第24回知的財産翻訳検定<第13回和文英訳>試験 標準解答と講評



標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。」


1級/知財法務実務


第24回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 本問は、知的財産高等裁判所の平成28年(行コ)第10002号 手続却下処分取消請求控訴事件における判決から採録しました。事案としては、在外者である特許出願人が、日本国を指定するPCT国際特許出願において、国内書面は提出したものの、その後の翻訳文提出期限を徒過したために、日本において当該出願が取り下げ擬制されて消滅してしまったものです。特許法184条の4第4項に規定されている救済措置の適用を特許庁が認めなかったことから、特許出願人は東京地方裁判所に出訴しましたが、主張は認められず、知的財産高等裁判所に控訴しました。
 問題文にもあるように、控訴審でも原告(特許出願人)の主張は認められませんでした。争点は、特許出願人が主張したような、在外出願代理人において期限徒過もやむなしと考えられるような正当な理由があったか否かです。この点、裁判所は、わが国で上記の救済措置が導入された経過を考慮しながら、正当な理由とは、出願人あるいは代理人として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものであると判断しています。
 本問の出題意図は、翻訳においても必須な知識であるPCT国際特許出願の制度で頻出する表現や用語の知識を持っているか、また概して一文が長く、単にワードバイワードで翻訳すると読解が困難な訳文となりやすい判決文を、その意味内容を踏まえて適切に読みやすい訳文とする技術を持っているか、を主として確認することにあります。
 この点、今回の答案では、総じて、それぞれ長い文章を適宜に分割して明確な訳文としようとしている点は、工夫されていると感じました。しかし、「これは、…と解される。」といった第1うパラグラフ全体を包摂すべき部分がうまく訳出されていない例も見られましたので、注意が必要かと思います。
 また、「国際出願日」、「国内書面提出期間」といった条約、法令でその意味内容が規定され、また外国語対訳も相当程度確立されている用語については、必要に応じて原典、あるいは「日本法令外国語訳データベースシステム」等を参照して適切に翻訳することが望まれます。
 標準解答等を参考にして、今後も多数の方に挑戦していただくことを希望します。(了)

