第25回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評



参考解答訳および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。)


1級/知財法務実務


第25回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 問題文にも記載しましたが、本問は、2012年に施行された米国改正特許法(Leahy-Smith America Invents Act、AIA)であらたに導入されたInter Partes Review(当事者系レビュー、IPR)での決定を不服としてCAFCにて争われた控訴審事件に関します。IPRは、従前の当事者系再審査に代わって、米国特許庁において特許の有効性を争うための制度として導入されており、我が国特許法での特許無効審判制度に相当します。IPRでは、特許発明の権利範囲を示すクレーム解釈の基準として、「Broadest Reasonable Interpretation (最も広い合理的な解釈、BRI)」が採用されており、裁判所における通常のクレーム解釈(plain and ordinary meaning)に比して広いとされ、そのため、先行技術に基づいて無効と判断される蓋然性がより高くなる特徴があると言われます。現在、IPRについては、制度自体として合衆国憲法の規定に違反しているのではないか(特許権は私有財産であり、憲法3条の規定による手続を経ずにUSPTOがIPR手続により消滅させることは妥当か)として、今後最高裁判所において合憲性が争われる予定であるという大きなトピックもあり、当面なにかと話題になるものと思われます。
 さて、本問の内容に立ち返ると、本問問題文は、CAFCが2017年8月4日に判決したHOMELAND HOUSEWARES, LLC v. WHIRLPOOL CORPORATIONから採りました。IPRでは、先行技術に対する特許の有効性が確認されましたが、クレーム文言の適正な解釈を怠ったものであるとして、CAFCに上訴されました。
 問題となっている特許はフルーツなどを粉砕して流動状にする家庭用ブレンダー(ミキサー)の動作制御手法に関しています。中でも、クレームに記載されている"settling speed"という用語がなにを意味しているのかが一つの争点となっています。上訴人は、IPRの審理過程では、この用語の意味を適正に解釈しないまま、当該用語の充足性を含めて特許性を判断し、それにより有効と決定した瑕疵があるというのです。
 問題となっている"settling speed"という用語自体、なかなか訳出しにくい意味内容を含んでいると思います。参考訳ではその意味内容に着目して「静定速度」という造語っぽい日本語を当てましたが、採点上は格別に意味内容を誤解させるようなものでなければ広く正当と考えるようにしました。
 次に、新規性について、anticipateという用語ですが、これも辞書的な訳語(予期する、等)を単に当てはめるだけではこなれない翻訳となりやすいので、新規性の有無といった内容を反映させるような表現をとることが望まれます。それに関連して、limitationの用語も特許分野では頻出する基本用語ですので、限定、限定要件と言った一般的な訳語がただちに思い浮かぶようであってほしいと思います。なお、比較表現(本問ではgreater than zero)の翻訳において、判定基準としている数値を含むかどうか(記号で言えば>か、≧か)は、誤訳した場合にその結果が重大な不利益等につながる恐れがありますから十分に注意する必要があります。
 本問は、前記のように、多少訳出しにくいと考えられる用語、表現を含んでいますが、内容としては特許に関して基本的な内容ですので、参考訳等を参照して親しんでいただければ幸いです。

【問2】
 本問では、従来に引き続き契約からの出題、中でも知財の中でも契約ニーズの多い商標譲渡からの出題としました。今回は、商標譲渡の骨子をなす譲渡条項とこれに付随する留保条項(譲渡対象に含まれないものや譲渡に係る制限などを規定する条項)の理解を問い、適切な日本語化ができるかに着眼しています。
 審査ポイントは、従来通り、契約書原文に記載されていることを(1)正確にかつ(2)読み手に分かりやすく(経営判断しやすく)、(3)自然な翻訳言語で再現することができているか?の3点に絞っており、法律の知識や専門用語の知識などは、内容の正確性・理解容易性が担保できている限り、減点要素にはなっておらず、むしろ加点要素と位置付けています。

 各小問について、第1条(譲渡条項)は、ここに記載されるAssignorの義務及びその義務を履行するための前提条件を正確に把握して、原文に忠実かつ翻訳言語として自然に仕上げられているかを見ています。全体の印象として、比較的出来はよく、大きな点差にはつながらなかったように思います。1点、課題文中「(ii) the Assignee's execution of this Agreement and delivery of the same to Assignor no later than the same date」における「same」が何を意味するのか悩んだとおぼしき解答が見られましたが、この「same」とは「Execution copy of this Agreement」(署名捺印済みの本契約原本)を意味している点に注意が必要です。契約の場合、「same」として明言せずにお茶を濁す表現が用いられることがありますが、訳出テクニックとして同様にぼかした日本語にするとしても、前後の文脈から何を指示しているのか具体的イメージだけは持つように心がけたいところです。

