1級/知財法務実務
第18回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
前回までしばらく要約問題が中心でしたが、今回は検定の原点に立ち返り、原文文意を正確に写しとる翻訳技能をみる観点から、知財判決文の部分訳をしてもらう形式としました。
題材は、大阪地裁の特許権侵害事件で、国内優先権の基礎となる出願に記載されていた事項をもとに訂正をしましたが、訂正事項に関する基礎出願での開示が不十分として優先権の効果が認められず、権利者自身の実施事実(製造販売)をもって新規性なし特許無効とされた事案です(知財高裁でも是認)。ヨーロッパ特許でも近時類似した優先権の問題が話題となりましたので、タイムリーなトピックとして取り上げました。
翻訳課題の範囲は裁判所の判断の部分であり、具体的には基礎出願の開示と訂正内容との対比、無効理由の説明を記載した部分としたので、日頃特許出願後のいわゆる中間手続に携わる機会がある方にはなじみのある表現であったかと思います。答案でも、原文の記載内容はおおむねよく理解されていたと思います。
一方で、原文に適切に対応した英文表現への変換となりますと、いまひとつなじんでおられないと感じられるところも散見されました。例えば、原文では角度数値範囲の特定を「±10度」という記載で表現していますが、これをそのまま英語で表現しようとしてもうまくいかないと思います。いったん意味を咀嚼して英語の表現に変換する必要があります。また、用語の面では、例えば「権利行使」については、enforcement (<enforce)という慣用語がありますから、辞書から似た意味の他の語を持ってきてもプロの表現とはなりません。この点、以前の講評でも書きましたが、例えば、知的財産高等裁判所の判決英語要約などで、頻出する英語表現に慣れておくことが役に立つと思われます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。
※2018年4月19日付けで標準解答に一部誤りがございましたので訂正しております。
問題(知財法務実務)PDF形式191KB 標準解答(知財法務実務)PDF形式54.0KB
1級/電気・電子工学
第18回NIPTA翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
全体的には出来は良かったと思いますが、不注意による訳落ち、誤訳、読み間違い等も多く、結果 として合格点に達した答案は少数でした。
問1のクレームの英訳では、初出の単語に定冠詞theを 付している答案が少なくありませんでした。初出の単語に定冠詞を付けると、審査においてlack of antecedent basis という拒絶を受けることになります。
問2、問3では、単語の誤訳が目に付きました(「展開」、「実用化」、「光強度」など)。単に 和英辞典を引くだけでなく、英英辞典、シソーラス等を用いて、選んだ用語が最適な訳出なのか否かを、慎重に精査することが求められます。 また、冠詞の間違い、句読点の落ちなど、基本的な誤りも目につきました。1級を取得し本物のプロを目指す以上、こうした間違いは極力少な くしなければなりません。
問題(電気・電子工学)PDF形式190KB 標準解答(電気・電子工学)PDF形式44KB
1級/機械工学
第18回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
今回の試験は、技術内容は非常にシンプル、用語も調べれば簡単に分かるもの、しかしその用語の用法を身につけていなければ使えないものが多い、というのが特徴でした。
今の時代は辞書に加え、インターネットで簡単に用語を調べることができますが、これが逆に訳語選択ミスをしやすくしてしまっています。その上、正しい訳語に出会えても、その単語の使い方までは細かく知ることができず、どのようなケースでは使ってはいけないのかも分からず、闇雲に使ってしまう方が多いのです。
問1
この問題は、和文の0004が言葉足らずです。噴射ノズルとチャンバとの結合部分の損傷により「汚染問題」が起こると書かれていますが、こういった場合、少なくともふたつの汚染が考えられます。ひとつは、対象の基板以外のところに原料物質が付着するというもの、もうひとつはこの損傷部分から噴出する原料物質により基板に望ましくない原料物質の付着が起こるというものです。本件の場合、「基板以外の領域」と明記されているので、前者になりますが、大切なのは「ならば、後者が起こってもかまわない」わけではないということです。作業対象の健全性が保証されて当たり前です。しかし、多くの回答ではproblem of contamination of areas other than a substrate by the materialの様な表現が使われていました。これでは、「基板なら汚染されてもかまわない」という風に読まれてもしかたありません。和文の言葉足らずのところを補って、 contamination becomes problematic as the material reaches areas other than a target substrateの様な工夫が欲しいところでした。
問2