【問2】
 本問では、国内外において書籍の電子出版化の動きが急速に進んでいる昨今の動向に鑑み、今後電子出版ライセンス契約が増加することに伴われる翻訳需要に向き合う一助になればとの意図から、電子出版ライセンスからの出題としました。中でも、今回は、ライセンス契約の骨子を構成する許諾条項及びロイヤルティ条項を題材として、今一度知財契約の基本的条項に立ち返って実力を試すことに着眼しています。
 審査ポイントとしては、契約書原文に記載されていることを(1)正確にかつ(2)読み手に分かりやすく(経営判断しやすく)、(3)自然な翻訳言語で再現することできているか?の3点に絞っており、法律の知識や専門用語の知識などは、内容の正確性・理解容易性が担保できている限り、減点要素にはなっておらず、むしろ加点要素と位置付けています。
 各小問について、第1条は、許諾条項からの出題であり、ここでのポイントは、長い一文になりがちな許諾条項において、その大きな要素を正確に把握しつつ、細かな係り受けを原文に忠実かつ翻訳言語として自然に仕上げられているかを見ています。全般的な印象として、長い一文の咀嚼に健闘されたとおぼしき痕跡が多くの答案で見られ、ここが点差につながったように思います。たとえば、最終行の「独占的ライセンス」の用語は(1)〜(3)の全てに係ると捉えてほしいのが出題意図であるところ、これを(1)〜(3)のいずれかのみに限定させてしまったり、また「本サービス」の定義としては、URL部分まで含めたものを定義としてほしいのが出題意図であるところ、これをサービス名までしか定義に含ませなかったりなどの例が見られました。なお、「独占的ライセンスを許諾する」とするというのを、"shall provide an exclusive license"と訳出されていた例がありましたが、ここでshallを用いると、将来の時点において許諾をする(つまり現時点では許諾をしていない)という意味になる恐れがあります。現時点で許諾することを趣旨とするライセンス契約の許諾条項としては避けるべきで、"hereby provides"などと現在形で表現することが望ましいところです("hereby"がない解答も散見され、特に減点はしていませんが、本契約で許諾をするという意味合いを出すためにも、"hereby"はつけた方がよいかと思います。)。
 一方、第5条は、経済条件からの出題であり、ここでのポイントは、各金員の名目及び算出方法が正確かつ翻訳言語として自然に仕上げられているかを見ています。全体的には比較的出来がよかったように思いますが、掛け算や引き算などの計算方法を英語で正確に表現できることが肝となりますので、これを機に復習されてはよろしいかと思います。なお、「一時ロイヤルティ」を暫定ロイヤルティ(temporary royalty)と訳出した例がありましたが、こちらはそもそもの日本語の意味合いを、類語である一時金なども参照して調べる手間が不可欠なところと思われます。
 両小問に共通する事項として、「ライセンサー」「ライセンシー」という契約当事者を意味する定義語において、いずれの答案でも"the Licensor"、"the Licensee"と冠詞つきで訳出されていましたが(誤りではありません。)、米国系の契約書では、契約当事者を意味する定義語には冠詞をつけない("Licensor"、"Licensee")という傾向がある一方、欧州系の契約書では冠詞をつける傾向があるようです。翻訳文全体として統一されていればいずれで訳出してもよいかと思いますが、客先によって好みが分かれるところですので、何かのご参考にしていただければと思います。
 最後に、契約の翻訳において、法律や知的財産の知識を普段から身につけることももちろん重要なのですが、原文内容を噛み砕き翻訳言語で表現しやすいように整理した上で翻訳言語により表現していくというプロセスが極めて重要です(字面追いは厳禁)。また、契約も法律文書の一種であるので、細かいところまで正確さを追求する姿勢と、特許翻訳と同様、原文に対して「足さない、引かない」ことが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。

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1級/電気・電子工学

第24回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


  全体的に受験生のレベルが高く、多くの答案は、もう少しで合格、というものでした。「もう少し」とは、例えば、冠詞の使い方、名詞の単複、わずかな単語の訳落ち(助動詞、副詞など)などです。しかし一方で、その「もう少し」のところに、実力の差が現れるような気もします。特許翻訳で本当のプロとなるには、その「もう少 し」を無くす必要があり、その「もう少し」は、意外に解消することが困難なものです。どのような仕事でも、素人から一流半になるのは容易である一方、一流半から一流になることは困難ですが、それと同じことかと思います。僅かに合格ラインに届かず、残念ながら不合格となった方々は、その点に注意して、次回の合格を期待したいと思 います。


  各論としては、問1のクレームの問題で「lack of antecedent basis」違反(それ以前に出てこない単語に、定冠詞theを付ける)となる回答が目立ちました。例えば、それ以前には、selecting one output としか書かれていないのに、その後、the selected outputと書く、などです。outputはそれ以前に出てきますが、selected outputという表現はそれ以前にはありません。文法的には必ずしも間違いとは言えませんが、特許翻訳と考えた場合、1回拒絶理由通知を多く貰ってしまい、顧客に無用な費用を支払わせることになってしまうので、正確な訳とは言えないのです。コロン、セミコロンの使い方が誤っている答案も意外に多かったと感じます。基本的なことですので、間違えた方は、今一度見直してください。