 第5条(留保条項)については、留保される内容及び混同・類似関係が生じた場合の権利不行使特約の内容を正確に把握して、原文に忠実かつ翻訳言語として自然に仕上げられているかを見ています。全体の印象として、商標特有の考え方に苦慮されたとおぼしき解答が見られ、これが点差につながったと思われます。
・用語
  ここでは、mark、trademark、Trademarkと複数の似たような語が出てまいりますが、商標及び本契約においてこれらは全く別の意味なので、注意が必要です。すなわち、「mark」とは、広く表示全体(自他商品・役務識別のために用いているか否かを問わず、何らかの表示一切のこと)のことを言っており、商標分野においては「標章」と訳出すべき語です。「trademark」とは、「mark」のうち自他商品・役務識別のための表示として用いられる表示のことを言っており、「商標」と訳出すべき語です。一方、「Trademark」とは、本契約定義の通り、本契約で譲渡の対象となるものと定めている商標のことを言っており、定義語らしく「本商標」などと訳出すべきところです。これらの関係を踏まえていないと、ピントのぼけた訳文になってしまいますので要注意です。
・混同/類似
  課題文では、商標同士(つまりマーク同士)が類似・競合することと、商品役務同士が類似・競合することを想定した内容となっていますが、商品役務同士が類似するという点が商標法の基礎知識なくしては理解が困難かもしれません。商標の類似という場合には、マーク(つまり標章)間の類似に加えて、その商品役務(つまりそのマークが表示される商品役務)同士も類似して初めて類似となりますので、注意が必要です。
  また、課題文中に「confusingly similar」とあり、これは「類似」の中でも誤認混同を招く程度にまで類似するという類似度の高いことを言っていますが、これを単に「類似」と訳出している例が見られました。法的に大きな意味の差につながりますので、注意が必要です。
・Law or Equity
  商標特有の話ではありませんが、Law or Equityという考え方は英米法特有の考え方で、日本法にはない考え方なので、非常に訳出の困難な語の1つです。ここでは、商標権行使をする場合のやり方を問題としており、Lawによる行使とは、端的にいえば損害賠償請求のことを言っており(英米法では、Lawとは金銭賠償による解決方法を原則とする概念です。)、Equityによる行使とは、相手方に対する特定の事項の作為・不作為の請求のことを言っています(英米法では、EquityとはLawによる金銭賠償では公平な解決とならない場合に、作為不作為を命じて当事者間の不公平を解消しようとする概念です。)。この意味の違いをこの機会に是非理解いただきたいとの思いから、参考訳では批判を承知であえて「損害賠償請求権の行使であるか差止又は強制執行の行使であるかを問わない」と試訳していますが、実務においては、依頼元に趣旨を説明してその意向を確認して訳出すべきデリケートなところです。依頼元の意向を確認できない場合には、「コモン・ロー上、エクイティ上の別を問わない」と片仮名訳をして(現時点では最も正確な訳と思われます)、コメントをつけるのが親切な対応かと思います。

 最後に、契約の翻訳において、法律や知的財産の知識を普段から身につけることももちろん重要なのですが、原文内容を噛み砕き翻訳言語で表現しやすいように整理した上で翻訳言語により表現していくというプロセスが極めて重要です(字面追いは厳禁)。また、契約も法律文書の一種であるので、細かいところまで正確さを追求する姿勢と、特許翻訳と同様、原文に対して「足さない、引かない」ことが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。

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1級/電気・電子工学

第25回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


 全体として受講者のレベルが高く、あと少しで合格という方が多かったです。ただ、技術の理解が不十分で文章の係り受けがおかしい訳文や、原文に忠実でない訳文が散見されました。カンマなどが多くて文章の係り受けが複雑になり、1つの文章がいくつもの意味に取れる場合がよくあります。そのような場合は、技術的なロジックを追って正解にたどり着かねばなりません。また原文に忠実に訳すことが大前提です。基本的に「足し算」「引き算」はないものと心得て下さい。

 問1の発明は、スマートフォンなどの携帯デバイスで放送プログラム(TV、ラジオ等)を聴いたときに、そのコンテンツとその放送局を特定する方法です。検索するデータは次の3つです。@実際に放送されているコンテンツ(&フィンガープリント)と放送局を集めてデータベース化したもの、Aコンテンツ(&フィンガープリント)と放送局が特定されているプレイリスト、Bコンテンツが特定されている参照データベース。これらのデータを検索することでコンテンツと放送局の両方を特定し、たとえ両方が特定できなくてもどちらか一方を特定するというものです。

 問1の第2段落「fingerprinting and saving the fingerprints of 〜」の係り受けを間違えた方が多かったです。この文章は、@ fingerprinting と A saving the fingerprints of が、同じ broadcast audio content に係ります。「the fingerprints」と「the」がついているのは、最初に fingerprinting をするからです。

 問2の発明は、レーザビームを使って目標点の座標位置を測定するシステムでビームの放射位置と受信位置がずれていたらビームの位置合わせを行ないます。技術的にはそれほど難しくないのですが、最後の文章について係り受けの間違いが多かったです。この文章では、 The tracking can be implemented in this case にかかるのは、@ by means of an alignment change of the deflection mirror と、A by a pivot of the targeing unit です。

