1級/知財法務実務
第21回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評
問1
本問では、アメリカ連邦裁判所での出願代理人の不法行為について争う訴訟の中で、出訴した原告特許権者の特許権の有効性が争われた、いわゆるcase within a caseの事件を取り上げました。特に本訴訟係属中に連邦最高裁判所がいわゆるAlice事件において、コンピュータ関連発明を法定保護対象として認定する上での判断基準を権利者にとって厳となる方向で見直したことが結論に大きく影響した点で、外国特許を扱う者にとって有益な情報を含むと考え選定しました。
まず、本問の出題に当たり、原英文中に引用されている他の判決、文献等について、訴訟当事者の名称の固有名詞等の翻訳にわずらわされることがないよう、該当部分については訳出する必要がない旨記載しました。これは、出題者としては、該当箇所を日本語に翻訳することなく原文のまま記載してもらうことを意図していましたが、「訳出不要」という指示をしたために該当箇所についてまったく記載されていない答案も見受けられました。これを受け、採点に当たっては、該当箇所の記載有無については考慮しない措置を取りました。受験者各位にはまぎらわしいインストラクションによりご迷惑をお掛けしました。今後出題意図が明確となるように注意する所存です。
では次に、採点にあたって気づいた全般的な問題点についてですが、まず判決文という法律文書を翻訳する上で一般的な法律用語についての知識が上げられます。例えば、malpractice(過誤)、defect(瑕疵)、burden(立証責任)といった用語です。一般的な法律用語について通常と異なる辞書的な訳語を当てた場合、訳文の違和感の原因となりますし、場合によっては誤訳となることもあり得るので注意が必要です。
また、受験者各位が悩まれたと思われる表現としては、that, had it not been for Dickstein’s purported malpractice, Britannica would have prevailed in its ...infringement suitを、仮定法の翻訳も含めて訳出に苦労されたように見受けられました。あるいは、"an attorney is not expected, much less required, to accurately predict developments in the lawの部分についてもmuch less requiredの意味を取り違っている例が散見されました。これらの点については、標準解答例を参考にしていただければと思います。
今回の問題は、内容、分量ともにかなりハードルが高いと感じられた向きもあるかも知れません。しかし、出題者としては知財法務実務1級にふさわしく、また受験者の方に読解することを通じてなんらかの新たな知見を得ていただけることも目標といたしました。この点ご理解いただいて今回残念ながら合格に至らなかった皆様にも引き続き挑戦していただければうれしいと思っております。
問2
グローバルな知財業務を行う上で、契約に関する翻訳知識は今後ますます重要となると考え、商標の使用に関するライセンス(使用権許諾)契約について出題しました。
概ね原文の意味を適正に捉えて翻訳されている答案が多かったのですが、契約の核心であるGrantの内容について誤った解釈をされている例が散見されました。例えば、except for the exclusivity set forth in the following paragraph、あるいはon the terms and conditions as set forth hereinのかかり先を誤解したものなどです。この部分に誤訳がありますと契約書の翻訳としては致命的ですので、ぜひ標準解答例などを参考に確認していただきたいと思います。
また、契約書においては、ある用語に通常とは異なる意味合いを持たせるよう特別に定義して用いることがありますが(以下「定義語」といいます。)、定義語は、英文契約書においては先頭大文字で記載したり、イタリック体で記載したりして、通常の意味合いで用いている通常語とは、区別がつくように記載されています。したがって、英文契約書を和訳する場合には、この「定義語」が原文同様に区別可能に訳出する必要があります。例えば、本問においては、第2.3項において、「trademark」、「territory」、「products」という通常語が登場していますので、定義語である「Trademark」、「Territory」、「Products」をそれぞれ単に「商標」、「地域」、「製品」と訳出したのでは、通常語との区別がつきません。従って、「対象商標」、「対象地域」、「対象製品」などと訳出に工夫が必要です。なお、一部の解答で、「Trademark」を「当該商標」と訳出していた例がありましたが、「当該」とは、「その」や「この」などと同じく指示詞として用いることもありますので、「当該商標」と訳出したところで、「当該」(この)とは、通常語の「商標」を指示するのか、あるいは定義語の「商標」を指示するのか、文脈によっては疑義が生じてしまうこともあります。実務においてご留意いただければと思います。