  問2、問3は、曖昧な日本語を、いかに意味を変えずに、論理的な英文に翻訳できるかを問うたものです。しかし、曖昧な日本語をそのまま訳して意味が不明確な英語となったり、逆に意訳をし過ぎて、原文の日本語とは大きくニュアンスを変えてしまう答案が散見されました。一例として、問2の第2パラグラフの「しかしながら、自動車の駐車方法は、泥棒の性格や駐車場の状況などによって、予め予想できるものではない。」との日本語の「によって」は、「それによって異なる」という意味ですから、それに合った英語を当てはめる必要があります。この文に含まれる単語を、そのまま辞書で引き、当てはめただけだと、論理的な英語にはなりません。日本語の真の意味を読み取る、すなわち、原文の執筆者が何を表現したかったのかを十分に考え、それに沿った訳出をすることを常に心がけて下さい。英語と日本語の言語構造の違いがあるので、原文の日本語に何らかの補足をしたり(主語を補うなど)、冗長部分を落としたりすることはあり得ます。しかし、落とす場合に、これを落として果たして大丈夫か?原文執筆者の意図は反映されているか?と立ち止まって考える慎重さが、一流の特許翻訳者には必要だと思います。


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1級/機械工学

第24回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回も難易度が決して低くない問題をほぼ全員の受験者が訳し切り、合格者も三名誕生しました。一方、各問題独特の課題もあり、合格された方も決してノーミスではありませんでした。
【問1】
 問1は、現場でありがちな「言葉足らずの日本語」の文です。主語や目的語がない文は一般的によく目にしますが、ここでも「前輪で踏まれて押し下げられたときに」と、何が踏まれて押し下げられたのかが記載されていない文があります。主語がない文を英文にするためには、いざとなれば受動態で逃げることもできますが、ここでは何かしら目的語を立てなければなりません。比較的具体的な構造を想像して訳された方もいましたが、周囲の文から十分に裏付けられていなければ、特許翻訳では反則です。そうなると、極力広い意味を持つportionやpartで最低限度必要な文法的補足にとどめるべきです。

 また、問1の後半に「他人の財産でもあるので」とありますが、大半の方はこれをそのまま翻訳してしまうというミスを犯してしまっています。日本では、「他人の財産である」ということはすなわち、「傷つけてはいけない」の意味を持っています。しかし、「他人の財産である」ということは「他人の財産である」という意味しか持たず、「傷つけてはいけない」の意味を一切持たない国や文化はいくらでもあります。こういう点も合わせて橋渡しをするのが、翻訳者の仕事です。直訳してしまった方は大した減点の対象にはしていませんが、「傷つけてはいけない」のニュアンスを含めて訳せたならば理想的です。

【問2】
 問2は、クレーム1をサポート目的で実施例の中に含めたもので、非常に長い文です。クレームのサポートであることを考えると、まずクレームを翻訳し、それを流用して編集するのが一般的な実務ですが、今回のような部分訳ではそうとも行きません。どのようにすればクレームを忠実に映し、しかもわかりづらくならないようにするのか、腕の見せ所です。特に、今回は「装置を用いた方法」のため、どのように表現すれば良いのか、悩むところです。実際、機械の構成要素の羅列と方法の記述の兼ね合いがうまくできておらず、合格から外れてしまった方もいらっしゃいました。また、機械の構造と方法を別個のクレームのように訳してしまった方もいらっしゃいました。サポートはともかく、優先権が必要な場合には認められない危険性もあります。そこで、今回のように直訳指定でない場合は、there is provided a spray generating method by a fluid injection valveのように冒頭にサブジェクトマターを記載することができます。サマリーでも同様です。そうすると、あとは安心して分解しながら訳し進むことができます。

 長いクレームの流用だからといって、そのまま長い文で訳すことが良いかといえば、そうとも限りません。長い文のままにすることによってわかりづらくなったり、係り受けが不明瞭になるのであれば、丁寧にセクションに切り分けて翻訳した方が良いでしょう。

 「以上のように」の処理でも、本来の意味と異なる意味で訳してしまった回答も見受けられました。最近では、このようフレーズは後に回して、主語動詞を簡潔に立てましょう、という指導が多いようです。意味が変わらないのであれば、読みやすくなって良いのですが、意味が変わってしまうようであれば、本末転倒です。この長い文の一番最後にas described aboveを持ってくると、最後の記述にしかかからないと解釈されても仕方ありません。