 これは英文3行目に with a deflection mirror or a targeting unit とあって 両者が並列であることが明らかだからです。 a motor は the deflection mirror に係ります。

 問3は、いわゆるMRIに関するものです。内容的にはそれほど難しくないのですが、 temporally constant を「一時的に一定」と訳した解答が散見されました。ここは「時間的に一定」です。そうでないと技術的に整合しません。

 繰り返しになりますが、常に技術的ロジックを追いながら翻訳して下さい。特許翻訳は探偵が犯人捜しをするようなものです。見た目の文章にだまされずに正確に犯人を「逮捕」して下さい。

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1級/機械工学

第25回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回目立った課題に、「機械の力」の影の部分があったように感じました。機械翻訳をベースにして、後に手を入れて翻訳文として提出する手法は以前から見受けられました。現時点では機械翻訳は人間に勝るものではありませんが、技術が進むにつれて、道具として上手に使っていく、付き合っていくことを考える時期も来るでしょう。ただ、機械翻訳に手を入れる時に、機械の翻訳に引っ張られて人間が正確な校正ができないのであれば、本末転倒です。結局は、人間の翻訳の力が最終的に必要なのです。
 また、オンライン検索も機械の力を借りたものです。紙の辞書よりも情報量が多く、速く便利に引けて、最新の情報も豊富にあり、しかもコピペまで出来ます。しかし、オンラインで検索した訳語が本当にそれでいいのか?と疑問を持った時、どうするべきでしょうか?客先から「アルクで調べて一番上の単語を使っているのではないか」との指摘を受けないよう、アルクで調べて上から二番目の単語を使う、という冗談があるくらいです。
 実際に今回、問1でそれに似たような事態がありました。歯科用の機器に excavator というものがあります。正しい和訳は「エキスカベータ」なのですが、これを「掘削機」と訳された方が少なくありませんでした。掘削機は土木などの工事に使われる車両で、問1の器具とは全く無関係です。使ってしまえば大きな誤訳です。それなのに「掘削機」がこれだけ出てきたというのはどうしてでしょうか?
 通常の調べ方をしても、工事車両の情報しか出てこないということが背景にあると考えられます。そこで工夫をこらします。Google検索で、例えば「excavator 掘削機 歯科」のような用語の組み合わせで検索します。歯科器具の正しい訳語が「掘削機」ならば、それなりの情報にありつけるだろう、というわけです。実際にやってみると、それらしきヒットがざっくり帰ってきます。「やった!」と思い、時間が迫っているからヒット内容を吟味せず訳語を使うのは禁物です。実際にヒットしたリンクを見ていくと、ストック写真のサイトで自動翻訳されたものだったり、医療器具のオンライン販売のサイトではあるものの自動翻訳されたものだったりします。結局は、日本の歯科関連のサイトの中から、その器具を日本でなんと呼んでいるのかについて確信持てる情報があるところまで行き着かないと、つまりそこまで念入りに確認しないと、大きなミスを犯してしまう可能性が十分にあるのです。

 コンピュータはすでに私たちの生活の一部になっており、この状況が将来変わるとは思えません。コンピュータは人間の力ではどうにもならないほどの大きな仕事をすることができます。ただ、それと同時に覚えておかなければならないのは、コンピュータは人間では犯し得ないほどの大きなミスも犯すことができる、ということです。どんなに高性能なコンピュータでも道具、使うのは人間です。

 問1は、古典的なアメリカ英語で書かれた文です。古典的なアメリカ英語の特徴は、形容詞をやたら使いたがること、そして文の一つ一つが長い、ということです。これをこのまま和訳すると、良くてもわかりづらく読みづらい和文、一つ間違えれば意味不明な文や多岐に解釈できる文になってしまいます。今回は「冗長な英文表現にとらわれず、従来技術の問題点や技術的記載が明確にわかるように心がけてください。」との指示にもかかわらず、最初から最後までダラダラとミラー翻訳されていた方が何名もいました。それ自体は減点としていませんが、その結果としてわかりづらくなったり、多岐に解釈できる内容になっている場合は、減点の対象です。
 肝心なのは、情報を整理して伝えることであって、体裁を伝えることではありません。新しく書かれた明細書では、このような古典的なアメリカ英語は少なくなっていますが、この仕事をして入れば必ずどこかで出くわすので、きちんと対処できるようにしておく必要があります。原文が悪いから訳文も悪いのは仕方ない、というのはプロとしてはあってはならない発想です。原文が悪ければ、質で原文を超える訳文を出すのが翻訳者としての仕事の一つです。