なお、licenseについて実施許諾と訳出されている例がありましたが、対象が特許技術ではなくマーク(標章)ですので、「使用許諾」とすべきと思います。
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1級/電気・電子工学
第21回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評
原文に忠実で、且つ自然な日本語として、訳落ち等も無く訳せていた答案は、残念ながら少数でした。
やや読解力に問題があるように思える答案も散見されました。問題文全体の主旨を捉えることができないために、致命的な誤訳をしてしまっているように見受けられました。読解力は、読み込み量を増やして向上させるしかありません。特に1級を目指す場合、毎日良質の英文に触れることを怠らないようにしてください。技術全般について広く浅く勉強しておくことも大事だと思います。読解力が弱いと、どうしても些細な訳落ち・誤訳も多くなります。
明細書やクレームの書き方、読み方の基本についての知識が不足しているのではないかと思える答案も散見されました。特許法の基礎知識が無いと、合格はかなり難しいと思います。多くの特許翻訳の入門書では、特許法の最低限の知識についても記載していますので、これだけでも一読した上で試験に臨まれるのが良いと思います。
以下は、各問に関する講評です。
問1
本問は、コンピュータプログラムのバグを除くためのデバッギングに関するものです。内容としては、プログラミングの基礎の基礎程度の知識があれば、読解は比較的容易と思われる内容です。この問題で多くの受験生が誤訳していたのが、最後の「Further, when a developer...functionality.」の一文です。この文は、単独で見ると少し分りにくいですが、前後関係から、「コードの一部だけデバッグし、残りはデバッグしないようにしたい」という意味であることは理解できるはずです。これを読み違えてしまうのは、単に英語力云々が原因の場合もありますが、当該技術分野への知識が不足していることが原因である場合も多いと想像されます。スピードを上げるためにも、普段から技術知識の蓄積を増やすよう心掛けて下さい。
問2
電子回路基板に関する技術で、かなり基礎的な内容です。かなりの人が満点近く取れると期待していましたが、本問でも小さいミスを重ねている答案が目立ちました。問1でもそうですが、助動詞を訳し忘れる人が多いと思います。例えばmayなどの助動詞も、何らかのニュアンスを持たせるためにわざわざ書き込まれているのですから、安易に落とすことはいけません。
問3
レーザ技術に関する問題です。光学分野に慣れていない受験生には一見難しく見えたかもしれませんが、クレームの文法表現は比較的平易且つ明確で、諦めず単語を調べていけば理解できる内容だと思います。
このため、3問の中では、比較的良く出来た受験生が多かったようです。しかし、技術用語の訳語の選定を誤った結果、技術的に意味の通らない内容となってしまい、大きな減点を受けてしまった答案も幾つかありました。不慣れな分野をできるだけ少なくすることが重要です。これは、実務でも言えることです。運悪く不慣れな分野に当たってしまった場合には、選定した訳語が、当該分野でどのように使われているか、十分に確認しながら訳出するよう心掛けてください。
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1級/機械工学
第21回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評
今年は総合的にレベルが高いという印象を受けました。問題は決して簡単ではありませんでしたが、それでも全体的に点数が高く、合格はならなかったもののあと一息というレベルの受験者が多く見られました。
ただ、すぐに適切な日本語が見つけられない単語を安易にカタカナで表記してしまう、という傾向は相変わらず見られます。多くの場合、特段の害はないのですが、場合によっては致命的なミスになることもあり得ます。
例えば、問1において、green partという用語が出てきます。これはセラミクスなど幾つかの分野で使われる用語で、基本的には、熱処理する前の生の材料を形にしたもの、という意味です。例えば陶器を作るときに、粘土をロクロで回して形作った、焼く前の状態の器がそうです。この問題の技術では、粉を押し固めて作っているので「圧粉体」あたりが望ましいのですが、多くの方は「グリーン体」のような訳をされました。ポイントとしては、別の意味を持った正式な用語として「グリーン体」が存在しないこと、また現場で実際に使われている用語であることを考えると悪影響はないため、減点の対象にはしませんでした。