 「みなせるようになって」の処理での失敗も目立ちました。is identifiable、can be regarded のような表現なら大丈夫ですが、is identified, has been regardedは大誤訳です。なぜならば、その状況を人間が観察しなければならなくなってしまい、エンジンの中で「シュレーディンガーの猫」状態が続いている意味になってしまうからです。

 弁の「着座」について一言アドバイスです。seatingと訳された方が数名おり、間違いではありませんが、多岐に解釈できる表現のため、避けた方が安全です。というのは一般的に、valve seatingは、バルブがぴったり座るようにするための加工工程を言うからです。このような多岐に解釈できるフレーズは他に表現があれば避けるべきでしょう。

【問3】
 問3は、ボールペン用のリフィルの形状的特徴に関する発明を対象とするクレーム翻訳です。機械分野の発明では、物体の3次元形状が発明の特徴となることがあります。しかしながら、3次元形状を1次元の文字列で表現することは困難で、日本語であっても英語であっても困難かつ個人の力量差が大きくでるものです。問3は、主として英語での形状表現力を試す難易度の高い問題となっています。

 (1)「前記後端側から離れるほど大きくなる外径」
 今回の問題における受験者の英語表現の見せ所です。様々な表現がありましたが、さすがに1級受験生だけあって、英語ネイティブの視点からは少し違和感があるものの、7割から8割の方は、原文の通りに正確に表現できていました。

 (2)「前記嵌合前において、」
 「前記嵌合前において、」という文言は、「弾性材料で製造され、内周面(6)を有し、前記内周面(6)が前記外周面(5)に嵌合している第2の環状部品(4)と、」という第1の構成要素と「前記内周面(6)は、前記嵌合前において、前記環状凹部(54)よりも大きく、前記第2環状部(56)の外径よりも小さい内径を有し、」という第2の構成要素の有機的な関係を表しているキーワードです。
 「前記嵌合前において、」という文言は、少なくとも前記外周面(5)の第2環状部(56)の部分において弾性変形で第2の環状部品(4)の内周面(6)の内径が拡大して、前記内周面(6)が前記外周面(5)に嵌合していることを示唆しています。すなわち、第2の構成要素は、「前記嵌合前において、」の「前記」の語を媒介として第1の構成要素をさらに限定しています。弁理士は、複数の構成要素の有機的な関係を意識してクレームを作成しますので、この「前記」の語は重要です。「前記」の語がないと、第1の構成要素における嵌合とは別の嵌合と解釈される可能性もあります。

 (3)その他(プリアンブル)
 原文は、「ボールペン(1)用のリフィル(2)であって、」で、一般的な訳は、「A refill (2) for a ballpoint pen (1), comprising:」となります。大きな減点とはしていませんが、「A refill (2) for a ballpoint pen (1) comprising:」と、comprisingの前にコンマが無い訳が見られました。厳しい審査官には、コンマが無いと、comprisingの意味上の主語はballpoint pen (1)ではないのではないかと指摘する人もいます。「A refill (2) comprising:」のように、comprisingの意味上の主語がcomprisingの直前の名詞であればコンマは不要です。
 「A refill (2) for a ballpoint pen (1), the refill (2) comprising:」としても良いですが、一般にプリアンブルが1行以内であれば、改めてcomprising:の直前に発明の対象を書かなくても良いという実務家も多く、好みの問題となります。


 最後に、特許翻訳に求められる最大のポイントを振り返りたいと思います。正確な翻訳はもちろんですが、特許翻訳者の最大の仕事は、クライエントの権利を守ることです。いくら自信がある翻訳文であっても、クライエントの権利を損なってしまっては意味がありません。今回の回答でも、うまく訳せているようでありながら、実際ならばこの問題にここに抵触してしまうようなものが見受けられました。権利化までのプロセスはもちろんのこと、権利化後に揚げ足取りの材料を残さない翻訳が求められます。