軸受けに油を含浸させてあるという表現について、ほぼ全員が「含浸」の訳語に対してimpregnateと正解にありつきました。しかし、impregnateを正しく使えたのは一部の方にとどまりました。The bearing is impregnated with oilが正しい用法ですが、これが逆になっていたり、oil impregnates the bearingのような表現が見受けられました。また、0012の表現「プラスチック粒子3間に含浸させた液体潤滑油4」については、実はimpregnateは使えません。Impregnateされるのは、その本体なり材料なりであり、それはその中に存在するであろう空間を利用するものですが、空間そのものをimpregnateすることはできません。そのため、ここは何かしらの表現を変えて翻訳する必要があります。回答例では、「プラスチック粒子3間に留まっている液体潤滑油4」と読み替えて翻訳しましたが、「プラスチック粒子3間に空孔3aを有するすべり軸受2に含浸させた液体潤滑油4」の様な読み替えでもかまいませんし、単に「すべり軸受2に含浸させた液体潤滑油4」でも良いでしょう。臨機応変に対応すればいいと思います。
また、この問題には、意図的に変換ミスが含まれていました。0011の「堆積」は、実は「体積」です。単位が立方ミリメートルなので、当たり前のはずなのですが、深く考えずにdepositと訳してしまった方が半数程度でした。この変換ミスは、出典においても含まれていたので、あえて残しました。以前の試験でも指摘したことですが、原文の原稿には何のミスもないことの方が珍しいのです。「そう書いてあるからとりあえずそう訳す」のは大きなミスの危険性をはらんでいます。
問3
出題のポイント
問3は、PCTの米国国内移行における方法クレームを出題しました。物の発明は特許権の侵害の発見が容易で権利行使もしやすいのですが、方法の発明は、その方法を実行している行為を発見・認定しなければならないという問題があります。このため、日本における特許出願では、一般的に方法のクレームは好まれません。
しかしながら、米国訴訟実務では、ディスカバリーと呼ばれる強力な証拠収集手続きがありますので、方法クレームによる権利行使が広く行われています。したがって、米国特許クレームの翻訳では、方法クレームも重要となっています。方法クレームは、動名詞を使ってAct(行為)で記述することが基本となります(たとえばFaber on Mechanics of Patent Claim Drafting§4:2参照)。
一方、米国特許実務では、meansの語と同様にstepの語が嫌われるので、そこも出題のポイントとしました。
標準解答の解説
米国出願でミーンズクレーム(means for 〜ing)が嫌われていることは、嫌われる理由はともかく実務経験の豊富な特許翻訳者の間で広く知られています。ミーンズクレームは、物の発明で使用される表現ですが、権利化後に権利範囲が実施例の均等物に限定されて不利に扱われるという一面を有しています(米国特許法第112条第6パラグラフ)。したがって、手段をmeansと訳さないようにする指示が広く行われています。
ミーンズクレームの方法クレーム版がステッププラスファンクションクレーム(step for 〜ing)です。ステッププラスファンクションクレームについても権利化後に権利範囲が実施例の均等物に限定されて不利に扱われる可能性があります(米国特許法第112条第6パラグラフ)。
このため、PCT出願の米国国内移行では、予備補正でstepを削除する実務が行われる場合があります。今回は、このシナリオを想定した出題です。なお、step for 〜ingでなく、step of 〜ingと表現すれば、法律上は権利範囲が実施例の均等物に限定されるとの推定は働かないのですが、チェック負担の軽減その他の理由によりstepを削除する実務が広く行われています。クレームでstepとmeansを検索するだけで、米国特許法第112条第6パラグラフに関するチェックができることが理由の一つです。
米国実務における標準解答の使用
標準解答では、「stepの語を使用するクレーム」が米国国内移行で提出する翻訳文で使用されます。一方、「stepの語を使用しないクレーム」は、予備補正で使用されます。「stepの語を使用しないクレーム」は、下線部(a gear machining step of、a quenching step of、及びstep)が削除されているだけなので、方法クレームの実体的な構成要素以外の削除だけとなっています。したがいまして、日米の代理人も米国審査官も補正の可否の判断が容易にでき、権利化後もこの補正の可否が争点にはなりません。
なお、このクレームでは、quenchingは1回だけですが、2回以上出てくる場合には、たとえばthe quenching of the obtained gear include 〜のように下線部を追加することによって区別することもできます。
今回は受験者全員を通してクリティカル・エラーはあまりなかったものの、このような細かい減点で合格点を割ってしまった方がほとんどでした。合格者も出ていますが、ミスが全くなかったわけではなく、ミスに対する減点がギリギリ合格ライン内に留まる程度だったということです。
単語を辞書やインターネットで調べ当てたらおしまいではなく、その用法を確認し、自分の書いた文に自信がなければその表現が実際に欧米のページである程度ヒットするかまで調べる用心深さが必要です。大量にヒットしたものの、すべて日本のページだった、という日本独自の「ご当地英語」も要注意です。
問題(機械工学)PDF形式269KB 標準解答(機械工学)PDF形式52.5KB
1級/化 学
第18回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
問1