 問2はほとんどの方がミスなく訳されていましたが、 lubricant delivery system の delivery を「吐出」と翻訳された方が複数いました。これは誤訳である上に範囲を狭めてしまっているので、二重のミスです。確かに吐出も delivery の一種かもしれませんが、ここに書かれている技術はローラに潤滑剤を染み込ませて届けるというものです。原文が「届ける」的なことを言っているのであれば、それに応じて範囲が広い訳語が相当です。「供給」や「送達」が適切な訳語の例です。基本的に特許というものは、情報を増やせば増やすほど限定事項が増え、範囲が狭まる性質があります。実施形態の記載が請求項のサポートになっている場合があるため、不必要に範囲を狭めてしまうと、権利化されても権利化範囲が狭く、結果的にクライエントに損害を与えてしまうことにもなりかねません。
 また、substantially を「かなり」と訳されていた方も何人かいました。一般に英語圏では、ほとんどの人が substantially と significantly を混同して使っているために辞書にもそのような意味で載っていることも考えられますが、特許翻訳では「実質的に」です。

 問3は、鉄道の客車構造の製造方法に関する発明を対象とするクレーム翻訳です。本問題では、客車構造の製造中の図面が参照可能です。しかしながら、方法発明の要素は、行為(工程又はステップ)ですので図面から直接特定できるものではなく、発明の実体を理解して行為(動名詞)の内容を想像する必要があります。
 一般に、英日翻訳は、日英翻訳よりも簡単に思われがちです。しかしながら、英日翻訳には、日英翻訳とは違った高度な能力、すなわち高度な英文解釈能力、英語での技術的な理解力及び日本語の表現力が要求されます。
 本問題は、旧英国国鉄のPCT出願のクレームをそのまま出題しました。本問題は、技術的には高度でないにもかかわらず、英語ネイティブでも頭を抱えるほどに内容解釈が難しく、日本語での表現も困難だからです。本問は、技術的な背景知識と高度な論理的思考力の少なくとも一方がなければ翻訳不可能で英文解釈と日本語表現に高度なスキルを要する問題です。

(1)試験結果(概要)
 近年、機械工学分野の受験生のレベルが上昇していることもあり、問題の難易度を上げました。しかしながら、驚くことに8割程度の答案が正確に技術内容を日本語で再現していました。これにより、今回も多くの合格者が出る結果となりました。一方、非常に難易度が高い問3で時間がかかりすぎたのか、問1や問2において推敲時間の不足が感じられました。この点を考慮し、特許実務的に実害がなく、推敲の時間があれば修正されたであろう不自然な日本語については、少し柔軟に判断しました。

(2)「thereafter」
 「thereafter」の語の訳抜けが散見されました。方法発明のクレームは、一般的に複数の工程(又はステップ)を順に記載して構成されます。しかしながら、工程の記載順序は、工程の順序を限定しないことが原則です。したがいまして、「thereafter」や「subsequently」の語がある場合には、その工程順序を限定する重要なキーワードである場合があります。法的な判断に基づいて、現地と相談の上で弁理士が「thereafter」を削除する場合もありますが、弁理士と翻訳者の役割分担を考慮すれば、翻訳者の段階で削除するのはNGです。

(3)指定用語
 特許翻訳で指定用語がある場合には、「指定用語」の使用が必須となります。「構造骨組」が「構造骨組み」となっているものが見られました。日本語の文字入力において、ワープロソフトの機能で勝手に付けられたものと思われますので要注意です。指定用語は、手入力でなく、「置換」や「貼り付け」で使用することをお勧めいたします。

さいごに
 近年の受験者のレベル向上には目覚しいものを感じる一方、課題点は毎年同じです。原文をなぞって単語を置き換えれば良いわけではないと解っていながら、限られた時間の中ではどうしてもそうなりがちです。あと一歩、技術内容を把握して自分の言葉で書き出すことができれば、より多くの受験者の合格が実現することでしょう。

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1級/化 学

第25回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


【問1及び問2】
 英和翻訳に実力のある受験者が多く、レベルの高い解答が目立ちました。
 問1のクレーム文言は権利範囲の画定に直結しますので、正確性と明確性を担保しつつわかり易くなるように心がけましょう。物の発明と方法の発明では、規定される発明の実施行為が異なりますので、どちらに区分されるかはとても重要です。発明の対象(クレーム末尾の文言)である本問のsystemに関して、審査基準では「システム」は物の発明とされています。しかし、「系」が「システム」であるから物の発明である(から方法の発明ではない)、と一概に言い切れるかは疑問です。J-PlatPatで特許公報の請求項を「システム。」と「系。」で検索した比較結果から考えると、この場合はシステムと訳しておく方が良いでしょう。J-PlatPatで検索結果を確認しながら、正確性を担保しつつ無難に訳すことも翻訳スキルの一つです。
 請求項1のprofileについては、プラスチック材料をトコロテンの様に押し出して、異形断面を有する製品を成形するprofile extrusion異形成形の分野を念頭に置いた用語かもしれません。一方、請求項7の記載からは一般的な意味のプロフィール、輪郭、物の外側の意味とも考えられます。しかし、「異形押出」より「押出成形」の方が断面が〇、△、□などの汎用的な形の製品も成形されますのでより広い範囲となり、クレームとして好ましくなります。なので、本問の場合は、異形成形の分野に捉われずにprofileをプロファイルとするのが無難ではないかと思われます。なお、請求項7で、profile recessを「異形凹部」や「形材凹部」と訳すと意味が不明瞭または不正確になり好ましくありません。形材(かたざい)は金属分野で良く使用されますが、プラスチック分野では「成形材」や「素形材」の使用例が多いようです。翻訳する内容の技術分野に応じた用語を選びましょう。
 問2で法律用語でのandとorの翻訳は、日本語の「及び」と「並びに」、「若しくは」と「又は」を、概念の大小に応じて正確に使い分けるようにしてください。通常のタンパク質は、温度上昇で変性し(例えば、生卵→ゆで卵)、更に加熱すると分解し、炭化・燃焼します。この場合のdegenerationはどの現象か考えて訳しましょう。