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1級/化 学

第24回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


【問1】
 問1は、インプラント材料に関するクレームの問題です。米国審査の実務では、明細書はほとんど重視せずにクレーム文言のみで発明を把握して判断されるそうです。なので、「顎骨」などの発明特定要素に関係する訳語は正確であるか、再度確認しましょう。その技術分野で通常使用されている単語、例えば「埋入」にembed、「親和性」にcompatibleなどを訳語として採用できるかで実力が示されます。問題ごとに技術分野が異なるため、不得手な分野もあるかもしれませんが、ネットで技術手順のイメージがわかると誤訳が防げます。

 なお、念のためのご注意ですが、翻訳者には米国実務などの知識を直接的には求められておりません。なので、翻訳レベルでPL法や米国実務に対応する必要はありません。翻訳者に求められているのは、PCT出願の翻訳などのいわゆるミラー翻訳ですので、ある程度の直訳を心がけるべきだと思います。実務では、必要に応じてmodifyした英語明細書をクライアントサイドで作成してPCTバイパス出願をすることもあります。


【問2】
 問2は、リチウム系電池に関する従来技術の問題です。技術内容はわかり易かったと思いますが、電気分野特有の知識、例えば、capacitanceとcapacityの使い分け、正極と負極にAnodeとCathodeはあまり用いない方が良い(Wikipediaの電極の定義によると、電位により極性を定義する場合は、電位が高い方を正極、低い方を負極と呼ぶために、正極/負極とアノード/カソードは、電池と電気分解では対応が逆になります)などは押さえておきましょう。不安だったらすぐにネットなどで調べるくせをつけましょう。変な訳語を選んでいないか、訳文の発明に不整合がないかをかぎ分ける能力も実力です。簡便な知識は、Wikipediaやその技術を解説している大学や会社のHPから得られます。信頼性に注意しながら利用しましょう。Wikipediaが正しいとは限りません。

 なお、訳語が適切であるかどうかは、辞書に基づくだけではなく、例えば「出力密度」に関して英語検索で”power density” cell や”output density” cellや”output power density” cellのヒット数を比較したりして確認することもできます。しかし、ヒットした文献が日本人などの非英語圏の著者であるか、英語圏らしい姓名であるかどうか、なども訳語の正確性に影響しますので注意してください。論文や英文明細書には、日本人特有の英語も散見されます。


【問3】
 問3は、金属の製錬に関する実施形態の問題です。「製錬」とは、鉱物を溶融して金属を取り出すプロセスをいい、英語のsmeltingに対応します。これと似た用語に「精錬」がありますが、こちらは金属から不純物を取り除くプロセスをいい、英語のrefiningに対応します。また「装入」も「挿入」とはやや意味が異なります。このような同音異義語は紛らわしいですが、翻訳の際には区別が必要です。

 内容の理解はそれほど困難ではなかったかと思いますが、いくつか訳しにくい部分がありました。たとえば、「完全燃焼比率のガス組成に対して酸素過剰状態の混合割合で吹き込む」という部分は、そのまま訳すと不自然な訳になりがちです。「状態」等の言葉にこだわらず、内容を整理した方が明確な訳になります。

 文法については、冠詞のミスが多く見られました。特に多かったのは「混合ガス」の冠詞です。すでにtheで限定されている「混合ガス」に唐突に限定的な修飾句を加えると、それが前に述べた「混合ガス」と同じものを指すのかどうか不明確となり、読み手は混乱します。通常そのような場合は、不定冠詞を使用するのが適切です。


【問4】
 問4は、表面エネルギーの測定に関する実施例の問題です。本問は、多くの方が正確に訳していました。本問の中心となるのは、接触角の測定方法の説明です。図面がありませんので、原文を読んで位置関係を頭の中でイメージしたり、実際に図を描いてみたりするとわかりやすいと思います。