一方、同じ段落のgrindingを「グラインディング」と訳された方は減点になりました。理由は、この用語は英語では「表面を削る」という意味と「砕いて粉にする」という意味がそれぞれあるのですが、日本語の「グラインディング」は「表面を削る」という意味なので、誤訳にあたります。
Nitrogen millingも正しく訳せた方もほとんどいませんでしたが、グーグルで調べるとメーカーのページからこれがどのような技術であるかすぐにわかります。用語選択にあと一歩、工夫が欲しいところでした。
一級合格者の中にもこのような単語のミスをされた方もいらっしゃいますが、致命的なミスでない点と、他にミスがなかった点を考慮して、合格としました。
問2は、古典的な技術英語で書かれた文です。そのため、見慣れない表現が含まれていて慌ててしまった方もいらっしゃるかもしれません。
In a cardinal mannerというのは、「四方位に」とか「四方向に」という意味です。対象が電子機器であって持ち運べるものですから、「四方位」ではなくて「四方向」ですね。図面を見ればすぐに分かることです。
In register withは、「位置関係を合わせた」という意味です。間違っても記憶装置の中に入っている、ということにはなりません。Registerの前に冠詞がないことから一目瞭然と思われますが。
今の時代にこのような古典的な表現を使って特許を書く人は稀ですが、関係資料や先行技術の翻訳で出会うことは十分にあり得るので、身につけておくと良いでしょう。完全一致でネット検索するとほぼ間違いなく見つかりますが、私は念のため、古い機械用語の辞書をオフィスに置いています。製鉄や自動車のような古い産業はもちろんのこと、今回のような電子機器技術においても、今では全く思いつかないような古典的な技術用語にいつ出くわすか、わかりません。
問3は、電力生成に関するシステムと方法の発明のクレーム翻訳でした。米国出願実務において、クレームセットにシステムと方法の発明のクレームが含まれている場合には、通例では、表現を可能な限り統一する実務が行われます。これは限定要求がなされる可能性を小さくするためです。したがって、特許翻訳実務においても、先ずシステムクレームを作成し、システムクレームから方法クレームを作成する場合が多いと思われます。このような実務を想定し、問3では、敢えて意図的にシステムと方法で表現を変え、しかも少し違う構成を方法クレームに1つだけ紛れ込ませました。
しかしながら、本試験の受験生のレベルが年々上がっているようで、この程度のトラップに捕まる方は殆ど居ませんでした。今回は、上位層においては、問3では、あまり大きな差がつきませんでした。ただし、受験生のレベルの上昇に伴い、合格者も増えましたので喜ばしい結果になったと思っています。
今年は英文をそのままなぞって翻訳する方はあまりいませんでしたが、それをされた方は、案の定、誤訳をしてしまったり、多岐に解釈できる分かりづらい文になってしまいました。そのような翻訳をされた方の少なさからも、今回のレベルの高さが伺えます。訳語選択ミスが2?3か所少なければ合格という方も数名いらっしゃいました。今後が楽しみです。
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1級/化 学
第21回 知的財産翻訳検定 1級/化 学 講評
現在、簡便に利用できる機械翻訳は、ビッグデータ処理による確からしい訳の組み合わせで作成されます。したがって、その文章の構造や内容は分析処理されているわけではありません。特許分野の翻訳では特に、人間による翻訳の特徴を生かし、文章構造を考え、技術内容を理解して、その場に適切な言葉を選択して訳すようにしましょう。
今回は受験者の水準が高く、訳抜けがほとんどなく、高い平均点でした。
英語の基本ですが、翻訳で最後まで難しいし重要なのは、初出や一般的なaやanを指すのか、すでに話題となって読み手と書き手がイメージする対象が一致しているtheやsaidで表されるものかを明確にするかしないかです。特許明細書では、本願発明のことかそれとも先行技術発明なのかは権利範囲に関係しますので特にクリティカルです。
初心者は、わからない部分を漫然と直訳したり、カタカナで逃げたりしますが、気になった部分はインターネットなどで調査して確認するくせを付けましょう。
問1は、積層ガラスの製造方法です。強制冷却操作が実際にどのように行われるのか、考えて訳してください。方法発明では、明細書はもちろんのこと、特許請求の範囲では特に、操作の順番が固定化されていない、つまり、自由度が高い場合には、発明の範囲が広くなります。afterやfollowed byなどで、操作の順番が決まっているかどうかに注意し、順番が決まっていない場合はその点を明確にするように翻訳して下さい。原語がwhereinで区切られている場合は、前後を区別して訳した方が良いでしょう。
問2は、乳化シャンプーの発明で、理解しやすいと思います。技術的用語というよりも、かなり一般的な言い回しが多いので苦手とする訳者もいるかもしれません。発明は一般社会で実施されて初めて価値が高まるものですので、一般的な日本語も適切に使えるようにしてください。foam creaminessは「泡立ち性」でもよいかもしれませんが、発明者としては、柔らかく、ふわっとしてなめらかな泡を形成する特性を表したかったと思われます。