【問3】
 問3は、有機太陽電池に関する実施形態の説明からの出題です。本問は難易度の高い問題でした。単語の置き換えだけでは対処できない箇所が多く含まれるため、技術的な内容を理解できたかがカギとなります。短時間でこれを正確に理解するのは難しかったかと思いますが、合格レベルの方は十分理解して訳されていました。
 まず、COOH末端基を持つ共役ポリマーと、COOH末端基を持たない共役ポリマーの2種類の材料が登場していることを理解することが重要です。COOH-modified counterpartは、そのうちのCOOH末端基を持つ共役ポリマーを指しています。counterpartは、Oxford Dictionariesによれば、"A person or thing holding a position or performing a function that corresponds to that of another person or thing in another place."を意味します。これを読んでもわかるように、なかなか訳しにくい言葉です。ここでは、文脈に合わせて「COOH基変性物」又は「COOH基変性共役ポリマー」と訳すとよいでしょう。語尾のpartに引きずられて「部分」と訳してしまうと、原文の意味を取り違えることになります。
 またappearも訳しにくい言葉です。ここでは、次の文に出てくるusedと同様の意味で用いられていますので、「用いる」と訳すとわかりやすいかと思います。automaticallyについても、「自動的に」では文脈に合わないため、「自ずから」のように工夫して訳されている方もいました。このような訳しにくい言葉は、原文の真意や文脈を押さえていれば、こなれた訳にすることができます。
 modifyは、化学分野ではよく用いられる言葉です。ここでは、「界面を改質する」と「官能基で変性する」という2つの意味で用いられていますので、訳し分けが必要です。
 desirable solubility propertiesとコロンの解釈も厄介なポイントです。次の文の内容に鑑みると、desirable solubility propertiesは、high solubility in some polar solvent such as pyridine and DMSOだけでなく、poor solubility in chloroform, chlorobenzene and dichlorobenzeneも含んでいると解釈するのが妥当です。係りの解釈は技術的理解に左右され、ミスをしやすい点でもありますので、細心の注意を払いたいところです。

【問4】
 問4は、ウレタンアクリレート樹脂の合成に関する実施例の説明からの出題です。本問はシンプルな操作手順の説明でしたので、多くの方が正確に解答され、特に難しい点はなかったかと思います。
 taking the temperature up toは、reaction exothermが無生物主語となりますので、「温度を上げる」でなく「温度が上がる」と訳すのが適切です。ちなみにupは、up to(最高で)でなく、句動詞take upの一部として用いられ「〜℃まで温度が上がる」という意味になります。
 溶液の表現は、重量の係り先を明確にする必要があります。「433g」は、溶液でなく溶媒(メタクリル酸メチル)の重量です。ここで「433gのメタクリル酸メチル溶液」と訳すと、溶液の重量と誤解されてしまいます。
 化学分野の明細書に特有の用語として、rinsed intoは「洗い込む」、balanceは「残部」と訳すことができます。このような専門用語(jargon)は各分野に種々存在しますので、覚えておくと便利です。
 content(単数)とcontents(複数)は、文脈により異なる意味で用いられます。例えば、contentsは「容器の内容物」や「目次」等の意味で用いられるのに対し、contentは「物質の含有量」や「コンテンツ」等の意味で用いられます。
 最後の冷却操作は、before(前)という言葉に縛られず、「冷却した後にデカントする」と訳した方が自然です。この語順は、操作手順と一致するため合理的であり、原文のbeforeもそれに従っています。

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1級/バイオテクノロジー

第25回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評

 全体に英語はそれほど難しくなかったと思いますが、内容の正確な理解に基づいて、日本語として完成しているか、あるいは日本語に正確な理解が現れているかを考慮しています。