 角度θの説明の部分は、修飾句が多いため、内容を整理して訳さないと係り受けの不明確な訳になってしまいます。基本的に英語では、短い要素を前に、長い要素を後ろに持ってくると読みやすくなります。たとえば、「〜を結ぶ直線が、表面層の表面に対してなす角」の訳では、「〜を結ぶ直線」が長いため、「表面層の表面」を先に持ってきた方が係り受けが明確になります。

 また、「マスター型」の「型」はtypeでなくmoldを意味します。同じ言葉でも文脈によって異なる意味で用いられることはよくありますので、その都度原文の意味に注意して訳す必要があります。


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1級/バイオテクノロジー

第24回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評


 全体に、文字面を訳している答案が多かったと思います。言葉に含まれている情報をよく考え、対応する英語で訳すようにしてください。日本語に引っ張られて、本来の英語にない表現を創作しないように注意してください。
 【問1】
 「ビールテイスト飲料」というのは、日本でしか使われない言葉ですので、それに対応する訳語を考える必要があります。その意味は、一般的には、ノンアルコールまたはローアルコールのビールを意味します。従って、この訳は、low-alcohol beerまたはlow-alcohol/non-alcoholic beerとするのがいいと思われます。実際、Wikipediaでは、「ビールテイスト飲料」のEnglish versionではLow-alcohol beerに対応させています。日本の大手ビールメーカーは、beer taste beverageとしていますが、少なくとも現段階では、和製英語だと考えられます。そのくらいなら、”BIRU TEISUTO INRYOU”とする方が日本語をそのまま示していることがわかって、ベターとも言えます。
 「研究開発」は、”research development”としている方がおられましたが、これでは、researchのdevelopmentとなってしまい、日本語のように、「研究」と「開発」が独立のものとは見なせなくなります。一旦英語にしたものを日本語に訳し直し、本当に日本語の意味として同じ意味に戻るか、ということを考えるようにしてください。


 【問2】
 本問は比較的平易な文章であるため、日本語の意味を悩むことはなかったと思います。目立った誤訳として、「微生物は容易に増殖させることができる」の訳として、microorganisms can be easily proliferated.があげられます。proliferateは、文法的には、非対格動詞に分類される自動詞であり、受動態を作りません。上記の文章は、An accident was happened.の誤りと同じように誤っていると言えます。実際の論文や英文明細書でも、proliferateを受動態にして使用されている例も見受けられますが、そのほとんどは、日本人やアジア人による文章です。なお、過去分詞形の形容詞としてproliferated cells という形では使用可能です。
 また、「合成酵素」の訳として、今回の採点では不問としていますが、厳密には、ATP等を使用して物質の合成反応を触媒する酵素は、synthetaseであり、ATP等を使用せず物質の合成反応を触媒する酵素は、synthaseと使い分けがあることも知識の1つとしておきたいところです。


 【問3】
 「筋管細胞」を”myotube cell”としていた方がおられましたが、”myotube”で細胞そのものを意味します。「線維芽細胞(fibroblast)」同様、日本語で「細胞」とあるからといって、そのまま訳す必要がない場合もあります。
 「培養筋細胞系」はcell lineで訳している方がおられましたが、細胞株そのものを意味するのではなく、筋菅細胞を分化させる培養系(cell cultureまたはcell culture system)を意味します。
 「確認する」という日本語は、英語ではconfirmという意味とexamineという意味があります。前者は、あらかじめわかっていることを確認すること、後者は、わからないことを調べること、という意味になり、区別が必要です。


 【問4】
 方法の発明の場合には、どのような工程をしているか、しっかり把握してください。請求項1では、核酸増幅を行うことと、挿入及び欠失変異を検出することとが、請求項1における工程です。
 請求項中に、「挿入及び欠失変異」とありますが、遺伝子中の挿入により、又は欠失により、アブシジン酸8'位水酸化酵素遺伝子の機能が抑制されたものを検出する方法であり、必ずしも挿入と欠失の両者が生じた変異を検出する必要まではないと考えられます。したがって、限定的に解釈される可能性があるinsertion and deletionではなく、insertion or deletionとするか、insertion and/or deletionとするのが望ましいと思われます。


