1.背景
国の「知的財産戦略大綱」に示されるように、知的財産の振興は日本経済復興の大きな柱である。今日の経済活動のグローバル化に伴い、知的財産の活用も必然的にグローバルなものとなっており、知的財産制度のユーザーである日本企業や特許事務所にとって、海外における特許権の確立から権利行使に至るまでのあらゆるフェーズにおいて、特許権等の知的財産の翻訳力(知財翻訳力)がますます重要になっている。また、「知財翻訳力」は、情報源としての特許資源の活用、商品としての特許流通の観点からも欠くことのできないものとなっており、その是非は企業の死命を制するまでに至っている。したがって、そのための専門家の育成は上記「大綱」にうたわれる専門人材の育成の必要性とまさに符合している。
2.我が国における知財翻訳の現状と問題点
我が国における知的財産に関する一般の認識は、大企業を除けば高くはなく、経済活動のグローバル化にもかかわらず、知財翻訳の重要性への認識も高いものではない。また、今日の特許翻訳業界は、半ば自然発生的に形成されてきたもので、翻訳者の数等も十分に把握されておらず、翻訳の品質や処理能力、価格などについても大きなバラツキがある状況であり、そのため、企業や特許事務所等においては優秀な翻訳者を確保することに困難を生じている。
一方、多くの翻訳者は、近年急激に変化する特許制度や実務の変化、科学技術の進歩に対応した研鑚を積み、高い翻訳能力の維持に努めながら業務に取り組んでいるが、顧客から正当に評価され安定した職業となっているとはいい難く、優れた資質を備えながら就業できない翻訳者予備軍も少なくない。
3.知財翻訳教育及び知財翻訳能力評価システムの現状
特許等の知財翻訳の技術は、これまで主に特許事務所などを中心に伝習的に受け継がれてきたが、昨今、翻訳者不足から様々な特許翻訳スクール等が開催されつつある。しかしながら、それらのスクールのレベルや教習内容は千差万別で、更なる質的、量的な拡充が望まれるが、それらの修了生を客観的に評価するシステムも存在しない。
現在、一部の私的教育機関等で講座と抱き合わせで「検定」を実施している例があるが、英語明細書の読解中心で、また当該講座等の受講生以外には受験できず、透明性や公共性などの観点から不十分なものと言わざるを得ない。
4.客観的評価の必要性
国際化する知的財産活動において、翻訳力の是非は海外における我が国出願人企業の特許権の正当な行使に強い影響を及ぼすもので、一企業のみならず日本経済に係わる問題である。海外への特許出願に際し、翻訳者の翻訳能力を客観的に評価するシステムがあれば、翻訳発注者である企業や特許事務所・翻訳会社は優秀な翻訳者を確保することが可能となり、海外での我が国企業の特許権等の知的財産も保護、ひいては国益の擁護にも大いに役立つと考えられる。また、企業においてこれを望む声は強く、(財)知的財産研究所が企業や特許事務所約430社を対象に平成12年に行ったアンケート調査によると、何らかの検定又は評価制度を望む声が多数を占めている。
そのため、知財翻訳に関する知識を広く一般に普及啓発することにより、知財翻訳の土壌を涵養するとともに、知財翻訳能力の客観的評価基準を設け認定を行うことはきわめて重要である。
また、このようなシステムの存在は、既存の翻訳者や翻訳者を目指す人材にとって努力目標が設定され、研鑚のモチベーションが高まるとともに、知財翻訳のレベルを押し上げ、翻訳者の職業能力の開発並びに雇用機会の拡充にも貢献することとなる。
5.公益的見地からの設立企画意図
知財翻訳に関する一般への普及・啓発、教育産業の振興、評価制度の充実など一連の活動は、特定の企業の営利を優先するものであってはならず、公益性、透明性、客観性が十分に担保されたものでなくてはならない。このような見地から、かかる一連の活動の主体として、知的財産関連の諸法人、団体からの推薦者、弁理士、外国特許弁護士などの有識者、趣旨に賛同する企業、事務所、個人からなる「日本知的財産翻訳協会」を、特定非営利活動法人の形で立ち上げたい。