 【問1】
 新聞やニュース等でも耳にすることが多いバイオ燃料についての出題であったため、技術的な難しさは低かったと思います。ただ、which are typically unicellular.は、macroalgaeとmicroalgaeの両方を修飾しているようにも読めますが、所謂コンブ等の海藻が単細胞ではないことから考えれば、microalgaeのみを修飾していることがわかると思います。bloomは、普通の辞書にはなかなか良い訳がなかったかも知れませんが、ここでは、(藻類の)大発生を意味します。また、vascular の訳についても、通常の辞書だと「脈管」、「血管」といった訳しか載っていない場合もありますが、ここでは、話題が、陸上植物の話であるため、動物の循環系を指す「脈管」の語は不適切です。特に技術用語は、日本語と英語とで一対一の対応となっていない場合も多いため、技術分野に応じて、英英辞典や例えばwikipedia等から適切な訳を探すことも大切です。

 【問2】
 問2では、refer toに対して「指す」という訳が多かったですが、「指す」というのは、指す先があって成り立つ用語であって、例えば、it refers to...というときに、「それは、(既述のものを)指す」という文脈で用います。指すものがないときは、日本語として「指す」という訳は不適切です。

 【問3】
 -any present are removed using a sterile fine pastetteの訳に困った方が多かったと思います。この文は、前の文のno follicles or oocytes are presentを受けて、「もし(folliclesやoocytesが)存在する場合には、・・・」という意味となります。
 また、後半のdissociationの訳が、実施例で行っていることが把握できないと難しかったかもしれません。実施例では、細胞間の接着をコラゲナーゼ処理により消化して、細胞をバラバラにする(解離する)ことを行っています。他にもコラゲナーゼは、培養容器に接着した培養中の細胞を剥がすときに、用いられる場合もあります。
 この実施例は、一貫して現在形で書かれていることにためらった方もいらっしゃると思います。実際に行った実験は、過去形で書くのが通常です。しかし、特に化学・バイオ系の出願明細書の実施例では、現在形で記載された実施例はしばしば見られる記載です(こういった現在形の実施例をprophetic example又はpaper exampleと呼びます)。実際に行っていない仮想的な実験を現在形で書くことは、例えば、MPEP2164.92にあるように許容されている記載であり、実際に行った実験は過去形で書き、実際に行われていないプロトコル的なprophetic exampleは現在形で書くよう、規定があります。依頼者から特段の指示がない限り、prophetic exampleは原文どおり現在形で訳すべきでしょう。

 【問4】
 問4では、請求項2において、the contacting is by administeringをどう訳すかについて、請求項1に「接触」という名詞がないことや「前記接触は、」という日本語が不自然であることから、その訳し方に工夫が必要です。それは、請求項4も同じで、the contacting occurs prior to exposureをどう訳すかが問題になります。
 請求項3で、細胞のdeathに対して、死亡や死滅は日本語として適切ではないと思われます。

※2017年12月27日付けで参考解答訳に一部誤りがございましたので訂正しております。


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2級

第25回 知的財産翻訳検定 2級 講評


 1.問1は、明細書で使用する用語の定義について述べる頻出表現です。as described herein、exemplary、shall beなどの特殊な表現でつまずいた例が見られました。

 減点の対象にはしておりませんが、訳語適格性に問題のある例もありました。removablyは正確には「取り外し可能」でしょう。
 identical reference numeral, like elementのidenticalとlikeは正確に訳し分けなくてはなりません。参照番号と参照符号との混同も見られました。

 various adhesives such as glue or resinでは、adhesiveが上位概念で接着剤(粘着材ではない)、glueはニカワという意味もありますがこのような技術的文献ではニカワではなく、糊または糊材などとすべきでしょう。resinを松ヤニとしたのは不適切です。ちなみに粘着剤はpressure sensitive adhesiveといいます。

 as oriented in FIG. 1のorientは方向付けをするという意味です。意味は、明細書中の「上側」、「下側」などの方向は、図1を基準として述べられている、という意味です。

 基本的な知識として段落番号を訳文に入れるならば全角にしなくてはなりません。

 2.問2は、メディカル分野の腹腔鏡手術に関する案件の一部ですが、技術的な素養のある方であれば十分理解可能な平易な内容のものです。

 訳語の不適切な例が多かったようです。用語は用例を調べれば、適訳が見つかるはずです。minimally invasive surgical procedureは難しい用語ですが、Google検索で簡単に見つかります。

 概念語と実態語を分けて使わなくてはなりません。incision切開(切り開くという概念語)は、ここでは切開部(切り開かれた場所という実態語)です。structureの概念語は「構造」実態語は「構造体」です。

 be動詞の誤訳が見られました。the lens is at room temperatureのbeは、この状況では、「になる」ではなく「である」です。(内容を考えれば「レンズは、当然はじめは室温である」であって、室温に「なる」という訳は不適切です。

 最後の文章は「曇ったレンズを抜き取って洗浄したら室温になってしまって、挿入するとまた曇りが発生する」という文章の流れを考えれば適訳ができるでしょう。

 なお、問2の課題英文に一部不明瞭な構文が存在します。前後の文脈から意味が通じるレベルのものですが、受験者の皆様には解答作成にあたりご不安があったことと思います。課題文選定にあったては原典を改変せずにそのまま出題することを原則としておりますが、今後できるだけ瑕疵のないものを選ぶように一層の注意をいたします。