問3は、化合物名称は、原則、IUPAC命名法に従って記載してください。発明者は当業者に当然の操作の場合、記載を省略することがあります。どのような実験操作をするかがわかっていないと間違えることもありますので、直訳で足りるわけではなく、読み手に理解できるように工夫しましょう。
問4は、受験者は、遠心分離操作の内容が理解できているようで全体的に良くできていました。単位の誤記は文章全体のどこかに補正の根拠が無い場合、補正できないおそれがありますので、気を付けましょう。
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1級/バイオテクノロジー
第21回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー 講評
今回の問題は、全体的に英語としては難しくなく、その分、しっかりした日本語として訳してもらいたかったと思いますが、それができている受験生はいませんでした。
まず、問1では、"at least one peptide of any of claims 1-39"を「請求項1〜39のいずれか一つに記載のペプチドの少なくとも一つ」と訳すと、「いずれか一つ」と「少なくとも一つ」が矛盾するか、あるいは「請求項1〜39のいずれか一つに記載のペプチド」が複数個あるように読めてしまいます。
co-formulatedを「共処方された」と訳しても、意味がわかりません。co-formulationを英英辞典で調べると、"The act or result of packaging more than one drug into one pill."とありますので、co-formulatedだと「合剤にされた」という意味だとわかります。
問2では、"harbor latent or persistent tuberculosis infection, which refers to"の部分で、「・・・を意味する、潜在性または持続性結核菌感染を有している」とすると、「有している」のは、「潜在性結核菌感染」または「持続性結核菌感染」のどちらかという意味になり、前から係る、「・・・を意味する」のは、どちらであるのか、という問題が生じます。そもそも、「潜在性結核菌感染」と「持続性結核菌感染」はほとんど同じ意味ですから、例えば、「潜在性または持続性結核菌感染と言われる」などの文脈であれば大丈夫ですが、「潜在性または持続性結核菌感染を有している」とすると、日本語としてどうかと思われます。
問3は、実験操作に関する問題であり、英語の問題というよりも、日本語の問題が大きかったと思います。例えば、"broken open around the air sack"や、"small puncture...was made through the inner and outer membranes into the allantoic cavity"など、実際にどのような操作を行っているかをイメージしながら、日本語として、より自然な訳を作成してください。また、この文章内でのextractは、尿膜腔液を(尿膜腔から)「抜き取る」操作を指します。いわゆる生化学用語における特定成分を分離等することを意味する「抽出する」ではありません。
問4は、幹細胞の分化に関する一般的な説明の問題です。一文が長く、構文が取りにくかったかもしれませんが、幹細胞についての基礎的な知識があれば、難なく訳せる問題と思います。定訳がなく、訳しづらかったと思われるcommittedの単語については、全員が意味を取って訳されていました。
最終の文のThe term "committed", refers to a cell that...は、最後のa less differentiated cell typeまでthatが係ります。つまり、「より分化程度の低い細胞型に戻ることができない段階まで進んだ細胞」となります。また、"proceeded in the differentiation pathway to a point where,..."も厄介ですが、"proceeded (in the differentiation pathway) to a point where,..."と考えるとわかりやすいと思います。
英文を抜け等なく、正確に訳しているかの点も重要ですが、日本語として曖昧さがなく、適切に訳しているかの点も大切です。全体として英文が平易だったこともあり、英語の点よりも、日本語の点で厳しい評価となった答案が目立ちました。
【問4の標準解答につきまして】掲載しておりました訳文中において不備が発見されたため、委員会で協議し、一部内容を修正しましたことをご報告いたします。
皆様にはご不便をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
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