するためのドイツ語特有の前綴りや前置詞の働きを身につけている必要があります。

問3については特許明細書における最重要個所である特許請求の範囲が出題されています。特許請求の範囲における基本的な約束事や書式が守られているか、権利範囲がきちんと日本語でも体現されているかを見ています。

 語学出身者ですと、訳語や細かい表現等の語学面に重点を置きがちですが、この段階ではそこまで精密な訳語は求めていません。多少不適格な表現であっても意味内容を理解していることが分かれば問題ありません。むしろこの段階で求められるのは、基本的な技術知識やその理解力、そして何よりも明細書におけるストーリーの理解力でしょうか。長い目で見ると、最初の段階でしっかりと基礎を身につけておくことが特許翻訳者として大切な要件であると思います。
Ich drücke Ihnen die Daumen.
 
 

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