 3.問3は請求項の問題です。

 請求項は、その先頭にある「we claim:」などの書き出しの目的語、またはWhat is Claimed isなどの書き出しの補語である名詞句でなくてはなりません。名詞句なので体言止めであり、用言止めは不可です。

 comprising:の中にまたcomprising:が含まれていて階層関係にあります。それぞれのcomprisingは主語が異なります。ここをしっかり理解して訳さないと誤訳になります。

 請求項は英語の記述文章を淡々と構造的に(構造を無視せずに)訳すようにしないと、かえって難しくなってしまいます。先人が考えて、英語の構造を日本語の構造に直す表現を考えてくれているのです。多くの参考訳例を集めて表現法を勉強してください。

 A redox device, in particular a hydrogen-oxygen redox device, comprising:の「コンマcomprising」は明確な主語を持つ独立分詞構文(名詞句扱い)で、その主語は、A redox deviceですので、the redox deviceと表現すべきですが、習慣上省略してもよいことになっています。

 請求項の表現では、長い修飾部を持った名詞句の表現「であって名詞句」表現が重要です。

 is configured asは、「〜として構成される、である」を正解としました。

 難しかった表現は、said side facing away from a reaction zoneでしょうが、「反応領域から離れる方向に向いている」、「反応領域と反対の側に向いている」という意味が出ていればよしとしました。

 4.総じて(基本的知識)

 1)theの定冠詞を訳さないと前文とのつながりが切れてしまうと言うことを認識してください。

 例:猫a catを飼っているが、猫が夜中に走り回って寝られない

   ↓

   猫a catを飼っているが、このthe catが夜中に走り回って寝られない


 2)日本語の格助詞の「は」と「が」は意味が違って使い分けなくてはならないことは文章記述の基本です。文献で明確に理解しておいてください。

 3)and、orの日本語訳は、andは「および<ならびに」、orは「または<もしくは」が基本です。階層関係の訳語を正確に理解してください。これも関連サイトでしっかり勉強しておくことです。

 参考サイト:http://adminn.fc2web.com/houmu/kisoyougo/kisoyougo.html

 ついでに、列挙の「と、と、と」も重要な知識です。

 4)特に請求項では「であって名詞句」の表現をマスターしてください。

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3級

第25回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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中国語

第25回 知的財産翻訳検定 中国語 講評


 日本知的財産翻訳協会が主催する初めての中日知的財産翻訳検定試験ですが、13名の受験者が集まりました。それは、少なくない方々が中国語−日本語の特許翻訳に関わっている状況を反映したものと思われます。13名の受験者の中から3名の合格者が出ました。その他にも、翻訳力が十分あると思われるが、今回の試験において誤訳・不適訳が散見され、合格できなかった受験者も数名います。
 問1では、請求項3の「套设于转轴一侧的齿轮」に関する翻訳において、誤訳が多く見られました。この文章の意味はほとんどの受験者が理解できたと思いますが、「套设」の適切な訳語を知らなかったのではないかと思います。「套设」の適切な訳語としては「外嵌」があり、「回転軸の片側に外嵌されたギヤ」と訳すかもしくは、「回転軸の片側の外側に嵌合されたギヤ」と訳してもよいでしょう。中国の特許公報には「套设」の用語がよく使われていますので、覚えておきましょう。
 問2では、「油条」に関する翻訳において、多くの受験者が悩んだと思います。「油条」は、通常「揚げパン」と翻訳していいでしょう。但し、問2において、それを「揚げパン」に翻訳すると、その後に出てくる「この代表的な中国式の揚げパン」を読んだ人が、日本でもよく見られる揚げパンが何で「代表的な中国式」と言われるのか疑問に思うでしょう。したがって、ここでは、「油条」のままにして、「中国式の揚げパン」という訳注を付けたほうがいいでしょう。
 最後に、今回の試験では、問題の説明文をよく読んでいないことに起因すると思われるミスが数名の受験者の解答から見られました。例えば、請求項や段落の番号の書き方が「日本出願用」になっていませんでした。翻訳する前に、まず問題の説明文をよく読んで、解答要求をはっきり理解してから翻訳をしましょう。

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ドイツ語

第25回 知的財産翻訳検定 ドイツ語 講評


【問1】
 問1は、いわゆる電気自動車の話です。電気自動車にとって普及のネックとなるのが、その航続距離を決定するバッテリーであることは、新聞やTVなどを通じても知り得る情報です。問1では、従来技術において、この航続距離の問題をどのように解消してきたかが述べられています。その1つの解決手段がレンジエクステンダーです。ハイブリッド車にシリーズ式、パラレル式などがあることも特許翻訳者にとっては基本的な知識です。