押し出し発泡成形の方法特許に関する出題です。翻訳する上で特に難しい表現などはありませんでした。しかし、特許請求の範囲は、文言の一語一語が審査対象及び権利範囲を定める基礎となります。従って、たとえより正確にわかりやすいようにとの目的であっても、書き換えはしないでください。
権利侵害は、それぞれの請求項に記載された要件を満たすかどうかで判断されます。例えば、請求項1にcompositionを記載した場合、侵害者がcompositionを使っていないと主張してくる場合があります。請求項2には「準備する」とあるのに、mixingを方法のステップとして書いた場合は、他社から購入しているので、mixing要件を満たさないから侵害ではないと主張されることがあります。特許請求の範囲の機能を理解して、争いになった場合に相手の主張の根拠となるような文章は、作らないよう心がけましょう。
問2
ソフトコンタクトレンズに関する背景技術です。割と簡単な内容だったせいか、受験者のレベルが高かったせいか、冗長な文章でも全体的にうまく訳されていました。ただ、「イオン性の有無や含水率の高低」に関して、「有無」や「高低」を省略する訳が散見されました。特許請求の範囲を減縮する場合には、明細書の文言が根拠となります。「イオン性の有無」と記載されていない場合に、「イオン性が無い」要件を付ける補正は非常に困難となります。将来の不利な結果を招くことがありますので、気を付けてください。
問3
有機EL素子に用いるバリア層についての説明です。本問では、原文の説明の流れを正確に理解できたかが、訳文の明解さに表れていたと思います。具体的には、バリア層を「緻密」にできるため「薄く」できる、そして「薄く」できるため「透明性」が増すという因果関係を理解し、かつその理解が伝わる表現をしていた解答とそうでない解答とに分かれました。ここでの「緻密」は、"fine"より"dense"の方が適切です。
また、「従来のバリア層のみを用いた構成に比べて」をどう訳すか悩まれた方も多いと思います。この「構成」という言葉に流されず、比較対象を同じ「バリア層」に合わせた方が、読み手にとってわかりやすい英文となります。
問4
共重合体の調製に関する実施例の説明です。実施例の説明としてはオーソドックスな内容であり、解答も他の問より全般的に良好でした。数値を文頭に出さないよう倒置をうまく用い、操作の流れを意識した訳文も見られました。また、「滴下」や「冷却管」などの技術用語もきちんと定訳を用いている方が多かったです。
一方、「ポリビニルブチラール」や「t−ヘキシルパーオキシピバレート」などの化合物名については、スペースの入れ方が適切でない訳が多く見られました。化合物名の訳は、難しい場合もありますが、基本的な規則を理解し、インターネットなどで丁寧に調べることで、正確な訳に辿り着けます。また、「重合度」を"polymerization degree"とした訳が多かったですが、"degree"は、"degree of polymerization"のように後ろから修飾するのが普通です。
化学の実施例で用いる表現は、ある程度決まっていますので、米国人の書いた特許明細書や本検定の過去問などで表現を収集しておくと翻訳の助けになります。
その他
翻訳の実力がある程度ついてくると、記載内容を省略したり、逸脱したりする傾向が出てきます。知財翻訳では、請求項は権利主張の根拠ですし、明細書はそれをサポートするものです。それぞれの機能を理解して、丁寧な翻訳を心がけてください。また、一般的で多義的な文言ではなく、その技術分野に適した用語を採用してください。実際の作業でどのような器具を使用するのか、イメージできないと誤訳につながるようです。実験道具や実験操作も、ネットで公開されていることがありますので、自信の無い場合は手間を惜しまず確認してみてください。化合物の英語表記はIUPAC命名法に従いますので、権威あるサイトで確認する等、やはりネット環境をぜひ活用してください。
解答は、スペルチェックを忘れず、スペルチェックをすり抜ける誤訳(ionicityがiconicity等)にも気を付けて、ワード等のテキスト文書を作成してから、解答欄に記入するよう心がけましょう。
問題(化学)PDF形式81.2KB 標準解答(化学)PDF形式56KB
1級/バイオテクノロジー
第18回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評
受験者は少数でしたが、成績はいずれも低調でした。
特に、問3の第2段落は、内容を理解しないと訳せない問題で、そのまま日本語を置き換えただけの訳では、どこがどこにかかるかさえ、わからないような英文になります。必ず内容を理解した上で、翻訳するようにしてください。
また、専門用語の訳の間違いが目につきました。例えば、「遺伝子破壊」は、英語で”gene disruption”であって、他の「破壊」の訳語ではありません。日本語で「引く」を訳すとき、縄を引くのか、線を引くのか、によって英語が異なるように、コロケーションには十分注意してください。3つめは、翻訳というものの理解が足りません。
翻訳とは、日本語の単語を一つ一つ英語に置き換えてできるものではありません。日本文を読んで、技術内容を理解し、日本文に書かれていることを英文に再生産する作業です。単に、単語を英語に置き換えて、単語の順序を日本語に合わせることは翻訳ではありません。このことを忘れている翻訳者が多いので、自分ができていないと思われる場合は、常に気にかけるようにしてください。
問題(バイオテクノロジー)PDF形式83.3KB
標準解答(バイオテクノロジー)PDF形式143KB
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