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2級

第24回 知的財産翻訳検定 2級 講評


 【問題1】

 1.基本的な構造を有する請求項の問題です。
 請求項は1つの名詞句であって、その前にある、We claimの目的語、またはWhat is claimed isの補語です。したがってこの中で自由にSVOを記述することはできないので、先人がいろいろと文法的な工夫をこらしました。


 第1に、修飾部が複数付いている名詞句は「流動性を有する粉末食料を保持する内部カップであって、該内部カップが開口部とフランジとを有する内部カップと」では、
これは比較的簡単なので通常の英語力でこなせば、an inner cup, for holding flowable particulate food, having an opening and a flangeとすることができますが、いつもこれでこなせるわけではありません。


 さらに複雑な表現を要する場合があります。
 その場合は、「流動性を有する粉末食料を保持する内部カップ」と「該内部カップが開口部とフランジとを有する」とを独立分詞構文という同格名詞句を使って同格名詞にします。
 an inner cup for holding flowable particulate foodという名詞句と、
これと同格の独立分詞構文the inner cup having an opening and a flangeとを同格名詞としてコンマでつなぎます。


 この後者の表現の方が強力であり、どのようなケースでも使えます。


 第2構成要件はまさにこれでなくてはこなせない表現です。
 この基礎的な知識を理解している例とそうでない例が見られました。


 2.「液密状態で組み合う」の「組み合う」はいろいろな表現があると思いますが、「係合する」ですので、interlock、engage、joinなどでしょう。


 【問題2】

 時流に沿った問題としてヒ素分析を取り上げました。化学色のやや強い問題でした。

 1.元素名は、初出のばあいは無冠詞ですが、既出になれば、通常の文法通りの扱いで、前記であればtheが付きます。3価のヒ素、5価のヒ素を総じて「ヒ素類」と言うときには無冠詞複数形を使います。
 エチルアルコールは、ethyl alcoholですが、メチルアルコールmethyl alcohol、さらにその他のアルコールもあるので、これを総じてアルコール類といいたいときには、alcoholsといいます。

 2.特定の分析法である、ICP−OES法は本題の主眼ではありませんので用語を提供しました。

 3.「特許文献2には、水相中の全ヒ素のうち3価のヒ素をICP−OESによって分析可能な状態に変換したのち分析し、ついで5価のヒ素は3価のヒ素に還元してICP−OESによって分析する技術が記載されている」の意味を誤解されている例がありました。
 水相中の全ヒ素のうち3価のヒ素をICP−OESによって分析可能な状態に変換したのち(ICP−OESによって)分析し、ついで5価のヒ素は3価のヒ素に還元して(から)ICP−OESによって分析するというステップを誤解した例がありました。

 日本語の段階で何をどうするのかということを明確に理解する必要があります。
 明細書の文章の中には残念ながら省略などがあり、誤解しやすい文章もないとは言えませんが、この段階で正しく理解して日本語の質を上げておくことがもっとも大事ではないでしょうか。質の悪い、間違った日本文からはどのようにしても正しい英文は出せません。英訳には日本語を正しく理解する日本語力が重要であることは言うまでもありません。


 【問題3】

 比較的平易な内容であった所為かどの解答もかなりよくできていました。「予め規定された」の訳は、”a predetermined”とするのが良いと思いますが  “specified in advance”, も正解としました。“prescribed”は、法律の条文などで使われる言葉ですので減点の対象としました。

※なお、問題1の課題文において、手違いにより「粉末食料」とするべきところ「粒子状食料」と記載されておりました。受験者各位にはご迷惑をおかけしましたことにつきお詫びいたします。今後はこのような瑕疵が生じないように十分注意いたします。この点につきましては課題文原文通りの翻訳についても減点の対象とはいたしておりません。(知的財産翻訳検定試験 試験委員会)


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3級

第24回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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