 訳語についてですが、Elektrofahrzeuge, insbesondere Elektroautosという表現がありますが、この場合、Elektrofahrzeugeは、「電動車両」と訳した人が多くいましたが、広義には、電気エネルギーで駆動される乗り物全般が含まれると思われます。すなわち、自動車やレール車両のみならず、航空機(Luftfahrzeug)や船(Wasserfahrzeug)なども含まれます。したがって、正確に言うならば「電動輸送機器」(Wikipedia参照)などの訳語が適当でしょう(今回は「電動車両」と訳しても減点しませんでした)。それに対して、Elektroautosですが、こちらが日本で言う「電気自動車」に相当します。

 問1は、従来技術に関する文章で、いわば特許明細書の中でも、時事関連のような比較的一般的な文章に近い内容ですので、技術用語以外の表現は、読みやすい日本語を心掛けてもよろしいのではないかと思います。
 einen Engpass darstellen、Es handelt sich bei etw3 um etw4などのドイツ語の言い回しがきちんと訳されているかも重要なポイントです。

【問2】
 前半は、ポリマーの基本的な性質について述べられています。
 ポリマーは、溶融された状態でも、高い動的粘度を有するので、撹拌によって均質化しようとしても困難であることが述べられています。

 durch Ruehrenをerschwert wirdにかけて、「撹拌によって困難になる」と訳しているケースがありました。

 etw durch4 ersetzenを「交換する」と訳しているケースがありましたが、厳密に言うと、ersetzenは、古いものを新しいものに「交換する」という意味ではなく、何かを別の何かによって「代える」という意味です。つまり、この場合は、これまで使用していたAbsperrventilに代えてBodenventilを使用することで、デッドゾーンの発生が回避される、という意味です。
 後半は、前半で述べた解決手段を実現するための具体的な実施形態が説明されています。弁のVerschlussを「閉塞」と訳されているケースがいくつかありました。「閉塞」とは、流路に異物が詰まってしまう不都合を意味するので、適訳ではありません。VerschlussやSchliessenは、開閉式の弁を単に「閉じる」という意味です。

 段落[0019]には、出題元の原文に誤記があったようです。3行目〜4行目の「Die dabei bei sich beruhrenden Dichtflachen des Verschlusskorpers 1.5‘ und des Ventilsitzes 1.9‘」ですが、「dabei bei」のbeiが余計だったようです。「このときに接触し合うシール面は」という主語なる部分です。この程度の誤記は特許明細書では珍しくありませんので、ほとんどの人が気付かれて正しく訳されていました。

 sich in4 hinein erstrecken=「〜内に突入するように延在する」、
 um4 herum fliessen=「〜を巡るように流れる」、
 durch4 hindurch fliessen=「〜を通って流れる、
 gegen4 pressen=「〜に押圧する、〜に圧着する」、
などの動作も、的確に訳していきたいところです。

【問3】
 最後は、クレームです。これは実用新案なので、Schuetzanspruecheは、正確には「実用新案登録請求の範囲」となりますが、これはかなりの人ができていました。ただし、「特許請求の範囲」と書いても減点しませんでした。

 請求項1で一番多かった誤りは、versorgenの訳です。これは、他動詞ですが、etw4 mit3〜で「etw4にmit3を供給する」という日本語になります。つまり4格目的語が「を」ではなく「に」となります。受動形になると、4格目的語が1格主語となるので、たとえば、die LEDs (4) werden mit einem Nennstrom versorgt. のような形になります。これは「LED(4)定格電流供給される」という日本語になります。

 次に多かったミスは、請求項5です。
 mit mindestens einem Traeger (5) aufweisend eine Mehrzahl von LEDs (4) verbindbar ist
のくだりですが、現在分詞aufweisendの係り方に注意です。ここを「少なくとも1つの支持体(5)を有する複数のLED(4)と接続可能」と訳している人がかなりいました。これは正しくは「複数のLED(4)を有する少なくとも1つの支持体(5)に接続可能」です。言い換えれば;
 mit mindestens einem Traeger (5), der eine Mehrzahl von LEDs (4) aufweist, verbindbar ist
です。クレーム中でのこのように構成をねじ曲げてしまうような誤訳は致命的ミスとなりますので、特許翻訳者としては絶対に避けねばならないところです。

 なお、請求項3、4には、「vorzugsweise」の表現が含まれていました。本来、日本国内の出願では禁じられている表現なので訳してよいのか迷われた人がいたかもしれません。そのまま訳していただいて構わなかったのですが、指示が不十分であった点、お詫び申し上げます。しかし、実際にこの部分を訳さなかった人はいませんでした。

※今回は、第1回目のドイツ語試験ということで、問題文の選定、レベル、量などに関して、出題する側も手探りの状態でありました。配慮が行き届かない点もあり、受験者の皆さまにご迷惑をおかけした点もあろうかと思います。今回の経験を、2回目以降の出題に生かして、より良い試験問題の作成につなげて参りたいと思います。

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